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教えてくださいこっくりさん

 夕方の空き教室で。

 少女がひとり、机に向かって立っていた。


 机の上には一枚の紙。

 少女の手には十円玉が一枚。


 ぱちり。

 鳥居の絵が描かれた場所に、その十円玉を置いて。

 人差し指をそのままに、彼女はにっこりと笑ってこう言った。


「こっくりさんこっくりさん、おいでください!」



 □ ■ □



 理科室。

 ひとりでお茶を飲んでいたヤミはふと、そのカップを運ぶ手を止めた。

 カップを置いて、自分の手をじっと見る。

 指先がゆらりと霞んで見えた。

「――」

 学校のどこかでこっくりさんを始めた奴が居るらしい。

 ヤミはぐっとカップの中身を飲み干し、流しに移動する。

 カップが流しで音を立てると同時に、彼の身体は陽炎のように揺らめいて消えた。

 

 とっくに慣れた浮遊感を伴う移動と、教室に到着したときの重力。

 今回呼び出したのはどこのどいつだ、とヤミは思いながらその教室の隅に着地をして――目を疑った。


「……は?」

「やあ。こっくりさん」


 そこに居たのは。

 ぱつんと揃った、顔の半分を多う前髪。紺色のカーディガン。そこだけはこだわりであるかのようにきっちりと整えた襟とスカーフ。

 空いた手をひらひらと振って笑う、その姿には。

 

 嫌と言うほど見覚えがあった。


 

