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その違和感は仄かに香り

 それは、一体いつからだったろう?

 気付いた時には、既にその現象は数組に渡って起きていた。


「なあ、サクラ」

 昼食を終えた頃、獏はサクラに問いかけた。

「……何」

 サクラは頭が痛むのか、額を軽く押さえて問い返してきた。

「サカキはどうした?」

「サカキくん……?」

 サクラは至極不思議そうにその前を繰り返す。

「今日はみんなで勉強会するんだってヤミくんが言ってたけど」

「ふうん……?」

「それがどうかしたの?」

 サカキの名前を出したのが不思議だったらしい。サクラは何かあったのかと尋ね返してきた。

「いや、最近お前と一緒に居る姿を見ねえなと」

「ああ」

 そういえばそうだね、とサクラからの返事は素っ気ないものだった。

「最近は、なんかタイミングが合わなくてさ」

「へえ……」

 獏はその言葉を受け止めて、「タイミングが合わない、ねえ」と繰り返した。

「それで、それが何?」

「いや……」

 サクラが何も考えていないのなら別に問題ないだろうか?

 そう思った獏は「何でもない」と一方的に話を切り上げた。


「……」

 サクラは残る頭痛に溜息をついて、「一体何なのさ」とぼやいた。

 呼びかけてみても獏の返事はないから、その真意は分からない。


 サカキと最近会わないのは本当だ。それは自分だって気付いている。

 食事時に顔を合わせはするが、それ以外の時間で一緒に何かをすることがめっきり減ったのも事実だった。

 別に喧嘩をしたり意図的にそうしている訳じゃない。

 自分が体調を崩したり、お互い授業を受けたり、噂話に関わる行動だったり、他の人と行動を共にしたり。様々な理由が重なっている。それだけだ。


 ……うん。それだけだ。



 □ ■ □



 夜。

 宿題を片付けていたサクラはふと、解答を書き込んでいた手を止めた。

「……」

 昼に獏が言っていた言葉をなんとなく思い出した。


 アイツの言葉は頭を眩ませるし、何が面白いのか話せばニヤニヤと笑っていて気分が悪い。

 記憶は勝手に覗いていくこともあるし、下手すれば身体を乗っ取ることだってある。

 根本的に何かが違う。合わない。そんな獏だが。

 更に癪なことに、彼の言葉は時々サクラに何かを気付かせる。


 最近サカキと一緒に居ない。というその言葉。

 言われてみればそうだけど。それは昼間に答えた通りだった。

 タイミングが合わない。それだけだ。

 食事時に顔を合わてはいるはずだから、会っていない訳ではない。ただ、それ以外に接点があまりない。それだけだ。


 けど。それは。


「いつからだっけ……?」

 はて。と、しばらく考えてみて――ふと。もうひとつ気が付いた。

 他にも、そう言う人が居るのではないか?

 例えば、ハナとヤミ。二人はよく一緒に食事を取ったりお茶を飲んだりしているが……最近、その姿を見かけたか?

 思い出してみるが、少なくともここ一週間くらいは見ていない気がした。

 ひとつ気付くと、他のことも気になってくる。

「ん……」

 気のせいかもしれない。それなら良いんだけれど。

「でも。これは……」

 なんだか嫌な予感がした。


 夜風に桜の花びらが舞っている。

 それに視線を一度向けて、少しだけ考える。

 ペンを置いて、ノートと教科書を片付けて。

 それから、意を決したように目を閉じた。


「ねえ」

 声に出さず、話しかける。

 その相手は、自分の中の住人。

「――どうした」

 お前から話しかけてくるなんて珍しいな、とその住人――獏はいつもと変わらない調子で答えてきた。

 ずきりと頭が痛むが、それを堪えてサクラは「うん」と頷く。

「ちょっと……調べて欲しいことがあって」

「ほう?」

 獏の声が面白そうに跳ねた。

「おまえが俺に頼るとは珍しい。どう言う風の吹き回しだ? 頭でも痛むか?」

「……」

 何という訳ではない普通の言葉。他の人が言えば気にもならないそれは、獏が言うと何故か癪に障る。

 一瞬、相談しようとしたことを後悔しかけたが、そうも言っていられない。首を横に振ってその考えを追い出す。

「昼の話だよ」

「昼の――ああ」

 あれか、と獏は言う。

 そうそれ、とサクラは頷く。

「サカキくんと会う時間が少ないって言うの、確かにオマエの言うとおりだよ」

「だろう?」

「何でそんな得意げなのさ……」

 いちいち反応してたら話が進まない、とサクラは無視して話を続ける。

「昼間に会わないのは、ただのすれ違いだと思うんだけど。それが一体いつからなのか。……考えてたら他にもそう言う人が居る気がしたんだ」

「ほう……?」

「それが俺の気のせいならそれでいいんだけど。そうじゃなかったらと思ってさ。明日だけなら……俺の記憶を漁って構わないから。他に居ないか確かめて欲しい」

「ほう?」

 その声は不思議そうに跳ねた。それだけ獏にとっても珍しい言葉だった。

「そんな意外そうな反応しなくて良いよ。俺の記憶を細部まで見れるのは、オマエしか居ないだろ」

「そりゃそうだが。ふうん……?」

 獏はしばし何かを考えているようだった。

 コイツが放棄した場合は、自力で探るしかない。その場合は一からの捜査になるから、急がなくてはならないのだけれど……と、不安がよぎった所で「まあ、いいだろ」という声がした。

