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葵と山吹 前編

 放課後。

 理科室に行こうと思っていた僕は、先を歩く背中を見つけました。

 白っぽく見える薄い桜色の髪がよく似合う、背の高いその人は。春のような先輩でした。

「サクラさんっ」

「あ。サカキくん」

 声をかけて駆け寄ると、サクラさんは足を止めて挨拶をしてくれました。

 僕も挨拶を返して、隣に立ちます。

「サクラさんも理科室ですか?」

「そう。今日は特に大きな用事もないからね――目的地が同じなら、一緒に行こうか」

「はい」

 そうして理科室に向けて二人で歩き出します。

 今日はお昼過ぎに焼き菓子の匂いがしていました。きっと、ハナブサさんが何かを焼いていたのでしょう。

 そう言う日は、放課後に理科室に行くとおいしそうなお菓子が並んでいます。ちょっと楽しみです。

「そういえば」

 どんなお菓子があるのかと考えていたボクに、サクラさんの声が降ってきました。

 視線を上げると、サクラさんは僅かに目を細めて、僕の首元へと視線を少しだけ落としました。

「傷の様子はどう?」

「傷、ですか」

 そうですね。と僕は首の包帯にそっと触れました。


 先日、僕とヤツヅリさんは表で傷を再現させてしまったばかりでした。

 学校の中で命を落とした僕とヤツヅリさんは、その時に大変な怪我を負いました。もうすっかり治ってしまってはいたのですが、表に居た時、突然身体が再現しだしたのです。

 僕の首や足はちぎれ落ち、ヤツヅリさんは頭がごそりと崩れ落ちそうになりました。二人ともなんとかこっち側に帰ってきたものの、今は傷を治している途中です。

 サクラさんはその傷の様子を心配して、時々こうして様子を聞いてくれます。


「痛みもだいぶなくなってきて……あとは時間が一番の薬だと、ヤツヅリさんは言っていました」

「そっか」

 それなら良かった、と小さく笑う声がしました。

「でも」

「でも?」

「やっぱり傷は残ったままになるだろう、っていうのと」

 指で包帯の上から傷をなぞります。今は繋がりかけの首ですが、そこには普段ならうっすらと赤い傷跡が残っていました。普段は包帯などはせず、首部分の長い服や学ランで隠しているものです。

「表に出るなら同じことが繰り返し起きる可能性があるかもしれない、と」

「ああ……」

 そうだね、とサクラさんは少し重い声で頷きました。

「なので、表に出る時は十分気をつけるように、と言われました」


 表に行くと。生徒達に混ざっていると、傷が再現してしまう。

 それは、僕たちにとっても、生徒たちにとってもあまり良くないだろう。とハナブサさんは言っていました。

「学校の怪談、という噂話として残る分にはいいんだろうけどね」

 でも、気をつけないといけないよ。と言われました。 

 表に出る回数を重ねることで、傷の再発は防げるかもしれない。

 同時に、噂話として定着すると、その現象は避けられなくなってしまう。

 ヤツヅリさんは「オレは頭部だけだからひとりでもなんとかなる」と言っていました。でも、僕は首や足に傷があります。下手するとその場から動けなくなってしまいます。もしそうなってしまったら……。


「僕、表に出られるのでしょうか……」

「出られるよ」

 サクラさんは僕の頭を軽く撫でながら頷いてくれます。

 でも、僕は正直、表に出るのがとても怖くなっていました。

 怖がられたくない、というのもあります。痛いのが嫌だ、というのもあります。傷だらけの身体を、血を流すのを見られたくない、とも思います。

 なにより。折角もらった僕の居場所です。それを、僕が迷惑をかける事によって失いたくはありませんでした。

「そうだなあ。包帯か何かで留めておくことができれば、少しは時間が稼げるかもしれないよ」

「包帯で……」

 それは今のような感じでしょうか。首や腕、足に巻かれている包帯の感触に意識を向けてみます。

 なるほど、こうして留めておけば何かあっても保ちますし、異変に気付いたらすぐに帰ってくる。そういう風に気をつけておけば良さそうな気がしてきました。

「なるほど、普段からこんな感じで巻いておけばいつでも表に行けそうですね」

「うん」

 サクラさんの意見に頷いたものの、提案をしたサクラさん自身はなんだか考え込んでいるようでした。

「? サクラさん?」

 どうしましたか? と声をかけると、ハッとした様子で瞬きをしました。

「サクラさん。何か悩んでいるような顔ですよ」

「あ。……いや、悩んでるというより、どうするといいのかな、って思って……っと」

 首をかしげる僕の包帯に、サクラさんの指がそっと触れました。

「?」

「ちょっと緩んでる。結び直すからちょっとじっとしてて」

「あ。はい」

 結び目を解きやすいように首を傾けると、サクラさんは包帯が解けないようにしながら結び直してくれました。

「できた。苦しくない?」

「はい。ありがとうございます」

「どうしたしまして。それで、さっきの話だけど。包帯で留めるとなるとさ。これまでみたいに首を覆うような服は着れなくなるんじゃないかな、って思ったんだ」

「あ」

 そう言われてみればそうです。包帯を巻いた上で首にぴったりした服を着たら、きっと苦しいのではないか、となんとなく思いました。やってみないとわからないことですが、今包帯を巻いている状態で、普段の服と同じような感覚なのです。これ以上締め付けられる、となるとちょっと大変です。

「そうですね……でも、確かに留めるなら包帯とかの方が安心、ではありますよね」

「んー……それなら何かもっとゆったりと隠せるものがいいのかもね」

「ゆったりと……」

 うーん、と二人足を止めたまま考えます。

「学ラン、は。ずっと着ておく訳にはいかないね」

「シャツの襟でも、ちょっと隠せないですね……包帯だから、それ以上隠さなくてもいいのでしょうか?」

「……それはちょっと目立つ、かな」

「そうですか?」

 うん、と頷いたサクラさんが人差し指を立てます。

「今もだけど、こっちに来たばっかりの頃は包帯だったでしょ? あれ、結構目立つなって思ってたんだ」

 そういえばそんなことを言われたことがあったような気がしました。その時も「何か隠せるものを探そう」と言っていた気がします。

 結局、傷跡がうっすら赤く残るだけだったので服でどうにかする方向で落ち着いていたのでした。

 他に何かあるだろうか、と僕は考えます。

「そうですね。それなら……マフラー、とかですか?」

「マフラー?」

 サクラさんが少し不思議そうな顔をしました。

「でも、夏とか暑いんじゃあ」

「夏は、薄手のものを用意しておくといいんじゃないかと思ったんです」

「なるほど……」

 サクラさんはふむ、と考えて「それはいいかもね」と笑いました。

「それなら、リラくんに頼んでみようか。きっといいものを用意してくれるよ」

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