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11月:貸出カード消失の謎 後編

「捕らえたか」

「うん、捕まえたはしたとだけど」

 ウチの歯切れの悪い返事に、レイシーの髪が小さく揺れた。

 両手で挟むように持ってきた本に、不思議そうな視線を向ける。

「これがね。きゅうきゅう鳴くばっかで、ウチの言葉が分かっとるかが分からんとよ」

「……ほう?」

 レイシーがじっと本を見る。レイシーの側からは挟まっとるのの頭が見えるはずだ。そっちからは何が見ゆっとだろう? 持ってくる時にひっくり返してみればよかったかな、とちょっとだけ後悔する。

「レイシー、この子さ。話できると思う?」

「さてな」

 レイシーはぷいと顔を背けた。

「ルイの仕事だ。我は知らぬ」

「ええー」

「図書委員の権限を持つ者故の責務と思え」

「それはそうだけど……」

 むう、と少しだけ頬を膨らませてみたけど、それで話を聞いてくれるレイシーじゃなかとは十分知っとる。そもそも、それで話を聞いてくれるとなら、最初から相談に乗ってくれてる。

 ウチは諦めて本と向き合った。

「ね。この本開いても、逃げんでくれるかな? 別にいじめたりせんけんさ」

「……」

 返事がない。やっぱり本でいきなり挟んでしまったのは良くなかったとだろうか。と少し心配になったところで、小さく「きゅっ」と聞こえた。

 それは「本当に?」と聞いているような音だ。

 言っとる言葉は分からんけど、言おうとしとることはなんとなく分かるような気がして頷く。

「うん。話ば聞かせてくれるとなら、なんもせんよ」

 少しだけ間を置いて、ことり、と背表紙が動いた。

「逃げん?」

 本を覗き込んで聞いてみる。ぴっと尻尾が跳ねて、ちょっと元気な声がした。 

 うん、きっと大丈夫。と本をそっと開くと。

 そこには魚のような、鳥のような。なんと言ったらいいか分からん生き物がいた。


 銀色の板を何枚か継ぎ重ねたような背中。ぱたぱたと動く羽。クチバシはなくて頭はどちらかと言うとつるりとしている。

 魚に鳥の翼と尻尾をつけたような。魚色をした金属の鳥、のような。

 ああ。これはあれだ。


「紙魚」

 銀色の羽が生えた紙魚だ。

「紙魚……紙魚かあ」

 思わず溜息が零れそうだった。

「紙魚はちょっと……生かしておけんとよねえ……」

「きゅうう!?」

 嘘つき! と聞こえた気がしたけれど、紙魚と気付いてしまったらどうにかせんといかんのが図書委員。だって、本を食べてしまう虫だけんね。どっちかというとウチの天敵ともいえる。

「だって紙魚は本ば食べるとよ。そんなの、図書室におるってだけで十分ウチは許せんとて」

 ぴこん、と紙魚の尻尾が跳ねて、そのまましおしおと沈んだ。

 自分の行く末を悟ったとだろうか。本の上にくたりと横たわっている。

 ウチは翼の根元をそっとつまんで本から離す。許せんとは言ったけど、まあ、すぐにどうにかするつもりもない。本から少し離れた所に降ろしてやると、紙魚はきょとんとした様子で顔を上げた。

