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切って結んで、その先に 1

 先に動いたのはウツロだった。

 先手を取るべく大きく一歩を踏み出す。洋刀を突き出すも、ライネはそれを一瞥してくるりと避ける。そのまま足取り軽く一歩前へ。右の刃をまっすぐヤミへと突き出す。

 それを体を捻るだけで躱し、鎌の柄で殴るようにカウンターを入れる。が、それは左手の刃であっさりと塞がれた。

 ウツロの鞘を右手の刃でいなす音が響く。

 それに紛れて距離を取る。一歩飛び退き、床に足が着く前にくるりと鎌を持ち替え、そのまま再び距離を詰める。

 ライネの刃はその軌道を読みきっているのか、左手の刃を地面に立てて鎌の勢いを殺す。


 ぎいん! と金属が火花を散らす音がする。


 ウツロの剣がもう一度振り下ろされる。が、それはライネが人差し指を振っただけで鞘が外れ、不自然な軌道を描いて地面に転がった。

「ああ――あなた達の糸、邪魔」

 ライネは小さくつぶやいて、地面に突き立てた刃から両手を離す。代わりにその手にあったのは、裁縫用の裁ちばさみ。


 一体何をするつもりだ。

 ヤミはそんな疑問を刃に乗せるも、それはやはり不自然な軌道で弾かれる。

 距離を取って、ウツロの隣に並ぶ。

 それを見たライネが、にこりと笑った。

 左手で何かを束ねるように掴んだかと思うと。


 しゃきん。


 右手のハサミが涼しげな音を立てた。

「――これで見通しが良くなった」

 ぱっとライネの右手が開かれる。捨てられた裁ちばさみが床に落ちる音に、ヤミは眉を寄せる。

 縁の糸を切られたのだ、というのは分かったが実感はない。これがどれだけの影響を及ぼすのか、知る術もない。

 今できるのは、目の前に立つ彼女を無力化するだけだ。

 ライネの手はそのまま流れるように刃を再度握ろうとする。

 大きな隙が見えた。

 ヤミがそこを逃がすはずはなく、すぐさま刃を奮う。

 が。

「……っ!?」

 ヤミの動きがぴたりと止まった。腕が思うように動かない。

「ふふ。糸が見えないって大変ね」

 ライネの左手を見て、ヤミが舌打ちをする。

 まだ開かれてないそれを掲げて、ライネはくすくすと笑った。



 □ ■ □



「これは……困ったね」

 ハナブサがぽつりと呟いた。

 その先には、武器を構えたまま動けなくなっているヤミとウツロの姿があった。

「二人とも、動かなくなって……どうしちゃったの……」

 シャロンの言葉に返ってきたのは「私もよくは分からないんだけど」という溜息のような声だった。

「何かに阻まれてる、のかな……」

「何か? だって何も見えな――あ」

 縁の糸。とシャロンの声が落ちた。

 ああ、そうかもしれない。とハナブサも頷いた。

「わ、私、リシュ呼んでこようか……?」

 シャロンの提案に、ハナブサは小さく首を横に振った。

「いや、彼女をここに呼ぶのは危ない。折角理科室に残ってもらったのに」

「でも、そうしないと、糸が見えないヤミとウツロが――」

 と、ふとシャロンの言葉が途切れた。

「? どうしたの?」

 ハナブサが不思議そうな目でシャロンを見下ろす。

「これってさ。皆に糸が見えるようになれば、良いのかな……」

「そう、だね。そうしたら二人とも動けるようにはなるのかも」

「だったら……」

 シャロンは立ち上がって一歩、ヤミ達が居る方へ一歩踏み出す。

「シャロン、近付いたら危ないよ」

「大丈夫。策が、あるから」

 止めようとするハナブサの言葉に、シャロンは力強く頷いた。

「だからハナブサ、ちょっとライネの気を引いてもらえる?」

「え?」

「それで、私の準備が終わるまで頑張って!」

「えっ!?」

 何を、という声に返ってきたのは、シャロンのにこりと微笑んだ口元だった。



 □ ■ □



 ヤミは一歩引こうとして、それすらもままならないことに気が付いた。

 後ろに引こうとすると前へ引っ張られる。

 前へ行こうとすると何かに阻まれる。

 それは腕だけでなく、首に、足に絡まり、動きを鈍らせる。詰め襟でなければ、首も絞められていたかもしれない。

 ウツロも同じようだけれど、体格の差か力の差か、ヤミよりは動けるようだった。

 とはいえ、自由が奪われているのは二人とも同じ。窮地には変わりない。


 一方で彼女は重そうに見える刃を軽々と振り回す。

 思うように動けないながらも二人が奮う刃は、ハサミで受け止められて鈍い音を立てる。ライネの持つ刃は鎌の隙をつくように差し込まれ、ウツロの剣を弾き、彼らの頬を傷つけ、髪を散らす。