 □ ■ □



「お前は――馬鹿なのか?」

「おっと第一声からご挨拶だね」

「当たり前だろうが!」

 つかつかと詰め寄って、机の上に手を叩きつける。小さな手のひらではあまり大きな音はしなかったが、それでも彼の憤りを表すには十分だった。

 下からぐっと覗き込むように見上げて、声を上げる。

「よりによってこっくりさんで呼び出すとかお前は何を考えてんだ。俺が呼ばれたからいいものの、ハロウィンのこと――」

「おっと」

 そこまでだ。と言わんばかりに彼女の人差し指がヤミの口に押し当てられた。

「声を上げるのは後にしてもらおう。ボクにも事情があるんだ」

 ぐ。っと言葉を飲み込んだヤミはその言葉に眉を跳ね上げた。

「……事情?」

 どういうことだ、と視線で問う。

「ふふ。今日のこっくりさんは饒舌だ。ま、呼び出したのがボクだから仕方ないね。ああ、才能があるって恐ろしいな!」

「おい。話を逸らすな」

「なに。逸らすつもりなんてないよ。ここからが本題さ」

 本題とは、とヤミが視線で問う。

 それはね、とハナも同様に答える。

「こっくりさん。ヤミちゃんは、最近学校内で起きてる異変に気付いていますか?」

「……異変?」

 ヤミは首を傾げ、机の上に視線を落とす。

 鳥居の上に留まっている十円玉をじっと見て、首を横に振る。と、その硬貨はずずっと小さく擦れる音を立てながら「いいえ」で止まった。

「ふむ。やはりか。最近忙しそうだもんな」

「それは、お前もだろ?」

「そうなんだ。最近みんな忙しい。噂話が活発なのは良いことだが、それにしても色々とタイミングが悪い」

「……?」

 何がだ、とヤミの目が細められる。

 ハナは十円玉に指を置いたまま、器用に中指で机をこつこつと叩いてみせた。

「さて、こっくりさんに質問の時間としよう」

「……三つまでなら答えてやる」

「おお、それは頼もしいな。では、まずひとつ目」

「ふたつ目だろ」

 ヤミの間髪入れずに突っ込まれた一言に、ハナは「その位サービスしておくれよ」と笑って続けた。

「みんな最近忙しいなとボクは思っている。きっと事実、みんな忙しい。――さて、それは一体いつからですか?」

 ヤミはその質問に意識を向ける。


 こっくりさんと言っても、ヤミが知っている事だけを答える訳じゃない。

 ヤミにだって知らない事はあるし、未来予知だってそんなに上手くない。

 頑張って3日先がせいぜいだし、それでも外れることだってある。

 そもそも、校内で交わされる情報についてならシャロンが、噂話の収集ならサクラの方が格段に上なのだ。


 じゃあ、こっくりさんの強みは? というと。

 自分の足元に広がっている影を通して情報を瞬時に集めることにある。

 求めている情報に関する情報を、学校中に繋がっている影から拾い上げる。

 あの二人が深く蓄積された特定分野を得意とするならば、こっくりさんは広く浅く、蓄積とリアルタイムの合わせ技で。だ。


 答えはすぐに出た。


 十円玉がずるずると動いて答えを綴る。

「ふむ。2月の半ば……か」

 ハナはその答えを見下ろして、ふむ、と頷いた。

「丁度バレンタインの時期からか……何かきっかけはあったっけ? ヤミちゃん」

 ヤミは心の中で舌打ちをする。

 回数制限があるからと、自分への質問とこっくりさんへの質問をきっちり分けてきた。

 これは「こっくりさん」ではなく「ヤミコ」への質問だ。

 ハナはこう言う所抜け目ないよな、と溜息をつく。

「さあ」

 ヤミは机の上に腰掛けて答える。心当たりなんて何もなかった。


 噂話には波と言うか、時々やたらと活発に噂されたり実行されたりする時期がある。

 今回はそれが重なっただけだと思っていたから、心当たりなんてあるわけがない。


「まあいいか。そこは追々考えよう。では次。最近新しい噂はありましたか?」

「それはシャロンかサクラに聞いた方が早くないか?」

「まあ、それもそうなんだが、今のボクは情報の早さと正確さを一緒に求めているからね」

「そう」

 ヤミは答えを拾い上げて返す。

「そうか――無いか」

 ふむ。とハナは頷いて「では最後だ」と呟いた。

「今ボク達の間で、何が起きているんですか?」

「――」

 ヤミが答えを探ろうと息を軽く吸ったその時。

 

