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縁を結ぶ者の見解

「……頭痛い」

 朝食の席に向かいながら、サクラは難しい顔でぽつりと呟いた。


 最近は眠っている間に獏と話す事が増えた。

 夢の中でも意識を保つというのは、結構な体力を消耗する。目が覚めても疲れが取れない。獏と語った影響か寝不足か、鈍い頭痛がいつまでも残る。そんな身体を引きずるようにして、サクラは廊下を歩いていた。

 身体は正直に眠気を訴えるけれども、朝になるとどうしても目が冴えてしまう。それは昔からの性分だ。眠るのはどうにも苦手だから仕方ない、と言い聞かせる。

 でも、これはあまりよくない。どこかで少し仮眠を取ろう。とぼんやり考える。


 暦の上では春を超えたとはいえ、まだまだ暗い窓の外。ひやりとした空気に身を震わせて、サクラは調理室へと向かう。眠気で火照る身体を程よく冷ましてくれる朝の空気は、少しずつだけれども頭の霞も払ってくれるようだった。


 少しずつ、一緒にいる姿をあまり見かけなくなった人が増えていた。

 みんなの生活時間が、人間関係が。少しずつすれ違い、狂い始めていた。


 ハナはヤミと居る時間が減ってサカキと一緒に居ると言っていた。

 けれども、最近は「ハナコさん」で呼ばれる頻度が上がって忙しいのだという。つまり、サカキとハナも最近一緒にいる時間が減っている。

「できるだけ自ら行動するよう心がけているのだがね……」

 それでも限度はあるとこぼしていた。


 ヤミもそうだった。ハナといることが減った彼はウツロと一緒に居るのを見かける事が増えていた――と、思っていたのだが。聞いてみるとそうでもないと言う。言われてみればひとりで過ごす事が多いと話していた。


 ウツロは元よりひとりで過ごす方だったけれど、朝と夜はハナブサと一緒にいる事が多かった。

 しかし、今はそこまで一緒に居る所を見ない。朝早くに理科室を訪れてもどちらか片方しか居ない、と言うことが多い。これは今回の件についての調査を頼んだから、というのもあるのだろう。二人ともそれぞれ動いているのだとこの間会った時に話していた。


 サカキは表にいられる時間が少しずつ長くなっているのか、休み時間や放課後の短時間だけ表に行くことが多いのだと言っていた。

「本当は、誰か一緒に居てくれると嬉しいのですが……皆さん忙しいみたいで」

 時間を計りながらぼーっとしてます、と。不安げそうな顔をしながらも、彼女は笑っていた。


 そんなわけで。

 こうして、食事時や時間を決めた時はなんとなく揃うけれど、それ以外はご覧の有様だ。

 誰も共通の話題を持たないまま集まるからか、話もうまく弾まない。いや、これまでならそれでも話は弾んだはずだ。


 なのに、この空気はなんだろう。


 重い。というより何かがすれ違っている。話題が繋がらない。それでちょっとした口げんかや愚痴も増えてくる。小さないざこざが少し増えてきて、不信感や不安が支配し始める。このままでは人間関係が崩れてしまう。


 どうにかしなきゃ、と思っている人は多い。

 話を聞くといろんな人が口を揃えて「最近おかしいよね」という。


 みんな薄々気付いている。

 原因はまだ掴めない。

 状況だけが悪化していくのが目に見えるようになってきた。

 獏と話をしても、その状況が浮き彫りになるばかりで原因がわからない。


 ため気が出そうだ。と頭を押さえて調理室のドアを開けると。

「……あれ」

 いつもはこの時間にはいないはずの人物がいた。

「ヒキホシくん、リシュちゃん」

「ああ、おはよう」

「あら、サクラ様。お早いんですね」

 二人は仲良さげに並んで座り、朝食を食べながらこちらに手を振ってきた。

「そうだね。最近目が覚めるの早くて……二人も今日は早くない?」

「うん。リシュがね」

 そう言ってヒキホシはリシュに視線を向ける。

 リシュちゃんが? とサクラも視線を向けると、リシュは「そはい」と口をそっと拭った。

「……皆様の糸の様子を見に参りましたの」

「糸?」


 リシュは縁結びを司る噂話だ。七夕の笹に刺繍糸で作った紐を飾ると、その縁を結んでくれるという。

 そんな彼女が糸の様子を見に来た、とは一体どういうことだろう?


