初対面だったんですけど
シブサワが部屋を出ていったあと。
「なんか変わった人っぽいなー。森先生のご紹介っつーかお墨付きだから、身元は確かなんだろうけど」
コンビニ袋をがさがさと開きながら、半井が言った。
「はい、カフェラテと青汁」
「ありがとうございます。ってそれより、私、あの先生と初対面だったんですけど。いつ採用されたんですか?」
「そうだっけ? …あーそっか、小湊さんが休みだった日だ。森先生が、自分の後継者だって言って連れてきたんだよ」
森先生という人物は、予備校界においてカリスマ的な存在の講師だ。
この予備校でも教鞭を執ってはいるのだが、如何せん他塾・他予備校からも引っ張りだこなので、最近はあまり姿を見ていない。
「シブサワ先生ってさ。個別指導の予備校で5年くらい教えてたらしいんだけど、教え子は漏れなく全員、難関大学に合格させてるんだって」
「えっ、すごい。森先生の後継ってことは…担当科目は英語?」
「と、物理、化学。数学も、数ⅡBまでなら教えられるって」
「えっ、すごい」
教え方が巧みなだけでなく、堅実。しかも授業可能な科目が多岐に渡っている。
あの人は、そんなエリート講師だったのか。
「フツーなら新規採用は4月以降にするものだけど、模擬授業やってもらったら、まーこれがわかりやすいのよ。発音も超キレー。森先生が太鼓判を押されてることもあるし、ウチの校長も即決したんだよね」
「だからこんな中途半端な時期に入ってこられたんですね。まだ若く見えるのに、大したものですね」
「いや、実際若いよ? おれらより二、三歳上なだけだもん」
まだ三十代なのか。ずいぶん落ち着いた様子だったけれど。
紙パックの青汁をストローで吸い上げながら、苑代は手元の報告書に目をやった。
氏名欄には『澁澤一』とある。下の名前は、ハジメと読むのだろうか。
無愛想ではないが、顔面に理性が張り付けられているような、表情の薄い人だった。
半井が言うように、なかなかの変わり者かもしれない。でも礼儀正しかったし、悪い人というわけでもなさそう。
まぁ何にせよ、今後自分が個人的に関わることはないだろう。
苑代の、澁澤に対するファースト・インパクトは、その程度だった。
彼に告げられた不思議な言葉は、すっかり忘れてしまっていた。