紹介
何番煎じなのか分かりませんが、思いついたので書こうと思いました
過酷な人生を送っている少年です
昨夜から続く大雨が王立魔術学校の巨大な校舎を黒く濡らし、轟々と吹き荒ぶ強風が広大な森を揺らす。
「うあ――ッ!!?」
教員同伴で無ければ立ち入りが許されない魔の森に、一人の少年が居た。
大粒の雨に打たれ、冷たい風に吹き付けられ、終いには強風に飛ばされた木々の枝に身体を打ち据えられながらも、ひたすら向かい風に向かって歩を進めていく。
今回の任務は、湖の湖畔に置き忘れた教科書を持ち帰るだけの雑用。
きっと自分を操縦する生徒は、自らの失敗を教師に言う事が出来なかったのだろう。
強いられている不器用な動きから察するに、恐らく自分を操縦するのは初めて。
その操縦技能は辛うじて歩行の体を成させてはいるものの、先程から頬が木々に擦れて痛い。
ああ、いい加減にしてくれよ――なんで今日に限って、感情のスイッチがオンになってるんだ。
生徒達の傀儡としての存在を与えられた自分は、これまで限らず酷い扱いを受けてきたのだろうか――そう思って、これまでの生を思い返す。
時には噛ませ犬として剣術の相手役を担った。
時には開発中の魔術の練習台を担った。
時には道化を演じさせられた。
この学院に寄贈されてから七百六十二日の間、傷付けられ、嗤われてきた。
ただ無感情にそれに耐え、その事に疑問を持つ事も無かった。
――だが、今日は違う。
剣より鋭利な幻獣の爪に裂かれていない安堵、素材の再利用のために炎に融かされていない喜び、人格を期待されていない生に対する憤り。
操縦者が温室に居ながら状況を把握する為に与えられた一時の心に過ぎないが、これは確かに自分が感じる感情だった。
嫌だ、嫌だ、もうやめたい。
小間使いの役割から、逃げ出したい。
なのに、身体は動き続ける。
雨や枝から頭を護るためにフードを被る事すら許されず、植え付けられた術式から歩行を急かされる。
歩け、歩け、歩け。
打たれ、吹き付けられ、打ち据えられる。
押し付けられた生を送り、決められたルートを辿り、義務付けられた使命を全うする。
操縦者が自分の視界をジャックするための魔道具として、閉じる事が許されないルビーの眼球。
思い思いに様々な術式を刻み込む事が出来る様にと、羊皮紙を加工して作られた皮膚。
「・・・・・・いて」
飛来した鋭利な枝に突き破やれた皮膚から銀色の燃料が流れ出し、自然界に文明の汚物を垂れ流す。
本来ならば、駆け付けた幻獣によって自分の身体は八つ裂きにされていただろう。
苛烈な森の番人で彼等でさえこの嵐の前には無力らしく、侵入して二十分、少年の乾いたルビーの瞳は神々しい獣の姿を認めていなかった。
「・・・・・・うあっ!?」
迫り来る脅威を知覚しても、肝心の反応が禁じられているのだから意味が無い。
暴風によって引っこ抜かれたのか、これまでとは比較出来ない巨大な木の幹は少年に直撃し、受身の取れない身体が数メートルと吹き飛ばされた。
どしゃ、ぐちゃ、ごろごろごろ。
黒いローブが泥に塗れる感触は、今まで感じた何より不快な物だった。
――いや、ただ感じる事が出来なかっただけで、これを越える苦痛は幾度と無く味わってきた。
「くそ・・・・・・くそ・・・・・・」
水を吸い柔らかくなった大地に着地したのが幸いし、激痛を堪えながらも上半身を起こす事は出来た。
――その瞬間、少年の身体に刻まれた術式が発動する。
"右腕、骨折。治癒不可"
右腕から、魔力と激痛が抜けていく。
"左肩、脱臼。治癒不可"
左肩から、魔力と激痛が抜けていく。
"左足、捻挫。治癒可能"
左足へと、身体の魔力が流れていく。
少年が発した驚愕と痛覚を受けたのは、人形の残存魔力と損傷状況を判断し、機能存続に最適な魔力運用を行う術式。
主人はこの術式の開発を以て宮廷魔術師の席を与えられたらしいが、今の自分には何ら関係の無い話。
株を上げるためだけに人形を学校に寄贈した作り主の事なんて、考えるだけ無駄な事。
『かつての学び舎で、作り上げた人形と感動の再開』――そう実行委員会が題した茶番の小道具と形を変えた自分を見たときの、自己陶酔に満ちた泣き顔。
「・・・・・・ああ」
何時もと変わらず、治癒の完了と任務続行の指令が耳に入った後、自分は苦痛に塗れた生を再開するのだろう。
けれど、その声は何時まで経っても聞こえなかった。