「本当の紙魚ならね。すぐに駆除するとだけど……羽根が生えとるのとか見たことなかし、それに……」

 と、さっきの本からカードを抜き出す。

 しゅんとした瞳が、ウチの手の動きを追ってカードに止まる。

「君の目的はこのカード、でしょう?」

 ひらっと振ってみせると、紙魚は尻尾を上げて一声鳴いた。

「本には興味なかと?」

 紙魚は頷いた、とだと思う。頭と羽根がぱたぱたと揺れて、きゅい、と小さく鳴いた。

 その視線はウチが持っているカードの方に釘付けだ。本には視線ひとつ向けない。

「……カードの方が良かとかねえ」

 ひらひらと左右に振ると、紙魚はそれを素直に追いかける。まるで動く得物を視線で追う猫みたいだ。

「ねえ、レイシー。本に興味のない紙魚とか居ると?」

「知らぬ」

 レイシーに聞いてみたけれど、答えは実に素っ気なかった。そうだよね。と頷く。

 それで、とウチは視線を紙魚の方に戻す。

 カードを右で揺らし、左に動かし、と紙魚をくるくる動かしながら考える。こうやってみてるとなんだか可愛く見えてくるから不思議だ。

「本に興味がなくて……カードだけで良かとなら……んー。ちょっとレイシー。この子ば見てて」

「な?」

 カードは持ったまま、レイシーの言葉も無視してカウンタの奥へと移動する。


 棚の奥。積んである箱を取り出して、埃をふうと吹くと、ぶわっとくすんだ煙が上がった。

「……けほっ。ここ、掃除し損ねとったっけ」

 ぱたぱたと煙を払って箱を開けると、そこには予想通り、何枚もの古びたカードが詰まっていた。

 試しに一枚引っ張りだしてみる。

 僅かに変色したそれはには、名前がぎっしりと書き込まれていた。たくさんの人が借りていって、これ以上記入ができなくなってしまったものだ。知っとる名前も、知らん名前も、たくさん。それぞれの字で書いてある。

 記録のためには捨てん方が良かとだけど、これはもう、捨てるしかないもの。これがあと何箱もあるのだ。

 何枚か中身を確認して、箱を閉じる。

「コピーとってバインダーに挟んでいけば、少しは整理になるよね……」


 箱を持って戻ってくると、レイシーと紙魚は本を挟んで動いとらんようだった。

「お待たせ。様子見ててくれてありがとう、レイシー」

「貴様、これの代償は高いと思え」

「そうだね。今度新しいリボン買おう」

「そうではない。貴様のその名前を――」

「はいはい、それはハナブサさんに良かよって言われたらね」

 ぐっ、と言葉に詰まったレイシーの前に、さっき持ってきた箱をどんと置く。

「ねえ、紙魚ちゃん」

「きゅ?」

 箱を開けてカードを一枚取り出す。それをひらっと目の前に差し出すと、紙魚はぱかっと口を開けた。

「これ、食べたい?」

 返事は待つまでもなかった。きゅうきゅうと鳴いて今にもカードに食いつきそうだ。

「はいはい、分かった。分かったから」

 ぴょいぴょいと跳ねるその身体を手で少し押さえ付けて、カードを箱に仕舞う。

「これはウチだけの判断じゃちょっと難しかけん、みんなに相談してみてからね」

 


 □ ■ □



 数日後。

 本を返しにきたシャロンちゃんが、カウンタに新しく増えたものを見て視線を止めた。

「あ。この子がこの間捕まえた子?」

 そこにあったのは少し大きめの鳥籠。その中で紙魚はもそもそとカードを齧っていた。

「うん。あれからカードも齧られんごとなったし、良かったよ。ありがとう」

 お礼を言うとシャロンちゃんは「お役に立ったならよかったよー」と笑って鳥かごを覗き込んだ。

「それにしても、不思議な生き物だよねえ。紙魚、だっけ?」

「うん。羽が生えとるとは初めて見たけど、多分そうかなあ」

「へえ……古いカードばっかり食べるってのも不思議だねー」

「だよねえ」

 シャロンちゃんの言葉にウチも頷く。

「記録を溜め込むのが好きなのかもねー」

「ヒトノ先生みたかね」

 ぽつりと思ったことを零したら、シャロンちゃんはあはは笑った。

「それ、ヒトノに今度話してあげなよ」

「ええ……絶対先生、「虫と一緒にするな」って言うと思うとよ」

「記録の虫って点じゃあ変わらないのにねー」

「ふふっ……ほんとにね」

 カードを齧る紙魚を見ながら、シャロンちゃんとクスクス笑う。


 これ以降、カードがなくなることはなくなった。

 こうして。読書週間の些細な事件は無事幕を閉じたのだった。

「――めでたし、めでたし」

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