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5月:柏餅と菖蒲の日

 新緑が美しい、爽やかな日のこと。

「あ。今日はこどもの日か」

 理科室に入ってきたハナは、先客を見て声を上げた。

「うん。今日だよ」

 テーブルに両肘をついて答えるのは、ひとりの少年。


 見た目はサカキよりも少々幼い。中等部の新入生、と言われてもなっとくされるだろう。短い黒髪には所々混じる金髪が目立つ。

 シャツとズボンはそでや裾を巻き上げて長さを調節している。大人用の服を無理やり合わせて着ている。そんな着こなしだ。

 そんな彼はほわっとした笑顔で「柏餅まだかなー」と足をぶらぶらさせている。椅子の隣には、緑と白で彩られた刀が二振り立てかけてあった。

 誰よりも早く理科室に居た少年の名前はナオタケ。

 五月五日。菖蒲の節句。こどもの日に柏餅を食べるのが、彼にとって大切な行事だ。


「あ」

 続けて入ってきたヤミも彼を見つけ……そのまま部屋を出て行こうとしたところでハナに首根っこを掴まれた。

「何逃げようとしてるんだい?」

「用事思い出した」

「ヤミちゃん、嘘はよくないぞ。というか毎年恒例の行事じゃないか。彼の能力にあやかっておいでよ」

 ハナの言葉にヤミはじとりとした視線を返して溜息をついた。

「俺に得るものねえもん」

「もしかしたら今年こそは背が伸びたりするかもしれないぞ?」

「これまでに一度でもそんな気配があったら考えたかもな。あった試しねえだろうが」

「なるほど、ヤミちゃんはもう背が伸びない、と」

 ぐ。と言葉を詰まらせたヤミの帽子に「あはは、伸びないだろうね-」というナオタケの軽い声が飛んできた。

「伸びないのは分かってるし。ってかお前もさらっと肯定するなよ!」

「ほう。少しは希望を持ってた、と」

「うるせえよ!?」

「まあまあ、今日のおやつはハナブサさんがもう少ししたら持ってきてくれるよ。せっかくのお茶の時間だ。いただいていこうじゃないか」

 ヤミは観念したようにため息をつき、襟を掴んだハナの手を軽く払う。

 しばらくするとカガミやシャロン、ミサギ達もやってきては彼を見つけ、口々に今日という日を話題にする。

「そっかー。今日のおやつはかしわもちだ!」

「そうだねー。今日のおかしはかしわもち!」

 めいめいが好きな席に着きながら、いつものように話題に花を咲かせていく。

 いつもと同じ賑やかな光景を眺めて、ナオタケはニコニコとしている。

「ナオタケも効果が分かってるなら定期的に作ってもらうといいのにー」

 コーヒーを入れてきたシャロンが席に着きながらそう言うと、ナオタケはにこりと笑う。

「それでもいいんだけどね。時々なのがいいのさ」

 彼はのんびりとそう言って、楽しそうにお茶の時間を待つ。


 そうして、ハナブサとウツロが大量の柏餅を抱えてやってきた。

「おまたせ。私のが粒あんで」

「俺のがこしあん。好きな方を取ってけ」

 わあい! とカガミが両手を上げて駆け寄り、皿を受け取る。

「カガミが持ってく!」

「カガミがいただく!」

 一皿ずつテーブルに置き、それぞれの皿から二つずつ手に取る。そこからひとつずつ交換して、ぱたぱたと自席に戻っていく。両手にひとつずつの柏餅を持って「いただきます」と声を揃え、ぱくりと一口。