「面白そうな話だ。乗った」

 獏の声はとても楽しげだった。サクラの気も知らず、獏は楽しそうに頷いた。

「おまえの記憶を遠慮なく漁れる――楽しそうじゃねえか」

「いや、少しは遠慮してよ」

 明日だけだからな、とサクラは念を押したけれど。

 獏から帰ってきたのは面白そうにくつくつと笑う声だけだった。



 □ ■ □



「よう」

 獏が再び声をかけてきたのは、次の日の夜も更けて来た頃だった。

 その日一日頭痛と目眩が続いていたサクラは、夜風に当たりながら「うん」と気怠げに答える。

 その声は僅かに熱っぽく、溜息のようだった。

「少しは分かった……?」

「多少はな」

 獏の声に「そう」と答える。夜風が火照った頬を冷ますように吹き過ぎた。

「結論から言ってやる。――おまえの予想は、多分当たりだ」

 やるじゃねえか、と獏は笑う。

 サクラはその声に頭がぐらぐらと痛んで、「どうも」とも言えず頭を押さえる。

「俺が見つけた限りだが。ヤミとハナがそうだったな。ランもサエグサを探してた」

 そう言われて、上がった二組を思い出す。

 サクラが最初に気付いたのはハナとヤミだった。最近ヤミがハナに声を上げる姿を見ていない。一緒に居る姿を見ない。そんな気がしたのだが。

 やっぱり当たりだったか。とサクラは溜息をつく。

 ランとサエグサもよく一緒に居るけれど、言われてみれば、と心に思い当たる所があった。

「……そういえば最近「せんせーしらない?」って聞かれた気がする……」

 獏は「それだな」とサクラの言葉を肯定した。

「……あとは?」

「アメノとジャノメ。おまえは覚えてないみたいだが、ジャノメが最近アメノとすれ違いが多いとこぼしてる声が残ってた」

「そうだったんだ」

 サクラ自身、そんな声を聞いた覚えはなかったのだけれど。自分の記憶に残っていたということは、どこかで耳にしていたのだろう。

「俺も今日一日他の人の様子を見てたけど……カガミ……は、今日も一緒にいたね」

「あいつらは別格だろう。二人でひとりだ。離れられる訳がねえ。それでいくと、サラシナとレイシーもそうだろうな」

「そうだね……それで、オマエは今日一日でどこまで遡れた?」

 獏は「ざっと見たところだが」と一言置いて答える。

「二ヶ月前は普通だったからここ一ヶ月ってところだな。これでもかなり端折ってやったんだぜ?」

「まあ。記憶だしね……」

 それもそうだ。全部遡っていたら一日じゃ済まないに決まっている。

 それでもある程度あたりをつけて、期間まで予測するなんて。情報収集はうまいよなあ、とサクラはぽつりと思う。

「今から一ヶ月前っていうと……二月の上旬、かな」

 何かあったっけ、とサクラは考える。獏も心当たりはないようで何も答えなかった。


「ここ一ヶ月で少なくとも3組……いや、4組か」

 考え込むサクラに、獏も頷く。

「年明けには何も無かったはずの関係が一ヶ月やそこらでこんなに散り散りになる訳がねえな」

「……確かに俺とサカキくんだけなら、って思ってたけど他にも居るなら、そうだね」

「つまりだ」

「何か、原因がある……?」

 そうだろうな。と獏は頷く。

 何が原因だろう。とサクラは呟く。

 が、獏の言葉は「さてなあ」という首を捻るような物だった。

「記憶を漁った限りでは何が原因かまでは分からねえから、ここからは情報を集める必要がありそうだ」

「そっか……」


 サクラは眩む頭で考える。

 ハナとヤミ。ランとサエグサ。シグレとジャノメ。それから自分とサカキ。

 共通点は特に思いつかない。言うなれば一緒に居ることが多い、位だろうか。

 獏が何も言わない所をみるに、気になる行動もないのだろう。

「うーん……」

 考えてみるけれども、眩む頭では纏まる物も纏まらない。

 頭痛に加えて、ぐるぐると目が回る。

「……だめだ。今日は具合が悪い」

 そのままベッドに突っ伏すと、獏のくつくつと笑う声がした。

「大丈夫か、と声をかけてやってもいいが……どちらかと言えば、おまえがそのまま混沌とした夢を見てくれりゃあ、俺は言うことねえな」

「……」

 さっき少しは感謝をしたような気がしたけれど、それが吹き飛ぶような発言にサクラは深い溜息をついた。

 頭痛と目眩が僅かだけれども逃げていく。

 少しだけ楽になった頭を枕に預けて、眼鏡を外した。

「俺、寝る……」

 眠れるかは分からないけれど、体調を取り戻すには寝るしかないことも分かっている。

「ああ、俺も今日は一日おまえの記憶を漁って疲れたからな……」

 お前の夢、楽しみにしてるぞ。と獏は言う。

「――」

 サクラはなんと答えたか分からないけれど。

 目を閉じても眩む視界に、意識を落とした。

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