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1月:石灯籠の隣で君を待つ 3

「おいハナブサ」

「え。う、うん……」

 ハナブサも苦笑いでカナミネを見る。その表情には「どうしようかな」と書いてあった。

「前言撤回だ。こんな物騒な発言をする奴を、置いて大丈夫か?」

「え。あ。大丈夫です! 私、その人以外に何もするつもりないですし。それ以外は大人しくしています!」

 椅子から勢いよく立ち上がって力説する彼女に、ウツロは「だがな」と苦い顔をした。

「もしその待ってる相手が現れたら?」

「まず全力でぶん殴って、それから文句を言って、それから、できるだけ全力で殺ります」

 だってあっちが悪いんですよ。とカナミネは頬を膨らませた。

「私だって好きでこうなったんじゃないんですよ。なのに急に現れて「お前は危険だ」って……って。ああ」

 ごめんなさい、と彼女は目元を袖で拭う。ぐす、と小さく鼻をすする音もして。

 あ。泣いている。とサクラは気がつき――そして思い出した。

 自分が何を言って彼女を泣かせたのか、ようやくわかった。

 突然やって来て「危ないから」というのが良くなかったんだ。彼女にとって辛い何かがあるんだ。

「あの、カナミネさん」

「うん?」

 涙を拭いながら、カナミネはサクラの声に答える。

「その。さっき俺、君があまりいい思いをしないこと言ったんだね」

 ごめんね、と謝ると、彼女はううんと首を横に振った。

「いや。あなたは悪くない。悪いのは――全部あっちだし。これはきっと、あいつに謝ってもらうまで、治らない癖みたいなものなんで」

「癖……」

 それほどまでに彼女は傷ついているということなのかな、とサクラがその内心を計っていると、ウツロが話を先に進めた。

「ところで、カナミネ」

「はい」

 小さく鼻をすすりながらも、泣き止んだらしい。ウツロの言葉に素直に頷く。

「とりあえずさっきの言葉は置いといて、だ。色々気にかかることがある。聞いてもいいか?」

「はい。答えられるなら」

 すん、と鼻をすすりながら彼女は素直に頷く。危ないことを言うけれど、それ以外は素直な子らしかった。

「まず、お前さんは何者だ?」

 低くも鋭い声にサクラが視線を向けると、ウツロはいつものような表情で、けれども何一つ逃がしてくれなさそうな目でカナミネを見ていた。その色は「人間じゃないだろう」と物語っている。