「うん、こしあんおいしい!」

「わあ、つぶあんおいしい!」

「ハナブサさんのお菓子はなんでもおいしいよねえ」

 白く柔らかい餅をぱくりと頬張ったミサギが頬を緩ませる。

「ハナブサさんは昔からお料理上手だったのかなあ?」

「んー。最初は図書室の本ば借りていきよったよ」

 ルイが小さくちぎった柏餅をレイシーに渡しながら懐かしそうに笑う。 

「それば読んで作りよったよね」

 ハナブサは「そうだね」と笑って柏餅を手にする。

「私も随分と……たくさんの物を作ってきたね」

「最初に比べりゃ、まあ美味くなったよな」

「はは……最初はウツロに文句言われてばかりだったね」

「俺が作ることも多かったしな」

 お茶をすすりながらウツロは溜息をつくように言う。

「私よりウツロやサクラの方が上手なんじゃないかな?」

「それはねえな」

「うん。俺もそう思うな」

 名前の挙がった二人が間髪入れずに首を横に振る。

 ハナブサは「そうかな?」と首を捻ったけれど。二人は頷きながら「そうだよ」と肯定した。


 みんなが柏餅を頬張り、話に花を咲かせる中。

 ナオタケは嬉しそうに柏餅を眺めていた。テーブルを囲むのは、ヤミ、ジャノメ、ラン、それからサクラ。

 男子ばかり集まった机の中心は、ナオタケだ。

「食べないのか?」

 ずっと柏餅を眺めていたナオタケに、ヤミは湯のみに口をつけながら問う。

「食べないならぼく、代わりに食べようか?」

 ジャノメが身を乗り出すと、小さな手――ランが彼をそっと制した。

「だめだよじゃのめ。人にはね、たいみんぐってのがあるんだよ」

「あはは、そうだね」

 食べないから安心してよ、とジャノメが席に着き直すと、隣に座っていたランがその指で皿をつついた。

「そーいうじゃのめだって、ほら。のこってるよ? たべないの?」

 その皿には二つの柏餅が手つかずで残っている。

「ん? ぼくは食べたよ。これはシグレさんの分」

「そっか。しぐれさん、いないもんね」

「うん。起こしに行ったら寝てたから」

「それ、お前が起こしに行ったからじゃ――」

 その言葉は「ヤミくん」というサクラの静かな声で止められた。

「こっちのお皿、あとでヤツヅリ君に持っていってあげてね」

「お、おう」

 サクラの声と笑顔に込められた「それ以上は黙ろう」という言葉を察したヤミが「それで」と話を戻す。

「食わねえの?」

「え、いやいや。食べる。食べるよ」

 でも。とナオタケは皿に置かれた柏餅を眺める。

「もうちょっと、眺めてから」


 そのまま数分。ナオタケは嬉しそうに皿の上に並んだ柏餅を眺めていた。

 が、満足したのか、両手でそっと柏餅に触れる。

 白くしっとりした餅を包む柏の葉は艶やかで固そうに見えたが、彼の指の力に合わせるように餅の弾力を返す。

「それじゃあ……いただきます」

 はむ、と小さく餅を食む。柔らかな餅が口から離れると、噛み切られた餅とあんが姿を現した。


 一口。

 もう一口。

 ナオタケは静かに。幸せそうな顔で柏をめくり、餅を食べていく。


 手の平に乗るほどの柏餅は、あっという間に無くなった。


「――おいしかった」

 ごちそうさま、と言うが早いか、彼は席を立つ。

「それじゃあ、行ってくるよ。ヤミは?」

「途中までならついて行ってやる」

 ヤツヅリにこれ届けないと、と皿を掲げて仕方なさそうに席を立つ。

「ぼくもせんせーにわけてこよーっと」

 ランも空になった皿を持ってまだいくつか残っている大皿の所へぱたぱたと駆けて行った。

「それじゃあぼくはシグレさんの所にいこうかな」

 ジャノメも皿を手にする。

 ナオタケはそれらを見送り――サクラに視線を向けてにっこりと笑った。

「じゃ、残ったのはサクラさんだね」

「うん。今回は俺か」

 そうして彼らは次々と席を立って理科室を出て行く。


「ふふ。今年はサクラ君かー。頑張ってきておくれよ?」

「お前ら、物壊すなよ?」

 くすくすと笑って見送るハナと、釘を刺すようなウツロの声に、サクラは苦笑いでひらりと手を振った。

 出て行く背中を見送りながら、ハナは柏の葉を剥がしながらウツロに向かって「心配かい?」と声を掛けた。

「別に心配はねえな。ナオタケのことだ、手加減は下手だが相手がサクラだからな。まあ、大丈夫だろ」

「……サクラ君、武芸の心得あったっけ?」

 こて。とハナの首が傾く。

「基礎はあるが体力が付いていかないタイプだな」

「……それは、大丈夫なのかい?」

「ま、ある程度なら相手できるさ。周囲に被害が出る前には決着がつくだろ。去年はヤミだったからな。下手に相手ができる分ナオタケも歯止めが利かなくなってあの有様だ」

「あー……」

 去年のことを思い出したらしいハナは苦笑いを浮かべた。

「去年は屋上のフェンスとか壊れてたもんな……あと、窓硝子と植木もダメになったんだっけ?」

「ああ。雨樋も一部やられたな。壁に傷が入らなかっただけマシっちゃあマシだったがな……」

「あはは、そうだったそうだった。しかし、そんなに心配ならウツロさんが行けばいいのではないかい?」

 柏餅の葉っぱを剥がしながら、ハナが首を傾げる。さらっと微かな音を立てて髪が揺れた。

「今日はこどもの日だからな。大人は休ませてもらうって決めてんだ」

「こどもの日ってそういう日だっけ?」

「そう言うことにした」

 ウツロはコーヒーカップに口をつけて、溜息をついた。

「ま、今日に限らず、騒ぎになるようなことはゴメンだがな……」


 

 □ ■ □


 

 理科室を出たナオタケとサクラは、階段を上っていく。

「俺、体力ないからあんまり相手できないけど……大丈夫かな」

「うん。サクラなら多分」

 大丈夫だと思うよ、とナオタケは階段をのぼる。


 みんなが集まる理科室は二階にある。

 ひとつ目の踊り場で、ナオタケは捲った袖を元に戻す。

 三階について、ズボンの丈を元に戻す。

 ふたつ目の踊り場。立ち止まって襟元を整えて。

 四階。屋上の扉を開ける頃には。

 サカキほどだった彼の身長はすっかり伸びて、サクラを追い越していた。


 そこに居たのは、幼い少年ではなく、背の高い青年だった。

 爽やかな風が吹く屋上で、ナオタケは関節を伸ばすように腕を回し、屈伸をして身体の様子を確かめる。

「ん。上々上々。しっかし相変わらず制服似合わないねオレ。それじゃあ」

 お相手願おうか、とサクラに向けてにっかりと笑う。

 サクラも「わかった」と頷いて眼鏡を外す。学ランを畳み、眼鏡と一緒に入り口に置く。

 振り返ると二振りの内一方が、投げて寄越される。

 サクラは受け取った刀を慣れた様子ですらりと抜き、何度か振って重さや感覚を確かめる。

「できるだけお手柔らかにね」

 サクラはそう言って、八相の構えをとる。眼鏡を外して視界が悪いのか、僅かに目が細められる。

「はは。ただのチャンバラ。菖蒲切りだ。安心してくれよ」

 ナオタケも同様に刀を抜き、こちらは中段で霞の構えをとった。

「それじゃ――始めようか」

 とん、とナオタケの足が軽く地面を蹴った。

 

 結果はというと。

 それなりに健闘はしたものの、サクラのぼろ負けで。

 制服の修復をするリラに。傷の手当をするヤツヅリと、心配そうに見守るサカキに。

 ナオタケが軽く説教されたのは、また別の話。

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