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泥棒猫

作者: 雨宮 怜哉

 帰宅するや否や、僕は今日の不運に思いを馳せる。

 朝から防犯についての話題があったので、いつもは怠けていた窓とドアの戸締りを確認して外に出て、今日は朝から律儀な行動をしてきっと良い事があるのだろうと思っていたら、側溝に足を落とし。景気付けに食べたショートケーキでは、最後まで大事に取っておいたいちごは見事に皿から滑り落ち。銀行の口座から振り込まれた給料を引き落としたら財布を入れたバッグを銀行に忘れ。それを取りに戻って窓口の女性に説明すると、「さんちゅうさんご本人様でしょうか?」とかいう誰かも分からない人の名前を聞かれ、違うと言うとその人のバッグしか届いてないと伝えられて。途方に暮れて歩いていると、空からは鳥のフン、正面からはソフトクリームの持った子供からダブルヒットを食らわされ。

 そして今、僕の名前が山中で、読みようによってはさんちゅうとも読めるという事に気付いたところだ。稀に読み間違えのされない簡単な名前なので、間違われた事に気が付かなかった。というか、さんちゅうさんなんて苗字の人なんてかなり少ないだろう。なぜわざわざ窓口の女性は確率の少ない読み方の苗字であると予測した。嫌がらせか。

また後で取りに行かなくては、と溜息をつきながら靴を脱いで家の中に入る。

 前述の通り、今日は本当にツキが無い。いつもはここまで不運な訳では無いのだ。コンビニで弁当を買ったら箸が付いてこない程度の不運レベルなのだ。

 精神的にも疲れ切っていたので、部屋に入った瞬間、倒れるように横になった。

 もう成人を迎えてから五年は経つというのに、未だに一人暮らしで彼女も無し。

 何だか虚しくて、横になったら起き上がる気力すら無くなってしまっていた。

 そうしてしばらく寝ていると、突然、ドン、と何かを倒す様な音が家の中に響いた。

 家には僕しか居ないはずだ。誰か居るとするならば、それは――。

 朝の防犯についての話題を思い出す。

 ――泥棒に注意してください。

 まさか、と思った。そんなはずは、と思いながらも、音のした方に行ってみた。

 すると、一匹の猫がそこに居た。無邪気な顔でこちらを見て、愛着のある声で僕の心を癒してくれる、そんな猫が。様子を見ると、開いていた窓から入ってきていたみたいだ。

泥棒猫、という言葉が頭をよぎって、不覚にも吹き出してしまう。自分で口に出してもう一度言ってみると、さらに笑いが込み上げてくる。我ながら最高のセンスだ。

「お前のお陰だよ。今日凄く運悪かったんだけどさ。元気出たよ。ありがとな、泥棒猫」

 猫は僕の声に答えたかの様に鳴き、顔を誇らしげにした。

 何だか、今度は、少し良い事があるような、そんな気がする。

 まさか猫に癒されるとはな。僕は心機一転して、靴を履き、銀行に向かった。

 そういえば、なぜしっかりと戸締りしたはずの窓が開いていたのだろうか。

 そんな疑問を抱いたのは、僕が家を出てから一時間ほど後になってからの話だった。


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