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アンティーク・ラジヲはひとりなく 1

 ラジオがあった。

 カセドラル型と呼ばれる、上部が半円になった木製のラジオだ。

 ダイヤルが三つ。それから小さな目盛りとスピーカー。

 細工が施された茶色く艶やかな木目は、そのラジオが大事に扱われてきたことを物語っていた。


 そんなラジオにはひとつの噂話があった。

 誰が最初に聞いたのかは分からないが。

 気付けば学校のあちこちで噂されていた。


 物理準備室のラジオが勝手に鳴る。

 流れてるのはどこかのクラス名簿で。

 読み上げられたクラスを知ってしまうと、その名前を聞いてしまうと。

 そのクラスに、何かが起こる。


 例えば。

 誰かが怪我をしたり。

 病気で休んだり。

 事故にあいかけたり。

 

 それはとても小さい出来事で、偶然だと片付けてしまってもいい程度の一致だったのだが。

 聞いた生徒がいたことも。

 そのクラスに何かが起きたのも事実だったから。

 

 生徒達は物理準備室を恐れていた。

 ラジオの音を、恐れていた。



 □ ■ □



「なあ。最近聞こえてくるあの話はなんだ?」

 食事時、ウツロがぽつりと零した。

「話?」

 サクラが首を僅かに傾げ、「ああ」と頷いて茶碗を降ろした。

「ラジオが名前を呼ぶって言う?」

「そうそれだ」

「その話なら時々聞くね。なんか、生徒たちが不安そうなのは聞こえてくるよ」

 おかげで夢がざらついて大変、とサクラは小さく息をつく。

「それは大変だな……」

 ウツロも紫煙を吐くかのように溜息をつくと、隣で食事をしていたハナブサが「それは」と言葉を挟んだ。

「一体どんな話?」

「ああ、そうか。ハナブサは外に出ないから聞いてないんだな」

 頷いたウツロが噂話の内容をかいつまんで話して聞かせる。

 物理準備室のラジオこと、その内容、関連付けされた事故や怪我。

 一通り話すと、ハナブサは「なるほど」と頷いた。

「それは、きっと私達側の存在だね。……それにしても、怪我とかさせちゃってるのは良くない、かな」

 少し悲しげな表情になったハナブサに待ったを掛けたのはウツロだった。

「いや待て、英。その考えは尚早ってやつだ」

 そうなの? と、ハナブサが問う。

 そうだな、と、ウツロは答える。

「単なる偶然だったのも結構ありそうだからな。教室で机積み上げて崩れてきたとか、どう見ても自業自得なものもある」

「机、積んでたの……? なんで?」

「理由は知らんが、そうらしいぞ。何か思うところがあったんだろ」

「そっか……」

「だが」

 ウツロの言葉に2人は視線を向ける。

「そのラジオが悪い影響を与えていない、とも言えんのは確かだ。しばらく様子を見る必要があるな」

 判断はその後でも遅くない、とウツロは言って白米を口へと運んだ。

 

 ウツロとサクラは、その後しばらく学校の噂話に耳を傾けて過ごした。

 草木の手入れをしながら。

 生徒の会話に混じりながら。

 廊下を歩き。

 部活動を眺め。

 危ない箇所を修理して。

 授業に混ざって。

 生徒達の話を聞いた。

 

 校内で囁かれる話は相変わらずだったが、拾って行くに従ってその全貌が見えてきた。

 元々ラジオの持ち主は、とある物理教師だったのだという。

 その教師は授業の前に点呼を取るのが習慣だった。それで返事を聞くことで、彼らの体調や様子を知ろうとしたのだ。

 かなり昔の話らしく、その教師は既に在籍していなかった。話を聞いても、サクラが「ああ、そんな先生居たなあ」とぽつりと呟いた位だった。だから実在はしたのだろうが消息は掴めなかった。そもそも、サクラもウツロも学校から出られない者達だ。学校の外に行ってしまった人物の消息など、掴めるはずも無かった。

