一方その頃
ハナがリシュを連れて出て行って。
残ったのは男子数名。
ヤミ、ヒキホシ、サクラ、ヤツヅリ。
「ハナ君は風のように人を集めて去ってったな……」
「すごかったね」
ヤツヅリが感心したようにドアを見遣り。向かいでサクラがくすくすと笑っている。
と、閉じられて少ししか経ってないそれががらりと開いた。
「外風つよいー。……って、あれ。女子が居ないって珍しい」
入ってきたのはジャノメだった。
「女の子達なら皆でお喋りするんだって」
ヒキホシが答えると、彼は「へえー」と言いながらお茶を淹れてヤミの隣に着席する。
「んー。女の子っていうと」
ジャノメは部屋をぐるりと見渡してメンバーを推測する。
「ハナさんと。リシュさんと……サカキさんかな?」
「あとサラシナも連れてかれた」
ヤミが答え合わせをしてやると、ジャノメは「ああ、レイシーさんも連れてかれたんだ」と笑った。
「お人形だもんね。一緒じゃないと大変そうだしあの二人」
そうだね、とサクラが頷く。
「それにしても、サカキくんも一緒だってよく分かったね」
「え。だってサクラさんが居るから、居るかなあ。って」
「え。俺?」
ジャノメの言葉にサクラがぱちりと瞬きをした。
「だってよく一緒に居るでしょう?」
ジャノメの首がこてんと傾く。
サクラの首も僅かに傾き、視線が考えるように揺れる。
「まあ。……そう、かな? 居る事は多いかも」
「よく一緒に居るという自覚は一応あるんだね」
「……ヤツヅリくん、どういうこと?」
「言葉通りさ。それ以上でも以下でもないよ」
ふう、と湯のみを吹いたヤツヅリに、サクラはなんだか納得いかないような顔をしたけれど、すぐにそれをしまい込む。
ジャノメはそんなやりとりにくすくすと笑って、置いてあったお茶菓子に手を伸ばした。
「でも、女子だけでお喋りって楽しそうだよね」
何話すんだろう、とジャノメはお菓子をもぐもぐと噛み砕きながら天井を見上げる。
「なんか恋の話をする、って言ってたけど」
「恋」
ヒキホシの答えをジャノメは繰り返し。隣のヤミに向けて「それならさ」と言う。
「ぼくも混ざれるかな」
「シグレさんの話するのか」
「うん」
迷いのない返事に、ヤミは小さく溜息をついた。
「まあ、混ざりたきゃ混ざってくればいいんじゃない……?」
「ヤミさんヤミさん。冗談だよ」
「知ってる」
文庫本から目を離さないヤミに、ジャノメはふふ、っと笑った。
「でもさ。ヤミさんは気にならないの?」
「何が?」
ヤミの目が文章を追うのをやめて、ジャノメの方を向いた。
前髪から金色のそれが覗く。
「誰が誰のことを話してるか」
「いや、別に」
間髪入れない返事と同時に、ヤミの口が曲がった。その目は「そんなの聞いてどうするんだ」と言いたげだ。
「だってー。ハナさんとかさ」
「いや……ハナは別に話すことないと思うぞ。聞きたいだけだろアレ」
そうなの? とジャノメが問う。
そうだよ。とヤミが答える。
「ハナは恋愛とかに興味はあるけど、自分ができるかどうかは別問題だと思ってるからな。諦めてる節もあるし」
「へえ……ヤミさんはハナさんのこと、よく知ってるね」
「……腐れ縁だから」
ヤミの言葉は少しだけ低く響いた。
ジャノメはそれ以上何も言わず、お茶菓子にもう一度手を伸ばす。
「それじゃあこっちは男子でしか話せないことを話そう」
「というと?」
ヤツヅリが軽く問う。
「んー……昨日食べた夜食とか?」
「食べたのはお前だけだろう」
ヤミが突っ込むと、ジャノメは「そうだけど」と頷いてにこりと笑った。
「じゃあ今度はヤミさんも一緒に食べよう? 売店で袋麺買ってさ」
「ええ……眠れなかったら付き合ってやってもいいけど……」
ラーメンとか入るかなあ、とヤミは天井を見上げて呟いた。
「うん。眠れなかったらいつでも呼んで。おいしいよー。トッピングとか冷蔵庫の残り物と相談するんだ」
ジャノメは理想の夜食ラーメンについて語る。
塩ラーメンにはバターとチーズとか。
味噌ならカレールーを入れてみるとか。
豚骨は色んな味があるから野菜だけでも十分だとか。
「ああ。ベーコンとかもいいよねえ」
思い出したのかうっとりと語るジャノメを見て、ヤツヅリがずれた眼鏡を直しながら言う。
「どれもこれも……深夜に食べると罪深い味がしそうだね」
「ヤツヅリさん分かってくれる!?」
ジャノメが表情を輝かせて同意を求められると、「まあ、気持ちくらいならね」と視線を逸らした。
「いいよー。おいしいよー。一緒に食べよう?」
「それはちょっと」
「えー」
ジャノメは頬を膨らませる。ヤツヅリはというとずれた眼鏡を直して、小さな溜め息をついた。
