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彼女と話がしたい

 理科室にやってきたリシュとシャロンは、窓辺で本を読んでいるヤミを見つけた。

「ヤミ様」

「ん?」

 文庫本から視線を上げたヤミに、リシュはハナブサが居ないかと問いかける。

「ハナブサさんなら準備室に居るけど」

「そっか。ありがと、ヤミ」

「ん」

 そうして二人で準備室をノックすると、部屋の中から「どうぞ」と穏やかな少年の声がした。


 陽の光に照らされた小さな部屋は、整頓された小物と資料でいっぱいだ。

 棚も設備も古いし、そこに納められているものも同様だろうけれど、埃っぽくはなく、手入れが行き届いていることはよく分かる。


 その奥。職員室でよくみる灰色の机で、ハナブサは小さな箱に手を置いたままこちらを振り返り、不思議そうに首をかしげた。

「リシュとシャロン……って、珍しい組み合わせだね」

「そう言われればそうかも」

「ふふ。でも、仲がいいのはいいことだよ。それで、何かな?」

「あ、そうそう……ええっと。その。あのね」

「うん」

 シャロンは話を切り出そうとする。

 が、うまくまとまらず「あー」とか「ええと」をしばらく繰り返し。

「ごめん、リシュ。お願い」

 かくりと肩を落として隣に言葉を譲った。


 リシュは「はい」と静かに頷いて話を始める。

「実は、学校内の縁について、お話ししたくて参りましたの」

「縁……」

 その単語に、ハナブサのまゆがわずかに寄る。

「ごめん、その話は、少し待ってもらっていいかな」

「え。はい」

 戸惑った声で話を切るリシュの隣で、シャロンの首がわずかに傾く。

 二人が疑問そうな顔をしているのを見て、ハナブサは「その話は」と携帯を手に取る。

「サクラとウツロにも聞いてもらいたいと思って」

「ああ」

 リシュは何かを心得たようだった。首をかしげたままのシャロンに「サクラ様もこの話はご存知ですの」と小さく付け足してくれる。

「そっか。だからハナブサかサクラ、だったんだね」

「ええ」

「それじゃあ、少し待とうかー」



 □ ■ □



 二人は割とすぐにやってきた。

「呼び出してすまないね」

「ううん。どうせここには来るつもりだったから」

「英が呼び出すってことは急ぎだろうからな」

「はは。そうかも」

 くすくすとひとしきり笑って、ハナブサはその笑いを静かに収めた。

「それにしても、最近二人は忙しそうだしね。手が離せない用事とかがなくてよかった。それじゃあ、リシュ。話の続きをお願いしていいかな」

「はい」


 そうしてリシュは話の概要を語る。

 学校内の人間関係が崩れてきていること。

 それは、縁の糸が切れているからだということ。

 縁を切っているのは、ライネだろうということ。


「ねえ、リシュ」

 そこで口を挟んだのはシャロンだった。

「はい。なんでしょう?」

「どうしてライネがやったんだろう、って言えるの?」

 それは彼女にとっては当然の疑問だろう。

 リシュはまつげを伏せて「それは」と続ける。

「私も確証はございませんでした。けれども、今朝のシャロン様の話を聞いて、確信を得た、と思っております」

「私……?」

「はい。シャロン様は今朝、ライネ様と会えなかった、とおっしゃいましたわね」

「そう。会えなかった。部屋の近くで待ち伏せして。気づいたら部屋の前で。その辺ちょっと曖昧なのがもやもやするんだけど……」

「そこですわ」

「へ?」

 どういうこと? とシャロンの視線が不思議そうな色になる。

「私はライネに会えなかった。それだけ、だよね?」

「それが実はお会いできてたとしたら?」

「え」

 シャロンの目がぱちりと瞬いた。

「気付いたらドアの前に立っていた、とおっしゃいましたわね」

「う、うん」

「縁を切ると同時にその前後の記憶も切り取られている。としたら?」

「そんなこと、できるの?」

「私のような「縁が結ばれる」という現象が元の場合、姿を見られてしまうと支障が有る場合がございます。少なくとも私は、縁を結ぶ前後1,2分程度ならある程度ぼかすことはできますわ」

