こみちゃん、彼氏つくらないの?
結婚二年目の友人が引っ越しをしたので、そのお祝いがてら遊びに行った日のことだ。
「こみちゃん、彼氏つくらないの?」
友人の言葉に、内心は硬直した。
けれども苑代は平静を装って、ついでに苦笑してみた。
「今は要らないなぁ。もとよりわたくし、モテませんからね」
「そんなことないでしょう。こみちゃんはかわいいと思うし」
ありがたい。誉められればありがたい。
それが友達としての身びいきでも、気遣いからくるお世辞でも。
「ありがとう。でも今は仕事が忙しいっていう理由もあってさ」
「仕事、たのしい?」
「いや、たのしいというよりは…働かなきゃ食べていけないから働いてるよね、正直ね」
「じゃあやっぱり恋愛をした方がいいよ」
「えぇー…」
どういう公式を使えばそんな答えを導き出せる?
苑代が引いているのにも気がつかず、友人はなぜかウキウキしたように続ける。
「こみちゃんはさ。恋愛に対して、ばしーっと行かないんだよね。どうやら恋愛をめんどくさがってない?いいもんだよ恋愛、実施しようよ恋愛。働く以外に食べていく動機は必要だよ。恋愛、必要。絶対」
うざい。
「なにアンタ、ひょっとしてマタニティーハイ? 」
「えー、ううん。いま生理中だし」
「じゃあ何ハイ? 何回“恋愛”言う気なの、鼓膜に積み重なり過ぎてトーテムポールが建つわ」
「あ、テンション高くてごめん。昨日、ダンナと久々にデートしたもんだから、今もキモチ盛り上がっちゃってて」
「なるほど。それはなるほどなんだけど。私もさ、今までに何度か彼氏いたから。別に恋愛を知らないってわけじゃないからね」
……ああ。そして私はまた嘘をつく。
胸を張って、意地を張って、見栄を張って。
モテないのは本当。
仕事が忙しいのも本当。
仕事をたのしいと思えないのも本当だけれど。
彼氏は要らないというのは、「本当」に近い嘘だ。
彼氏がいた、というのは真っ向から嘘。
「そういや言ってたね。前の彼氏とは喧嘩別れしたんだっけ?」
「そうそう。あんなやつ、思い出したくもない」
架空の相手を思い出すも何もないものだが。
苑代は、自分に恋愛経験がないことをひたすらに隠す。隠すだけじゃなく、偽る。そのうえ盛る。
真実は超合金で覆い固めて、学生時代からの友人でさえ騙ってしまえ。
それが苑代スタイル。ザ・苑代スタイル。
ザ・アワレ。