「オレは保健委員だよ。他の人がやる分には目をつぶってもいいけど、オレが率先してやるわけにはいかないでしょ」
「あー。そっかあー……そっかあ?」
だめなの? とジャノメが視線で問う。
「まあ。オレはそう言うの好きだからたまにやりたくなるけどね」
「たまにはいいんじゃないかな」
そう言ったサクラを一瞥して、ヤツヅリは「そうかもね」と息をついた。
「その時は君も巻き込もう。起こしに行くから覚悟しとくように」
「えっ」
□ ■ □
後は最近の試験の傾向だったり、授業の話をしていると、再びドアが開いた。
ひょこ、と覗いたのは淡い色の髪。
「あれ。男子しか居ないんだね」
珍しい、と入ってきたのはハナブサだった。手には大きなトレイがある。
「うん。多分別の部屋で話をしてるんだと思うよ」
サクラが席を立ち、ハナブサの持っていたトレイを受け取る。
「そっか。ケーキが焼けたから皆に食べてもらおうと思ったんだけど」
「ケーキ!」
わあい、と両手を上げたのはジャノメだった。
「今日は何ケーキなの?」
「チョコレートとバニラのパウンドケーキだよ」
「ぼく、端っこ欲しいな。ある?」
「うん? あるけど……」
頷きながらも不思議そうな顔をするハナブサに、ジャノメは嬉しそうに席を立ってぱたぱたと駆け寄る。
サクラが置いたトレイを覗いて目的の部分を見つけると、それを一枚ぱくりと頬張った。
「ジャノメはその端が好きなの?」
真似をするように反対側の端をつまんで口に運ぶハナブサの問いに、うん、と彼はにっこり笑って頷いた。
「普通のふわふわしてる部分も好きなんだけど、端っこはさくさくしてるのが多めでしょ? そこが好きなんだ。ツバキさんも好きって言ってたから残しといてあげて」
「なるほど。そうだね」
まだあるから残しておくよ、とハナブサはにこりと笑う。
「あとは……そうだな。ここに置いとくから皆で食べて。サクラ、あとはよろしくね」
「うん」
ハナブサはサクラに後を託して、準備室の方へと姿を消した。
「さて」
サクラは小さめの皿を一枚取り出して、ケーキをそっちに数枚移し始めた。
「サクラ君、なにしているの?」
ヒキホシの言葉に「ん?」と少しだけ視線を上げて、すぐに手元へと戻す。
「せっかくできたてのケーキだからね。持っていってあげようかと思って」
「ああ、そうだね。クッキーは持っていってたけど、そろそろなくなる頃かもしれない」
そうだね、と頷いて、サクラはケーキにラップをかけた。
「じゃあ、俺ちょっと行ってくるけど……」
うーん、と首が傾いた。さらりとした髪が頬にかかる。
「……どこで話してるとか言ってたっけ?」
言ってなかったよね。と僅かに困った顔をすると。
「物理室じゃないか?」
答えたのはヤミだった。
文庫本から目を離さず、彼は続ける。
「上の階の方が日当りいいから。多分そっちの方が確率高い」
「そっか。じゃあそっちから当たってみよう。ありがとう」
そう言い残して、サクラも部屋をあとにした。
「相変わらずサクラくんは面倒見がいいね」
見送ったヤツヅリがお茶を啜りながらぽつりと呟いた。
そうだね、とヒキホシも頷く。
「あんな彼だから僕らも安心していられるんじゃないかな?」
「そうかもね」
「サクラさんはみんなのお兄さん、って感じだよね」
ジャノメの言葉に「そうだね」と頷きながら、ヤツヅリはふう、と息をつく。
「どうしたの? ヤツヅリさんはサクラさんがお兄さんなの、嫌?」
「ん? ああいや、嫌なんてことはないさ」
ただなあ。とヤツヅリは天井を見上げる。
何か言いたげに口を開いて、閉じて。
もう一度口を開きかけ――溜息をつくように言った。
「サクラくんは……座敷童だからさ。人の噂話に左右されやすいんだ。多分普段は普通を装ってるけど、どこかにその歪みが出てると思うんだよね……」
「歪みが……」
「そう。まあ、どこかは分からないけど、どこかにある気がするんだ」
それから、とヤツヅリの言葉は続く。
「それはそれとして。見てて分かりやすいのに自分の感情に疎すぎる。サクラくんが兄だというのなら、世話のかかる兄貴だなあ、って」
「?」
ジャノメの首がこて、と傾く。それから部屋に居る全員をくるりと見渡して、反応を伺う。
ヤミは我関せずと本を読んでいる。
ヒキホシはいつもと同じようににこにこと笑っている。
ヤツヅリはふー、と溜息をつききった顔をして席を立った。
「ねえヤツヅリさん。サクラさんもしかして自覚無いの? あれで?」
部屋を出て行こうとしたヤツヅリは足を止め、少しだけ振り返って。
一言だけ、答えた。
「多分ね」