 ですから、とリシュはシャロンの目を見つめて言葉を続ける。

「シャロン様の話を伺う限り、その可能性は大きい、と思っておりますの」

「……そっか。うん。確かに曖昧なところ、あるから……それなら」

 そうかも、と。シャロンのつぶやきがこぼれた。

「っていうことは。私、実はライネと話ができてたかも、ってこと……だよね?」

「まあ、それも推測ではありますが。シャロン様の指に、切られたばかりの短い糸がございましたから。切られた時にはきっと、それだけの距離しかなかったのではないか、と」

「そっか……私、話できてたのか……。やっぱ、ライネに悪いことしてたのかなあ」

 シャロンはへらりと笑う。

 リシュはその弱々しい笑みから視線をそっと外した。

「それは、ライネ様に直接聞いてみるのがよろしいかと思います」

「うー。そうかもだけどー……」

 少し考える、とシャロンはため息をついて、「話、そらしちゃってごめんね」と話を戻すよう促した。

 リシュは小さく頷いて、話の続きを始める。

「縁が切れてる数は、随分と増えております。私が結んでみたものもございますが、正直成果を上げているとは言えません」


 その状態がこのまま続けばどうなるか。

 リシュはぽつぽつと語る。


 このまま切れた縁が増えてしまえば。すれ違いが続けば。繋がっては切れるのを繰り返していけば。

 縁が修復力を失う可能性があること。新しく繋がったとしても、それは頼りなく切れやすいこと。

 そうなれば、人間関係が悪化するのが見えていること。

 下手すれば、誰かが消える可能性だってあるということ。


「それから……。これは最悪の場合、ですが。私たちの縁がなくなったら……次は生徒たちに影響が出る可能性だって、ないとは言えません」

 ですから、とリシュは静かに言葉を続ける。

「今のうちに。ライネ様に話を聞いて。それが事実だった場合は――どうにかして止めなくてはならない。と、私は思うのです」 

 締めくくられた言葉を最後に、沈黙が落ちる。

 しばらく続いたそれを破ったのは、「そうだね」というハナブサの言葉だった。

「最終的な判断は話を聞いてから、ってことになるけど」

「ハナブサ……」

 シャロンの声に、ハナブサの静かな視線が向く。

「私もできることはできるだけやるつもりだよ。けど、この学校を混乱させていること、生徒に影響がでるかもしれないこと。この二つは見逃せない。それは分かるね?」

「う、うん」

「それに」

 継がれた言葉にシャロンの視線が不安げに揺れる。

「もしかしたらライネもこの状況を何とかしようと思ってるのかもしれない」

「!」

 シャロンの目の色がぱっと明るくなった。

「そう。そうかもしれないよね。だったらさ。ハナブサ。ライネに話を聞くの、私にやらせて欲しい……!」

「うん。そうだね。それはシャロンに頼もうかな」

 でも、とハナブサの言葉が続く。

「リシュの話だと、シャロンひとりで何度か赴いて失敗してるみたいだから。私達にもその内容が聞こえるようにして欲しい」

「もしもの時の保険、みたいな?」

 首を傾げたシャロンに、ハナブサは「そんな感じかな」と頷く。

「君の声が私達に届けばなんでもいいんだけど……良い方法あるかな」

 うーん。と少しだけ考えたシャロンは、何かを思い出した様に「そうだ」と呟き、席を立つ。

「ちょっとだけ待ってて」

「え。うん」

 言うが早いか、彼女は理科室を急いで出て行き――すぐに戻ってきた。

「これならどうかな」

 そう言って取り出されたのは、小さなマイクとイヤホンだった。

「無線になってるから、マイクを私がどこかにつけといて、受信機の方は……誰が良いかな。ハナブサ?」

「そうだね。左右あるからもうひとつはサクラに渡しておこうかな」

 はい、と差し出されたイヤホンをサクラが受け取る。

「ウツロさんじゃなくて俺で良いの?」

「うん。こういうのは多分サクラが向いてるでしょ」

「……そうだけど。ハナブサさん。もし何かあったらウツロさんと一緒に現場に向かうつもりでしょ?」

「え。ああ。バレちゃったか」

 あはは、と小さく笑うハナブサに、サクラは「そりゃあバレるよ」と小さく溜息をつきながら笑った。

「最近大人しくしてると思ったのに」

「まあ、英だってそう言う日もあるだろ。なに、まだ何かあると決まったわけじゃないんだ。お前さんは気楽に構えておけ」

「そうだね。ウツロさん、なにかあったらよろしく」


 ちゃんと聞こえてるかのテストをして、シャロンは「よし」と再度席を立った。

「それじゃ、私ライネを探しに行くよ」

「うん。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」

「もちろん」

 何もないのが一番なんだけどね。と、シャロンはへらりと笑って理科室のドアに手をかける。

 と。


「シャロン様」

 リシュの声が、シャロンのその手を止めた。

「? なあに、リシュ」

 振り返るシャロンの前に、リシュが歩出る。

 一歩離れた所に彼女は立ち止まり、右手をそっと差し出した。

「行かれる前に。少々御手を貸していただいてもよろしいですか?」

「?」

 なんだろう、とシャロンはその手のひらの上に自分のそれを重ねる。

「以前ライネ様はああ仰いましたし、私もそれに同意したので何も言いませんでしたが」

 そっと、シャロンの手にリシュの左手が重ねられる。

 被せられたその手は、そのままするりと撫でるようにすべる。


 その瞬間、手元を見つめていたシャロンの視界に、色とりどりの糸が見えた。

 が、それもしばらくの事。数秒もしないうちにその糸は解けるように消えていく。


「シャロン様。もし、もしも記憶に欠落や違和感を覚えたら、この力、思い出してくださいませ」

「リシュ。これ……」

 どうして、という顔をしたシャロンに、リシュは小さく笑いかける。

「もしもの時の切り札、と言うものですわ」

 もちろん悪用はなりませんが、とリシュは小さく付け加えて、そっと手を離す。

 空中に残されたシャロンの手が、きゅ、っと結ばれる。

「大丈夫。悪用なんてしないよ。ありがと、リシュ」

 リシュはシャロンの言葉に安心した笑みを浮かべる。

「それではシャロン様。よろしくお願いいたします」

「うん、まかせて。それじゃあ、――いってくるね」

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