 そもそも、こっち側の理科室でのんびりとお茶を囲める時点でそうじゃないというのは分かっていたのだけれど、ウツロはそこを改めて尋ねた。

「ああ……そこからですよね。うん。そうですね」

 うんうんと頷いたカナミネは少しだけためらった後、帽子に指を伸ばす。

 ずっと取らなかった帽子を外すと、うねった髪がぱさりと広がった。


 黒くて艶やかで、太陽の下で見たらもっと綺麗に見えるに違いないその髪。前髪から覗くのは、うっすら輝く青い瞳。

 だが、それ以上に目を引くのは。

「……鬼、か」

 額の上。髪を分けるように伸びている二本の突起。――小さな角だった。


「いやあ、これ、人前で見せるのあんまり好きじゃないんですけど。私の正体を手っ取り早く知ってもらえますよね」

「なるほど。……さっきはああ言ったが、ここにいた方がいい案件では、あるよな」

 表じゃやり辛いだろうが、万が一ということもある。とため息がこぼれた。だが、とすぐに視線を厳しくして帽子をかぶり直しているカナミネに向ける。

「鬼か……そりゃ厄介だな。明日で構わんから、どれだけの力があるか見せてもらうか」

「あ。それは。えっと。今の私の力、多分普通の人と同じくらいしかないですよ?」

「?」

 そうなのか、というウツロの言葉に、カナミネはこっくりと頷いた。

 両手をぱっと開いて見せながら、彼女は困った顔をする。

「私はこうして目を覚ましたんですけど、私の力はあの灯篭に封印されたままみたいで。この器とか割れません。実に非力」

「いや、割らないでね……?」

 ハナブサのやんわりとした声に「はい、もちろんですよ」とにこりと返す。

「と、いうわけでご期待に添えず」

「そうか」

 ウツロはふむ。と口元に手を当てて頷く。

「ん。待て。さっき力は灯篭に封印されてると言ったな」

「言いました」

「あの灯篭はお前さんに関係あるのか」

「ありますね」

 なんてことないように答えが返ってきた。

「あの灯篭には私の力が封じられてて。あ。私もずっと封じられてて。目が覚めてからずっとあそこにいたんですけど。あー……その」

 外での出来事を思い出したのだろう。「あの灯篭の石、迷惑ですよね」と彼女は少しだけ沈んだ表情になった。

「ああ……あの石」

 すっかり忘れてた。とサクラはそもそもの目的を思い出す。

「あの石って、君が投げてるの?」

 その質問に、彼女の顔がぱっと上がる。続けてそれは誤解だと言わんばかりに手がぱたぱたと振られた。

「投げてないですよ。勝手にこぼれて転がっていっちゃうんです」

「勝手に?」

 どういうことだろう、という質問を彼女はすぐに拾い上げて答えてくれる。

「そう。私も拾える限りは拾って草むらに投げてるんだけど、結構間に合わなくて転がって行っちゃうんですよ」

「そうだったんだ。あれ、転がって行ってるんだね……」

「ええ。多分、私が目を覚ましちゃったから。だと思うんだけど。少しずつ増えてって、今ではすっかり溢れちゃって……」

 ご迷惑おかけしてまして、とカナミネは照れたように笑った。

「毎日片付けてるから溢れる時間は大体一緒だし、できるだけ転がっていかないようにもします。生徒にも、できるだけ危なくないようにするから……その」

 がた、と小さな音を立ててカナミネは立ち上がった。

 両手を前に揃えて、ぺこりと。帽子がずり落ちない程度に、けれども深々と頭を下げた。

「あいつをこ……殴るまででいいので。ここに居させてください」

 沈黙はなかった。すぐにハナブサがくすくすと笑う。

「……物騒な言葉が聞こえかけたけど。人に危害は与えないよう気をつけてくれる?」

「はい」

 真っ直ぐな返事を受け止めて、ハナブサはにこりと笑った。

「――私はいいと思うよ。二人は?」

「……まあ、危ない事をせんなら」

「そうだね」

 頷いた二人の返事に彼女はぱっと顔を上げ、勢いで跳ねた学生帽をぎゅっと押さえて被り直した。

「ありがとうございます。その。よろしくお願いします!」



 □ ■ □



 そうして私は、今日も零れそうな石を灯籠の火袋から拾い出して草むらに転がし、掃除をする。


 この学校の仕組みを教えてもらって、私も随分と馴染んだと思う。

 私が毎日掃除をしてるからか、学校の中で灯籠の石について気付いている人はごく僅かなようだった。

 でも、どこで話を聞きつけてくるのか、時々覗きに来る生徒も居る。そう言う時間は大体数個の石が転がってるだけだから、あんまり面白くはないらしい。

 石が入っていた、という事実だけを確認し、期待外れだな、って顔をして帰っていく。

 勝手に期待してがっかりするなんて失礼な。と思うけど。まあ、人間そういうものだ。私だってきっとそうだ。

 時々それを理科室でブツブツ言うと、ハナブサさんがにこにこと相槌を打ってくれる。「でも気を抜いてはいけないよ」と言うから、掃除は欠かさないし怒ってどうかすることもない。

 今日もせっせと小さな箒で掃除する。


 たまに、灯籠の横に石を積んでみたりする。けれども不思議なもので、草むらに転がしたものも積んだものも、次の日には綺麗さっぱり消えてしまう。ちょっとだけ気になってひとつ部屋に持って帰ったこともあったけど、やっぱりいつの間にか消えていた。

 私が目を覚まして、石が溢れ始めた。それはきっと、この石が封印する力弱まっているのだろう、とは思う。この石が私の力の一部なのかは分からない。試しに一度小さな欠片を口に入れてみたけれど、どう頑張ってもただの石だった。二度としない。

「はあ……」 

 今日の分の石を片付けてしまって、私は空を見上げる。

 1月の空は相変わらず冷たくて冷え冷えとしている。

 あんまり冷たい空気は好きじゃない。

 あの声とか。目とか。色んな物を思い出してたら気持ちが沈む。胸が痛い。

 何でまだ来ないんだろう、なんて思う事もあるけど。そんな気の迷いみたいな考えはすぐに追い出すことにしている。


 きっと、彼は私を見つける。

「僕は絶対、鬼を逃がさない」

 そう言ってたから。いつか絶対、ここに来る。

「君は全く、危ないんだから。ここで待ってて。眠ってて。目を覚ましたら――」

 その後何と言ってたのかはちょっと覚えてないけど。ロクな言葉じゃなかったはずだ。


 だから私は待つのだ。

 力が無くても。待つ事しかできなくても。


「そしていつか――絶対文句言ってやるんだから」

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