 教師は何を思ったのか、ラジオを置いて学校を去った。

 だから、それはそのまま物理準備室に置いてあったらしい。埃をかぶり、ずっとそこにあったのだという。

 ただ、ある時から認識が変わっていた。誰かが掃除時間に見つけて掃除でもしたのだろうか。埃をかぶったラジオは、艶やかな木の色を取り戻した姿でそこにあったのだという。断線は修理され、それなりにラジオは聞けるものになっていたらしい。修理したのは生徒か教師かもはっきりしないが、誰かがその古いラジオを気に入ったのは確かなようだった。

 そして、いつしかそのラジオから音がするという噂が囁かれるようになり、怪我をする生徒の話が話題になることで話が繋がって語られるようになった。

 そういうことらしかった。



 □ ■ □



 ある夜。サクラが寝る準備をしているとずきりと頭が痛んだ。

 ああ、アイツが――獏が何か言おうとしているんだ。

 察したサクラは、頭を押さえたままベッドの方へとフラフラ歩いていく。

「……何かな」

 この痛みにも大分慣れてきたが、痛いことには変わりない。

 ただでさえ頭痛を誘発するのに、獏との会話にはまだまだ掴めないものが多い。

 彼の真意が分からなくて。根本的なところから信じていいかどうか分からなくて。彼が何なのか分からなくて――どうしてもその声には警戒の色が混じる。

「いや、お前らが話してたラジオについて少し話しとこうと思ってな」

 そんなサクラの気持ちを知ってか知らずか、獏はいつも通りの声で語りかけてくる。

「……うん」

 何、話して。と小さく呟いてベッドに腰掛ける。窓の外では、今夜もはらはらと桜が散っていた。

 夜の闇にほのかな光を与えて消えていく花びらを見ながら、サクラは頭痛をできるだけ逃がせる体勢をとる。

「あれはマズイぞ」

「まずい……?」

  繰り返して問うた言葉を、獏は「ああ、マズイな」と肯定する。

「そのラジオに感情があるかとか、あったところで知るわけじゃねえが。ラジオはただ繰り返してるだけだ。かつての主、居なくなった教師を慕って真似をしている。それはわかるな?」

「うん。そうさせたのは、オマエ?」

「いやいや、それは濡れ衣ってやつだ。俺は夢を喰うばかりのしがない存在さ」

「……そういうの良いから」

「はいはい。俺は最初の最初、ちょっときっかけを与えただけ。何が生まれるかまでは担保できねえよ」

「ふぅん……」

「信じてねえな」

「そりゃあね」

 溜息のようなサクラの声に、獏は笑う。

「くくっ。なのにこうして俺の話に耳を傾けるとは、お前もなかなか天邪鬼だ」

「うるさいな。情報があって、それに近いやつがいるなら話くらいは聞くよ。真偽はその後に判断する」

「そうか」

 くつくつと笑う声に、サクラは「それで?」と問う。

「何がマズイの」

「ああ、噂話が変質してる気配がする」

 いつもの掴めない調子ではなく、わずかにトーンが低くなったことにサクラは気付く。

「変質……」

 どういうこと、と問うと。

 どうもこうも、と返ってきた。

「噂が事実と結び付いて、噂話自身が「そう在ろう」としているってことさ」

「つまり……」

 つまり、だ。


 生徒達は「物理準備室のラジオで名簿を呼ばれたクラス」に「何かが起こる」と言っている。

 実際はその2つに接点は無かった。

 だが、今回の話が広まるに従って葉がつき、根が生え、それが本体にまで繋がり始めたということだろう。このまま時間が進めば、本当に生徒達に怪我を負わるだけの力を持つかもしれない。


「そう、お前の予想は正しい」

 サクラの思考が肯定される。

「それは、俺達に止められる物なの……?」

「それは簡単だろ」

「?」

 首を傾げたサクラに、声は笑いながら指摘する。

「それ以上被害を出したくなければ、話を封じろ。それ以上ラジオの音を聞かせず、語らせず、風化させてしまうんだ」

「風化……そんなことできるの?」

「できるだろ」

 声はさも当たり前のように言う。

「まずはラジオの音を――おっと」

 と、声はふつりと途切れた。

「あ、あれ?」

 そんなの初めてだったから不思議に思って声を上げると、返事の代わりに、ノックの音がした。

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