 サクラも朝食を持ってきて二人の向かいに座る。

「糸って……縁結びの?」

 ええ、とリシュは頷いた。

「最近糸が切れてるのをよく見ますの。ずるずると引きずって、汚れてしまわないか心配で心配で。とはいえ、どれがどなたの糸かわからないので無闇に結ぶ訳にも行かず……そうですわね、サクラ様。少々お手を」

 と、リシュは指先を揃えてサクラを手招きする。

「?」

 言われるままに手を差し出すと、彼女のひやりとした指先が手に触れた。

「ああ、サクラ様の糸も幾つか切れてる様子。例えば――失礼致しますわね」

 そう言って手から何かを手繰るような仕草をする。

 サクラには何も見えない。ただ、リシュが手繰る何かに視線を落とす。

「あら」

 そんなリシュの手がピタリと止まった。

「この糸、切れてますわ」

「え? 切れてるってさっきも」

「ええ。私が言ったのは糸の先がないという意味での「切れてる」ですわね。ですがこの糸は――」

 リシュは首をかしげて透明なそれを――糸を掲げてみせる。

 穏やかなリシュの瞳には糸が見えているのだろう。サクラも目を凝らしてみたけれど、何も見えなかった。

「こちらの……って、ああ、失礼をいたしました。このままではサクラ様には見えませんわね」

 リシュは宙に浮かせたままだったサクラの手をさらりと撫でる。

 途端。サクラの目に、指に結びつけられた長い糸が見えた。どれも僅かなつやを持っており、あちこちに繋がっているらしい。リシュが持っているのは、その中にある一本。赤い色をした糸だった。

「こちらなのですが……ちぎれているのではなく、何か鋭いもので切ったような跡がありますの」

 ほら。と近付けられたその糸の先は言われてみれば切り口が鋭く尖っていて、まるでハサミか何かで切った時の糸の先に似ていた。

「……そっか……」

 サクラはその糸の端をじっと見つめて呟いた。


 頭にずっとかかっていた霞が晴れたような感覚がする。

 今起きている現象の原因。それがここにあると、直感が告げていた。


 縁とは、人の巡り合わせだ。接点があれば、それは生まれて繋がっていくし、繋がっているならば接点が生まれる。

 ならば。切れてしまったらどうなる?

 これまでの関係は無かった事にはならない。けれどもこれから先の接点が自然となくなってしまう。


 何かの力が働いてこのようになったのではない。

 働くべき力がなくなったから、この状況になっている。


 そういうことなのだろう。

 そりゃあ俺達じゃ気付けない訳だ、と心の中で頷く。

 見えない糸の操作なんて、ここの住人でも出来る人はとても少ないんだから。


 ならば、それを操っている人物は? という疑問が出てくる。

 リシュは縁を繋ぐ者。操るのは容易だろう。

 けれども、彼女はこの事態を憂いている様子だ。

 縁の切れ方についても気付いていなかった。

 きっと、彼女はその元凶を知らない。状況だけを知っていると考えて良いだろう。


 ならば。


 サクラの中に一人の人物が浮かぶと、同時に。

「縁……ハサミ……といえば」

 リシュがぽつりとつぶやいた。

「そのような話を持つ方が、いらっしゃいまますわね」

「ああ……うん」

 きっと二人は同じ人物を思い浮かべている。


 縁を切る事ができるかどうか、という占いが元になった噂話。

 物静かで、人の縁を大切にする少女。

 噂の名前は縁鋏。

 少女の名は、ライネといった。


「ライネちゃん……だね」

 その名前に、リシュはこくりと頷いた。

「彼女の噂が変わっているのは、ご存知ですよね?」

「ああ……うん」

 サクラは小さく頷く。

 とはいえ。サクラは最近……いや、随分とライネに会っていなかった。

 ライネにまつわる噂話の内容が「占うもの」から「切るもの」に変わっていたのは気付いていた。だから、それを気にかけて何度も声をかけようとしていたけれど、それはついぞ上手くいかなかった。