 ばちん! とコインが跳ねた。


 天井近くまで跳ね上がったコインはそのまま真直ぐ落ちてきて、鳥居の上で数度跳ねた後、くるくると回転してぱたりと倒れた。

「……おっと」

「ハナ、指」

 これはこれは、とハナは弾かれて赤くなった指を見てくすくすと笑った。

 心配そうなヤミの視線に「このくらい大したことないよ」とひらひらと手を振ってみせる。

「ボク達じゃ手に負えないものが動いてる、って事だろうか。それはそれで面白いじゃないか。――あとはボクの方で情報を集めるとしよう」

「なあ、ハナ」

「うん?」

 なんだい、とハナがヤミの方を振り返る。

 薄暗い教室に、彼女の髪が影となって揺れる。

「いい加減俺の質問に答えろ。事情ってなんだよ。お前はさっきから、何を調べている?」

「ああ、その事か」

 ハナも机に寄りかかり、それはね、と笑った。

「これは独り言なんだが――ボクとヤミちゃん、最近なかなか会えてないと思うんだ」

「……?」

 はて、とヤミの首が傾き。しばらく思案するように固まる。

「まあ、そう言われてみればそうだな?」

「ふふ。ヤミちゃんったら相変わらずこの冷たさだ」

 まあ、それも彼の良ささ。と、文句を言いながらも笑うハナに、ヤミはそういわれても、と眉を下げる。

「部屋隣だし、食事時に顔を合わせる位してただろ」

「そう。こっくりさんは鋭いな。その位。――その程度なんだ」

 その程度、と小さく繰り返す。

「ボクとヤミちゃんはこの学校でも一二を争う仲の良さだと思っているんだが」

「……そうか?」

「思っているんだが」

「……はいはい。それで?」

「それなのに、この程度しか顔を合わせられない。それは妙な事だと思わないかい?」

 ヤミはそうだろうか、と考える。

 ハナはその思考を読んだのだろう「それだけじゃないよ」と言葉を付け足した。

「サクラ君とさっちゃんもそうだ。最近一緒に居る所を見ない。ラン君もサエグサ先生を探していた」

「言われて、みれば」


 そういえばそうかもしれない。


 サクラは体調を崩して部屋から出てこなかったり、体調がいい時はそれを取り戻すように授業に出ていたり、校内の話を聞いて回ったりしている。

 サカキはその分一緒に居る事はないから、ハナと一緒に居る姿を見ていた気がする。

 ランは朝食と昼食の時こそサエグサと一緒に居るものの、それ以外の時間はすれ違っているようで、道行く人に「せんせー、しらない?」と声をかけていた。

 サエグサもそうだ。学年末考査からその後にかけては、放課後は表の校舎によく出向いていたはずだ。


 ざっと思い出しただけでも、これだ。確かに。と、ハナの言葉に頷く。


「気付いたかい?」

「……こういう事が、他の人にも起きている?」

「そうだな。ボク達は一緒に居る事が多かったから気付きやすい。きっと気付かない所でそう言うすれ違いを起こしてる人も居るだろうさ」

「ふむ」

 それは、確かに妙だ。とヤミは頷く。

「だから、その現象と原因を調べようって?」

「いいや?」


 ハナはあっさりとそれを否定した。


「じゃあお前なんで俺を呼んだんだよ」

「ボクはこの事実をヤミちゃんに気付いてもらいたかった。それだけさ」

「……?」

 どういう事だ、とヤミの視線が問いかける。

「昨夜ね。サクラ君と話をしたんだ」

 そう言って夜の階段で話した事を掻い摘んで伝える。


 何か事件が起きている。

 けれども、この事件に関しては、何もわかっていない。

 分かっているのは「これまで一緒に居た人が、一緒に居る機会を失っている」ということだけ。

 どうしてこんな状況なのか。誰がなんのために起こしているのか。

 この状況に気がついて回避するような行動をしたら――それがバレてしまったら。

 何も起きなくなるかもしれない。結果、皆の関係も元に戻るかもしれない。


 けど。


「それで何も起きなくなる、というのは歓迎できた事態ではないだろう?」

「まあ、そうだな」

 ヤミもその意見に同意する。

 元凶がなりを潜めて静かになったから事件が収束した、なんて言うのは避けるべき事態だ。


 それを忘れた頃に繰り返されたら。もっと周到に準備をされてしまったら。

 それこそ手に負えない話だ。


 ハナもそれを分かっているし、ヤミも同様だ。

「だから、ボクはただこっくりさんをしただけ。質問をしただけ。情報を集めるだけ。ボクは「こっくりさん」と話をしたんだ。それで「ヤミちゃん」が何かに気付いたとしても、ボクは知らないよ」

「……」

「ついでに言うなら、何か行動を起こそうなんて、今は考えていない」

「……受け身だな」

 ヤミは苦い顔でぽつりと感想を零した。

「まあ、君にとってはつらいかもしれないね」

 今は我慢の時さ、と、ハナは笑った。

「今回はまだ色々見えてないからね。仕方ないのさ」

「――そうだな」

 ヤミは頷く。

 何もできないのは歯痒かったけれど。

 現状ではそれが最善策のように思えた。



 □ ■ □



「ところで」

「うん?」

 話を終えたハナは、にこりと笑って机に残された紙と十円玉を指差した。

「回答拒否されてしまってご覧の通りな訳だが――こっくりさん。このルール違反は君の権限でなんとかなるかい?」

「ま、俺が出てきたんだ。俺が帰れば済む話だろ」

「そうかそれは良かった」

 それじゃあ、あとはよろしく頼むよ。というハナの声に、ヤミは背中を向けて返事に変えた。

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