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ディスプレイに目があって 前編

 そこにあったのは、目だった。


 放課後。パソコン部はほぼ全員が何かしらの用事で欠席だった。

 たったひとり出席した生徒は、誰もいないパソコン室でカタカタと活動記録を入力する。

「今日はこれだけ書いたら帰ろうかな……」

 ぽつりとこぼした独り言も、受け止めてくれる相手はいない。そもそもディスプレイに向けて発したような言葉。返事も期待していない。

 一通り入力し終えた生徒は、ぐっと背もたれに背中を預けて伸びをする。


 と、ふと気がついた。


 電源が入っていない静かな筐体。真っ暗なディスプレイ。

 その画面に。何かがあった。

 切れ込みのように斜めに見開いた白い紡錘形。中央の濃い茶色。


 目。


 真っ暗なディスプレイに目がひとつあって。

 じっ、とこちらを見ていた。


「……」

 見間違いに違いない。そう思って瞬きをしてみてもディスプレイの目は消えない。

 姿勢が悪いのか。座り直してそっちを見る。

 目がある。

 それどころか、ぱちり、と。瞬きをした。

「――っ!」

 声を上げることだけは堪えたけれど。そのまま鞄を抱え、転がるように部屋を飛び出した。

 つけっぱなしで残されたはずのディスプレイは、次の日きっちりとシャットダウンされていた。


 それ以来。

 その生徒は、ひとりでパソコン室に残ることを嫌がったという。


 ただこちらを見ているだけの目なので、何か悪いことが起きる訳ではないのだけれど。

 ディスプレイに開く目の目撃はその日以来ぽつりぽつりと増えていき。

 生徒達の間でも時折話題に上るようになっていた。



 □ ■ □


 

「ふうーん……?」

 シャロンはスマホの画面を親指で弄りながら首を傾げた。

「どうしかたの? シャロンちゃん」

「なにかあった? シャロンちゃん」

 向かいでカガミが首を傾げている。今日の昼食は二人でお弁当にしたらしい。唐揚げとハンバーグを半分ずつ交換して、二人でもぐもぐと食べている。

「んー。新しい噂話っていうか、怪奇現象の目撃情報があってね」

 それを見てたんだ、と画面をスライドしながら答える。

 二人はふうんと頷いたあと、小梅を口に放り込む。美味しそうにぽりぽりと噛んでいる姿を見て、シャロンはそのすっぱさをうっかり思い出した。

「うう。梅干しって見てるだけですっぱい……」

 思わず指を止めたシャロンに、二人は「でもおいしいよ」と答える。

「わかる。うん。わかるんだよ。ほらあれ。甘いやつ……はちみつ梅? とかならいけるし」

「うん、はちみつ梅おいしい」

「うん、はちみつ梅食べたい」

「じゃあ、あとで売店に行ったら?」

 あるかもよー、とアドバイスすると二人は「そうするー!」と元気に頷いた。

 そうして昼食に戻った二人から視線を外し、スマホの画面に戻す。

「さて……」

 これはどうするかなあ、とシャロンは親指で画面をいじる。


 そこにあったのはいくつかの書き込みを単語でフィルタリングしたものだった。

 キーワードは「パソコン」または「目」の2つ。

 それだけでいくつかの書き込みがヒットしていた。


 曰く。

 雷が落ちて壊れてしまったはずなのに、いつの間にか動いているパソコンがある。

 パソコン室にひとりで居るとディスプレイが勝手に点く。

 誰も居ないはずなのに、パソコン室のどこからかキーボードを叩く音がする。

 放課後、電源の入っていないディスプレイに目が映る。


 このうち三つは心当たりがある。

 勝手に点くディスプレイは、自分の遠隔操作によるものだし。

 誰も居ないはずの打鍵音も、実は居たのをうっかり聞かれてしまったからだし。

 雷が落ちたことはあったけど、それで壊れたパソコンなんてのはそもそも存在しない。

 ……コンセントが抜けてたんじゃない? というのがシャロンの見解だ。


 でも、最後の一つに関しては心当たりがちっともなかった。

 ディスプレイ。そこに映る目。

 うーん? と考えてみるけれど何のことだかさっぱりだった。

「これは1回見てみるべき、だよねー……」

 しばらく放課後に張り込んでみよう。そうすれば出会えるに違いない。



 □ ■ □



「って考えはちょーっと甘かったか-」

 シャロンはパソコン室の片隅で頬杖をつきながら小さく溜息をついた。


 放課後とは部活の時間だ。

 この学校にはパソコン部が存在する。ご時世がご時世なだけに、部員はそこそこ居る。なので、放課後はそれなりに賑やかだ。

 ネットサーフィンをする人。音楽を聴いてる人。動画を見てる人。宿題を片付けてる人。それから雑談をしている人。

 正直パソコン関係ないよね? という活動の人も居るけれど、まあ部活動としてなにか大会を目指したりするわけでもない、実にのんびりとしたものだから仕方ない。

 そこから部員がひとり減り、二人減り、最後の戸締まりを引き受けてひとりになる……前に帰宅を促すチャイムが鳴る。

 そうなると、一緒にパソコン室に鍵を掛けて帰るしかない。


 お疲れ様。

 はい、お疲れ様ですまた明日ー。


 なんてやってると、そのままパソコン室に戻る事もしない。

 部活以外の時間、というのも考えたけど、それはちょっとリスクが高い。

 そうして粘ること更に数日。日誌の記入を引き受けたりして、できるだけひとりになる時間を増やすようにしてみた。

 夕暮れ時の教室というのはなんとも不思議な感じがする。

 かたかたと響く打鍵音。カーテンの隙間から射す斜陽。

 

 ひとり帰り。

 二人帰り。

 鍵を預かって。

 日誌の入力を終えて。 


 それを終えてふと顔を上げたとき。

 シャロンの視界に、それはあった。


 目だ。


 23インチのディスプレイにひとつ。斜めに切り開いた紡錘形。

 悪意は感じない。ノイズもない。ただ、写真を切って貼り付けたかのようなリアルな目がそこにあった。

「ねえ。君はなんなのかな?」

 声を掛けてみる。反応はない。

 ただこちらを観察するかのように、じっと見ている。

「ねー。ねえってばー」

 口に手を当てて呼んでみる。瞬きをしたけれど、反応と言うよりもただの生理現象、そんな感じがした。

 しばらく見ていたが、その目は何をするわけでもないらしい。じっとこちらを見て、瞬きをして。5分もしたら目を閉じたと同時にディスプレイに溶けるように消えていった。

「えっ」

 シャロンが思わず声を上げるくらいいきなりだった。


 さっきまで目があったディスプレイに近寄ってみる。

 電源は入っていない。本体も静かだ。

 それもそのはず。そこはさっき日誌を預けていった部員が、しっかりシャットダウンして帰っていた席だった。

「うぅーん? ホント、なんなんだろうなー……」

 首を傾げると、髪がさらりと落ちてきた。

 そのまましばらく考えてみたが、現物が居なくなってしまった今どうしようもない。

 一日に何度現れるかは分からないけど、複数回の目撃証言はないのが現状。

 今日はもう帰ろう。そうして対策を考えよう。そろそろご飯の時間だし。

「そうしよう」

 頷くと同時に、帰宅を促すチャイムが鳴り響いた。

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