 遠目に姿を見かけることはあっても、視線が合えば彼女の方から目を逸らし、足早に去って行く。追いかけても巻かれてしまう。だから言葉を交わすこともできなかった。食事の時間も何故か合わない。

「彼女が、この原因だって言うの?」

 こわばるサクラの声に、リシュは「それは何とも」と首を横に振った。

「私の他にこのように糸を見ることができるのは、ライネ様のみ。そのような認識の元に立つ推論です。もし他に鋭利な刃物で縁の糸を切ることができる方がいらっしゃるというのなら――」

 リシュの目が伏せられる。

「私には、見当もつきませんわ」

「そっか……」


 サクラはそのまま二人と一緒に朝食を食べ、切れている縁についての話をした。

 リシュは誰かが入ってくる度、その人の手元をじっと眺めては少しだけ悲しそうに目を伏せる。

「君が、結んであげることはできないの?」

 サクラはふと、疑問を口にした。

 縁を結ぶ噂話の彼女なら、この糸達をどうにかできないのだろうか。と。

「できる事はできるのですが」

 リシュは少しだけ残念そうに首を横に振った。

「数が多すぎますし、どれがどの糸と繋がっているのかというは二人揃って初めて分かるもの。自然に繋がったと思ってもまた切れている糸もございましたし。切れて随分経ってしまってる物もございますから……」

 修復を待った方が早いかと。とリシュは言った。

「それに……」

「それに?」

 聞き返したサクラに彼女は言葉を切って首を横に振った。髪の毛がさらりと揺れる。

「いえ、なんでも」

「……?」

「ところで。私、今回ヒキホシ様に力添えをお願いしましたの」

「え」

 唐突に変わった話題に、サクラの箸が止まる。

 リシュは「ね、ヒキホシ様」と声を掛け、彼はそうだねと頷いた。

「リシュは自分の願い事ってあんまり口にしないんだけど。今回はって言われて」


 ヒキホシは人の願いを増幅し、実現させる力を持っている。

 そんな彼の力を使ってでもリシュが叶えたかったこととはなんだろう?


 サクラの表情を読み取ったヒキホシは、目を細めて答えた。

「リシュはね。誰か、この事態に気付いてる人と会いたい、って強く願ったんだ」

 サクラは瞬きをしてヒキホシを見た。隣でリシュが頷くように目を伏せた。

「この事態に気付いてる人……それが、俺だった?」

「そういうことだと思う。こうしてほとんど人が居ない状態で会えるなんて他に居なかったから。状況に気付いてる人は他にも居るかもしれないけど、一番話ができるのは君だったんだ」

「そっか……でもなんでヒキホシくんに?」

 会いたいだけなら部屋を訪ねるなり何なりすれば良い話だ。

 リシュは静かに「それは」と言葉を繋ぐ。伏せられていた目蓋は僅かに開いていたが、視線はテーブルの上に落とされたままだった。

「縁が意図的に切られているのならば、積極的に顔を合わせて縁を無理矢理繋ぐのは得策とは言えませんもの」

「ああ……」

 だから、できる限り偶然を装って。自然な形で出会えるように。と、ヒキホシに願いをかけたのだろう。

「ですので、今日は会えて嬉しゅうございました」

「そうだね。話ができて、よかった」

 サクラがそう言うと、彼女は嬉しそうに目を細め、ふわりと笑った。


 食事を終えた二人が席を立つ。

 サクラがその後ろ姿を見送ろうと端を止めると。リシュがこちらに視線を向けた。

「サクラ様」

「何?」

 足を止めてわずかに振り向いた彼女は、手を振るような仕草でひらりと自分の指を示して見せた。

「私、先程、縁を無理に繋ぐのは得策ではないと申しました」

「そうだね」

 けれども、と彼女はにこりと笑って続けた。

「どうしようもなく大切な縁ならば、しっかり結んでおいてくださいませ」

 それだけです。と彼女はにこりと笑ってその手を先程と同じような仕草で仕舞い込む。


 サクラにその意図はよく分からなかったけれど。

 彼女の言う糸はきっと大切なものなのだろう。

 だからサクラは、うん、とひとつ頷いた。

「――そうだね。ありがとう」

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