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10月:嘘とお菓子といたずら猫 前編

 ハロウィンとは。騒がしい日だ。

 秋の収穫を祝い。悪霊を追い払う祭。

 お菓子を持たないと一日無事に過ごせない。


 ハロウィンとは。静かな日だ。

 冬が始まり。死者が帰る。

 過去の幻影と向き合い、校内の闇が騒ぎだす。


 □ ■ □


「やっほう、トリック・オア・トリーック、ヤミ君!」

 かけられた声に振り向いたヤミは、それはそれは嫌そうな顔を隠しもせずポケットに手を突っ込んで。ぴたり。と、止めた。

「いや。待て」

「うん?」

 首を傾げた拍子に、淡い紫の髪から白いピアスが覗いた。

 さっきの言葉を繰り返す。

 繰り返した。

「どっちもトリックじゃねえか。お断りだ」

「あ、バレた」

 悪びれもせずに灰色の目を細めて笑うのは、ワタヌキだ。

「それに……何ていうか。テンション、高くないか?」

「ふふ。そっか。ヤミ君は知らなかったね」

「?」

 今度は自分が首を傾げる番だった。

「僕が四月一日だけだと思ったら大間違いってコト」

「は?」


 何が。と問うまでもない。

 嫌な予感しかしなかった。

 絶対、ロクな話じゃない。


「今年は、ハロウィンも僕の力は有効だって宣言しといたからね!」


 彼が何を言ったか、理解したくなかった。

 言ってることは至極簡単。

 四月一日だけ万能で、その日はどんな嘘でも真実に変えられる。

 そしてそれは、今日も有効だ。と。彼は言った。

 大方、当日に「今年はハロウィンもエイプリルフールの仲間入りするって」とかなんとか、誰かに宣言しておいたのだろうか。


 ワタヌキの能力の影響範囲は、その嘘を信じさせたい人数と信じた人数によって決まる。

 相手がひとりでいいなら、信じさせる相手はひとり以上だし、広範囲にしたいならそれなりの人数が必要、なのだが。

 誰が信じるんだそんな嘘。いや、それなりに信じたり同意したりしたのが居たからそうなっているのだろうが。

 頭が痛くなってきた。


「油断してた……」

「油断大敵だねえ。そういう所に僕らはつけ込むよ?」

「やめろよ。ったく、去年はアレだったから完全に忘れてた……」

 帽子を押さえて、深々と溜息をつく。

 去年のハロウィンはお菓子とかイタズラとか、それどころじゃなかったのだ。思い出すだけで疲れる。あんな騒動はそう起きる物じゃない。だからこそ、起きた時は大騒ぎだ。

 そうでなくてもハナやカガミのイタズラを回避しなければならない日。どちらにせよ、大変な一日であることには変わりない。誰だこんな行事学校に持ち込んだ奴。救いと言えば、できたてのお菓子が手に入ることくらいか。それで毎年なんとか乗り切っている気がする。

 手作りお菓子で買収できそうだ、とハナは言うがそうじゃない。そこは相手による。つまり、相手次第では手作りでも容赦しないし、既製品でも結構。甘味は別に嫌いではない。甘すぎるのは確かに苦手だが、控えめならむしろ歓迎。

 置いといて。

 そんな、特に何も起きないのにやたら疲れる日。なのに。今年はワタヌキまで全力参戦とか。マジでふざけんな。


「うん、去年は大変そうだったからね。僕だってそれくらい分かるよ」

 だから。と彼はにこぉ、っと笑う。

「今年はたくさん、楽しませてもらうよ。さぁて何しよっかな。――と、言うわけで。手始めにトリック・オア・トリック?」

「お 断 り だ」

 深々と溜息をついて、飴玉を投げつける。

 ぱしん、とそれを顔色一つ変えずに受け取ったワタヌキは、流れるような動作で包み紙を剥がして口に放り込む。ころころと口の中で転がしながら、ちょっとだけつまらなさそうに言う。

「ホント、ヤミ君ったら素直じゃないね」

「いや。素直とか素直じゃないとか、そう言う問題じゃね――っ!?」

 

 殺気。

 

 反射的に身体は動いた。

 振り向きざまに虚空から鎌を引きずり出す。視界の隅で光を弾いた何かを確認。左手で帽子を押さえる。一歩下がる。鎌を斜めに振り上げる。

 その軌跡はまるで、鞘から抜いた刀のように綺麗な弧を描き――。

 

 がっ、――きっ。きぃん!

 

 小さな火花と澄んだ金属音が廊下に散った。

「……ったく、突然なんだよ!」

 ヤミの鎌に弾かれて後ろに跳ねた影は、すとん、と軽い音を立てて着地する。

「あ。ナオ君」

「やあ」

 ワタヌキがひらひらと手を振ると、名前を呼ばれた影も刀を鞘に仕舞って手を振る。

 黒髪に混じる金髪。袖や裾が折り曲げられたぶかぶかの制服。腰に佩いた二振りの刀。

「やっぱ不意打ちは難しいや。オレは正面きっていく方が好きだなー、っというわけでヤミ。お菓子ちょうだい」

 ずい、とナオタケが手を差し出す。

「……お前らホントふざけんな」

 下手したら斬り捨ててたぞ、と隠せない苛立ちを飴玉に込めて投げつける。ナオタケは飴玉の勢いを鞘に当てて殺し、跳ねた所をキャッチした。

「それでもちゃんとこうしてアメくれるんだね。というかちゃんと用意してるよね」

「これ以上いたずらされてたまるか、っていう意思表示だと思え」

「あははは」

「笑い事じゃねえ」

 溜息をつくと、肩にぽん、と手が乗せられた。ワタヌキの言い聞かせるような声がする。

「ヤミ君。あんまり気にすると、いつか胃に穴空くよ?」

「誰のせいだと……」

「まあまあ、みんな君が好きだってことじゃないですかねえ? ――やみ君」

「あ?」

 突然。聞き慣れない声がした。

 その声の出所は、と左右を見る。何も居ない。秋の空が窓の外に広がるばかりだ。

 後ろ。ワタヌキがニコニコと笑って立っている。

 前。ナオタケが飴玉で頬を小さく膨らましてこっちを見ている。

 あとは……。

 まさかな、と上を見上げると。


 そこには天井で寝転がる少年が居た。

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