 できる限り。動ける限りでその刃を避けるものの、致命傷が避けられるだけで傷が付くのを避けられるわけではない。

 腕が。腹部が。破れて血が滲む。

「ちっ」

 舌打ちをしたヤミが鎌の柄を滑らせ、短く持ち直す。

 指も動かしにくいが、なんとかライネの刃を受け止める。ライネはもう一方の刃を振るおうとしたが、それはウツロの刃で弾かれた。

「距離が少し近かった……もうちょっと離しておけばよかったな」

 彼女がぽつりと呟き「でも」と笑う。

「ふふ……でも、貴方達の状況は変わらない。見えない物は切れないものね」

 しゃき。と金属の刃先がヤミに向けられる。二つの刃を重ねて、巨大なハサミになったそれが、ヤミの身体を貫こうと光を弾く。


 身体は動かない。避けられもしない。

 これはもうダメだ、と目を閉じた瞬間。


「――ヤミ。ちょっとごめんね」

 そんな声と。肩と腕にかかる衝撃。

 そして。

 耳障りな金属音がした。 


 ヤミが目を開けて真っ先に見たのは、刃に軽々と着地する小さな身体。

「え……」

 跳ねるのは淡い色の長い髪。それを束ねる淡い緑のリボン。

 ハサミを地面で踏み折るには体重が足りなかったが、ヤミに傷をつけるより先にその重心を崩し。

 刃は地面にぶつかって耳障りな金属音を立てた。

「な――」

 ライネもそれには驚いたらしい。ハサミから手を離すことすら忘れて呆然とハサミの上に立つ人物を見ていた。

「二人ともあっという間に絡め取られちゃったね。ウツロ。剣、貸してもらえる?」

「……残念だが、手から離れん」

「そっか。じゃあ。これでいいや」

 ハナブサは持っていた洋刀の鞘を軽く振る。そのままハサミの上を数歩進み、すい、とライネの喉元へそれを突きつけた。 

「――さて。ライネ」

 深草色の瞳が、彼女に向けられる。

 静かな声は、とても冷ややかだった。

「これで詰み、だと思うんだけど」

「……鞘で、何ができるって言うの」

「うん? 以外となんにでも使えるものさ。それに、君の刃は私が押さえてる。私はきっと軽いけど――両手じゃないと持ち上がらないね」

 でも。とハナブサの言葉は続く。

「その左手にあるのは糸だよね。多分だけど、開いたらヤミとウツロが動けるようになる」

 そしたらどうなるか分かるでしょう? という言葉にライネの歯がぎり、と鳴った。

「これで、勝ったつもりだなんて――思わないでよ」

 言葉と同時に、ライネの周りにハサミが浮かぶ。ソーイングセットに入っていそうな小さな物から手の平より大きな裁ち鋏まで、大小様々のそれが一気にハナブサの方を向く。

「ハナブサさん……!」

「ヤミ」

 ハナブサの声が静かに響く。

「私は大丈夫だよ」

「――」


 彼の声は穏やかで。鋏を向けられてるなんて嘘のようだった。

 その鋏が彼の身体に突き立ったとしても、同じ表情で立ってるのではないかと思ってしまうくらい、いつも通りの声だった。

 ライネもその空気を感じているのだろう。険しい視線のまま、ハサミ一つ動かない。


「みんな知ってるでしょう。私は人体模型――人形だから。刺されたって痛くはないんだよ」

「英。お前それは――」

「真実さ」

 ハナブサはあっさりとそう言い放った。

 あまりにもはっきりと言うものだから、ウツロはそれ以上言葉を繋げず渋い顔をする。

「それでね。ライネ。君が動いたら、私はこれを振るわないといけない」

 本当はやりたくないんだけど、とハナブサはため息のように言う。

「でも――君は私の大事なものを傷つけようとしているからね。それくらいしないと」

「……」

 ライネはハナブサに睨み付けるような視線を送る。

 ハナブサは深草色の瞳をしまい込んで、穏やかに笑ってみせた。

「だからさ。取引をしよう」

「取引?」


 何を、とライネは問う。

 決まってるよ。とハナブサは答える。


 ヤミからは背中しか見えなかったけれど、ハナブサは笑っているのだと分かった。

 いつものように。いつもと同じように。

 あの穏やかな顔で。彼女に選択肢を突きつける。


「難しいことじゃない。君が約束してくれたら、私はこれを下ろす。そうじゃなければ――私が君の喉を突く」

 だから、とハナブサは穏やかに続ける。

「これ以上無差別に縁を切らない。人を、傷つけたりしないって約束してほしい」

「――あなたは、甘いわ」

「甘いかな」

 ええ。とライネは頷く。

「どうして私がそれで頷くと思ったの」

「君ならわかってくれるって信じてるからだよ」

「……馬鹿な人」

 ライネが腕を一振りすると、ハサミが一斉にハナブサへと襲い掛かった。

「――!」

 ハナブサはとっさに飛んでくるハサミをいなす。が、弾けたのは半分にも満たず、残りは彼の身体を容赦なく切りつける。

 小さなハサミがシャツを切り裂き、大きなものは腕を抉る。あるものは腹部に刺さり、あるものはリボンを散らす。

「……っ」

 手にしていた鞘が弾け飛び、腕を切り、ハナブサがハサミの上から転がり落ちる。

 そんな彼を追いかけるようにして、ハサミはかしゃかしゃと音を立ててコンクリートの地面へと散らばる。

「ほら。私が動いてもあなたは動かなかった」

 ハナブサは切れた腕を押さえてうずくまる。――が、その表情は穏やかなままだった。

 結ぶものがなくなった髪の毛の隙間から、深緑が僅かに覗く。

「はは……そうだね。――でも、ごめんね」

「は?」

「私の今の言葉は本心だけど――ただの時間稼ぎなんだ」


 その言葉と同時にハナブサが立ち上がると。

 彼の後ろには、自由を取り戻した大小二つの影があった。


「さあ、二人とも。あとはよろしく」

「ああ」

「うん」

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