ディスプレイに目があって 後編
そこから更に数日。
「だから君はなんなのかな……?」
ディスプレイからじっと彼女を見上げる目を前に、シャロンは完全に詰んでいた。
目は時々現れる。そしてシャロンをじいっと見つめて、消えていく。
声を掛けても答えない。聞こえてるかも分からない。
そもそもディスプレイに映ってる物に話しかけるってなんだろう?
あれ、目だけどちゃんと話せるのかな。聞こえる? どうやってコミュニケーションとれるんだろう。
うーん。と考えながらキーボードを打つ。
と。
こんこんっ。
小さな音が聞こえた。
「うん?」
音の方を見ると、カーテンの影にカガミが居た。
「「シャロンちゃん、今大丈夫?」」
「ん。私ひとりだし大丈夫だよ-」
そう答えるとカガミはカーテンを揺らしながらパソコン室の中にぴょいっと飛び込んできた。
「どうしたの?」
とことこと寄ってきた二人に問いかけると、彼らはニコニコしながらひとつの袋を差し出してきた。
「これ、売店にあったから」
「……はちみつ梅?」
それは売店で時々売ってるお菓子の袋だった。
首を傾げるとカガミ達は嬉しそうに頷く。そして自分達も同じ物を持ってるんだよ、とポケットから取り出して見せた。
「この間お話ししたから」
「この間教えてもらったから」
「「一緒に食べようかなって思って」」
「なるほど。ありがとうね」
笑って受け取ってふと視線を上げて――ぴたりと止まった。
ディスプレイに目があった。
いつもと同じように、シャロンをじっと見ている。
シャロンも思わず見つめ返す。
その視線にカガミが気付いたらしい。
二人も振り返り――。
「「あ」」
と声を上げた。
カガミの声を合図にするかのように、目が細められ、そのまま閉じる。
あ、これは消えちゃう。
やっぱりひとりじゃないとダメなのかもしれない。と思うのと。
もうちょっと待って欲しい、と思うのが同時で。
「ちょっと、待って――!」
後者が声に出た。
でも、目はそのまま閉じていく。すう、っとその切れ目がなくなっていく。
それを見逃さなかったのがカガミだった。
「カガミ」
「うん」
少年の方がディスプレイに駆け寄り、そのまま手を伸ばす。
ずぶり。と腕を画面に浸す。液晶ディスプレイがまるで本当に水面のように波打って彼の腕を飲み込む。
地面を蹴って、するりと飛び込んで行った。
「……カガミってディスプレイもいけるの?」
シャロンは何が起こったかちょっと分からなくて、隣ではちみつ梅を口に放り込んでいるカガミに問いかけた。
「だって、ディスプレイも「うつるもの」だから」
「あー……なるほどー……?」
“映る”と“写る”は違う物のような気もするけど。いや、反射はするから良いのか。うん。いいのか。
「大丈夫だよシャロンちゃん。たぶんカガミはお話聞いて帰ってきてくれるよ」
ちょっと待とう? とカガミがにこりと笑う。
「お話……できるのかなあ」
そうして待つ事5分ほど。
「ぷは」
ディスプレイから突然カガミが顔を出した。
「あ。おかえりー」
「ただいま」
カガミの声に答えながら、カガミが机の上から降りてくる。
「あのねシャロンちゃん。お話しできたよ」
「えっ」
できたの!? と聞き返すと。彼はうん、とあっさり頷いた。
「私あんなに声かけてたのに……。カガミは一体どんな手段を使ったの?」
「あのね。あれは目なんだよ」
「うん。わかるよ」
それは見たまんまだから。それで違うと言われたらちょっと困る。
「だからね。耳と口もあるの」
「えっ」
あるの? と問いかける。
あったよ。と返ってきた。
「目はね。見ることしかできなくて。でも、生まれたばっかりだから、表に出せるのが目だけなんだって」
それでね。とカガミは少し考えて、ポケットを探る。
携帯を引っ張り出し、それにつながっていたイヤホンも一緒に取り出す。
「これを使ったら話せるよ、って言ってた」
「ヘッドホンで……?」
首を傾げたシャロンに、カガミは頷いた。
それからここ。とヘッドホンの一部分を摘まんで見せる。
「お話しするときはここね」
「マイク……ああ、なるほど」
ようやく分かった気がした。
シャロンがいくら問いかけても返事が無かったのは、ディスプレイに――そのパソコンの中に音を届ける事が出来なかったからだ。
マイクを繋げば、こっちの声が届く。
ヘッドホンを繋げば、あっちの声が届く。
そういうことらしい。
「あと、裏のこともちょっと教えたから、シャロンちゃんが呼んだら来てくれるって」
「カガミって、いつも遊んでるように見えるけど、そんな事まであっさりやっちゃう行動力には感心する」
褒めるの半分、呆れるの半分で息をつくと、カガミはぱっと表情を輝かせた。
「今、カガミ褒められたのかな?」
「うん。カガミ今褒められたね」
二人でにっこりと頷き合って、嬉しそうにしている。
「うん。カガミはすごいや」
ありがとうね。と改めてお礼を言うと、二人は満面の笑みを浮かべて「どういたしましてー!」と声を揃えた。
□ ■ □
それ以来。
シャロンは普段使っているものの隣にあるパソコンに、スピーカーとマイクを繋ぐようになった。
マイクのスイッチを入れてしばらく待つと、ディスプレイに目がパチリと開く。
話してみると、ちょっとたどたどしいところはあるけれどなかなか素直な子だった。
「本当はチャットで話せるとどこでも良いんだけどね」
そう言うと、目は僅かにまぶたを伏せる。
「ごメん、ね」
軽いノイズと共に、そんな音がする。
曰く。
まだ1台のパソコンでしか動くことができないらしい。
電源が入っているのもまだ苦手なのだと言っていた。
「そこはまあ。時間はあるし、こっち側ならいつでも出てきて大丈夫だからさ。練習しなよ」
そう言うと、ぱちぱちと瞬きをした。それがきっと「頷く」という動きの代わりなのだろう。
「私で良ければ練習付き合うし、みんなも協力してくれるよ」
ぱち。とディスプレイの目がゆっくり瞬きをした。
それにしても、とシャロンはマウスをクリックしてとあるページを開く。
「またひとつ楽しい話が増えたし……っと」
シャロンはふふん、と鼻歌交じりでキーボードを叩く。
そのまま小指でエンターキーを軽く叩いて、にこりと笑った。
「こんな感じででどうだろ。これで君の話も、もう少し補強できるといいねー」
733 学籍番号999999999 xxxx/xx/xx 18:35:49
>>675
壁に耳あり、障子に目あり。っていうし。
ディスプレイにも目があるってことだよ。多分。