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1月:石灯籠の隣で君を待つ 2

 彼女の瞳からは、ぼろぼろと涙がこぼれていた。

 彼女も頬を転がる雫に気付いたらしい。慌てて腕で顔を覆い、一歩後退る。

「あ。待って。いや。これは違くて……」

 サクラはというと。どうしたら良いか分からなくてうろたえるばかりだ。

「え。えっと……あの。俺、何か気に触ること言ったかな……」

 言ったから泣いているのだろう、というのは分かるけれど。自分のどの言葉がそれに当たるのかが全然分からない。

「ごめん。ええと……」

 どうしたら良いんだろう。

 女子の扱いはてんで分からないけど、まずは泣き止んでもらうのが先決だ。と、サクラはハンカチを取り出して、彼女の涙に手を伸ばす。手から零れていく涙はどんどん染み込んでいくが、泣き止む様子はない。いや、彼女も泣き止もうとはしているのかもしれないが、その声はどんどん堪えきれなくなっているような気がする。

「う……うぅ……」

 うー、と唸るように涙を零す彼女を前に、サクラにできるのはハンカチを差し出すくらいだ。

 このまま泣き止んでくれなかったらどうしよう、という不安がよぎったその時。

「どうしたサクラ」

「ウツロさん……!」

 助け舟の声がした、とサクラは振り返り――その視線に思わず喉を詰まらせた。

 立っていたのはウツロだった。それは予想通りだった。が、問題はその目だ。

 彼の目は「お前さん一体何をしたんだ」と、どこか呆れたような色をしていた。

「お前さんが人を泣かせるとは珍しい。何か手荒なことでもしたか?」

「そんなことしてないよ! あ。いや、俺のせい、だとは思うんだけど」

「ほう?」

「俺。何かまずいこと言ったらしくって……」

 でもそれが分からなくて、と肩を落とす。ウツロはそんな様子のサクラを見てすたすたと近寄ってきた。隣に並んで手を伸ばし、彼女の頬に手を当てる。

 ぐっと顔を上に向かせ、空いた手でサクラの手にしていたハンカチを取って顔を拭ってやる。

「あーあー。顔ぐしゃぐしゃにして。ほら。泣いてばかりじゃ何も分かんないだろ」

 ウツロは感心するほどの手際の良さで彼女に落ち着けと言い聞かせ、ハンカチを握らせ、涙の勢いを止めていく。

 数分もしないうちに彼女は涙を目の端に残しているものの、大方泣き止んだようだった。

「うぅ……ごめん、なさい」

 取り乱しちゃって、と彼女は肩を落とす。うつむくと帽子で目元が隠れる。

「それで。 サクラ」

「う、うん」

「お前さん、何言ったんだ」

「それなんだけど……」

 サクラは彼女とのやり取りをかいつまんで話す。ウツロは一通り聞いて「なるほどな?」と首を傾げた。

「そりゃあわかんねえな……」

 ウツロの感想は一言だった。

 しばらく顎を撫でながら考え、小さく溜息をつく。

「話は聞きたいが、ここじゃ寒いし場所を移すか。……お前さん、名前は?」

 ウツロの声に、帽子から目が覗く。

「名前……」

 何かを思い出すように視線が動いて、半分ほどに伏せられる。

 そうして彼女は、小さな声でぽつりと答えた。

「カナミネ」

「ん。それじゃあカナミネ。ちょっと付いてきてくれ」



 □ ■ □



「あの。ごめんなさい。取り乱しちゃって」

 理科室に案内して、開口一番彼女はそう言ってサクラに頭を下げた。

「あ、いや。うん。俺こそごめんね」

 ところで何が原因だったんだろう、いう表情を察したのだろう。カナミネは「その」と歯切れ悪い呟きと共に、部屋に居るメンバーを見渡した。

 ここに居るのはハナブサとサクラ、それからウツロの三人だけだ。

 全員を一瞥した彼女は、きゅっと口を引き結ぶ。

「私、人を待ってて」

「人?」

 三人の首が傾く。あんな所で待つ人とは。と視線がちらりと交わされる。

「その待ち人は来そうなのか?」

 ウツロがお茶をすすりながら問うと、彼女は「ちょっと分からなくて」と照れたように笑った。

「私、気付いたらあそこに居たんだけど。なんかみんな知らない服着てるし、よく分からないしで……」

 彼女が言うには、元々別の所に居たのだという。とある事情で眠っていて、目が覚めたらあそこに居た。誰も自分に気付いていないのは分かったけれど、服装などがあまりに周りと違うのでそこだけは整えてみたらしい。

 おかしな所は無いと思うんだけど、と服装を気にする彼女は、どこにでも居る女の子に見えたし、実際さっきの感情の動きもきっと女の子ならではのものなんだろうな、とサクラは彼女の姿を眺める。

 制服におかしな所はない。きっちりと結ばれたスカーフも、慣れないと言っていた割に結べていると思う。

 不思議なところと言えば、部屋に入っても脱ぐ気配のない学生帽が、男子生徒のものだというくらいだろうか?

 一通り服を気にした彼女は「それで」と少しだけ申し訳なさそうに言葉を続けた。

「その。あなた達は、私があそこに居るのに困ってるん、ですよね……?」

「え。いや」

 そういう訳じゃないよ、と言うより先に、彼女は軽く身を乗り出して声を上げた。

「私、他の人には何もしないので……あそこに居ちゃ、だめですか? その。約束してて。迎えに来るって、言ってた人が居て。その人を待ってて……っ」

「ああ、そこについては私も言おうと思ってた所だ」

 カナミネの言葉を優しく制したのはハナブサだった。

 穏やかに笑いながら、落ち着くようにとお茶を勧める。彼女がそろそろと口をつけたところで、ハナブサはようやく続きを口にした。

「ずっと外に居るのは辛いだろうし、学校内で待つのもいいんじゃないかな、って私は思ってるんだ」

 ハナブサがにこりと笑って話を進めると、カナミネはきょとんとした顔で言葉の主へと視線を向けた。

「もちろん。私は君の意志を尊重するつもりだから、君がどうしたいかによるんだけど」

 カナミネは

「――う。うんっ。いいの? 居て。ここで。あそこで。待ってていい、かな……!」

「そこまで嬉しそうに言われたら、私はいいかなと思うんだけど――ウツロとサクラはどうだろう?」

 ハナブサの言葉に、二人も頷く。

「俺も、良いと思うよ」

「まあ、面倒が起きなければな」

「わあ……ありがとうございます!」

 彼女は機嫌よさげに頭をぴょこりと下げる。それからまるで贈り物をもらったような、とろけるような笑顔で頬に手を当てた。

「えへへ。これで、私。あの人を今度こそ……殺せると良いなあ」


 間。


「……待て」

 ウツロが一段低い声で、嬉しそうな彼女の言葉を止めた。

「聞き間違いじゃないと良いんだが。今の、もう一度聞いても良いか?」

「? 今度こそ殺せると良いなあ?」

 カナミネは首を傾げつつもそのセリフを素直に繰り返し。

 ウツロが頭痛そうな顔で頷いた。

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