凱旋式 後編
軍旗が捧げられた後、凱旋式で最も重要な儀式が行われた。
観覧席にいたユリアが前に出て、聴衆に向かって演説を始めた。
「国民の皆さん。歴史上において、この度の戦いほど貴方方の力が発揮され、勝利をつかみ取る源泉となった事はありませんでした。戦場に立った二〇〇万を超す将兵の大半は貴方の父、母、兄、姉、弟、妹、息子、娘でした。内乱を抱え、周辺国三カ国が攻め込む中、我々は一致団結し、これに対抗。勝利を掴むことが出来ました。女王として感謝します」
「女王万歳」
「ルテティアに栄光あれ」
聴衆達が口々に叫ぶ姿を、皇帝は苦々しい思いで見ていた。
全てはルテティアによる功績。帝国は何もしていない。
今回の戦いを謀略により起こしたのにその功績は全てルテティア、ユリアに奪われた。
それを指をくわえて目の前で見ているしか無く、悔しい思いをした。
必ず潰してやる。
皇帝はそう誓った。
そんな決意を誰も知ること無く式典は続いて行く。
「本来なら功績のある全ての人に祝福を与えるべきなのですが、残念ならがこの身は一つしか無く、時間も限られているため特に功績のある三人に代表して受けてもらいます」
この戦いにおいて功績のあった三人への祝福。
非常に名誉な事であり王国が特に重要と考える三人と言うことになる。
「ラザフォード伯爵」
「はい」
最初に呼ばれたのは今回の戦いで総司令官として最前線に出て戦ったラザフォード伯爵。多くの兵士が労苦を共にした指揮官への栄誉は誰もが納得した。
「王国全軍を率い、全ての戦闘に置いて王国に勝利をもたらし、多くの兵士を生還させたことに王国は感謝し、これをたたえ王国勲章を与えます。そして爵位を上げ王国公爵の地位を与えます」
「ありがとうございます」
女王自ら勲章を首に掛けラザフォードを祝った。
「次に軍務大臣ハレック王国軍上級大将」
「はい」
呼ばれたハレック上級大将が前に出てきた。
「あなたは軍務大臣として王国軍の為に多くの物資と兵士を集め訓練し、戦場に送り出しました。そしてその兵達は贈られてくる潤沢な物資により飢えること無く、常に敵を圧倒して行きました。食事が無ければ人が動けないように、物資が無ければ二〇〇万の王国軍は身動き一つとれないどころか自滅していたでしょう」
確かに王国軍は戦場で勝利できたが、その王国軍の兵士を訓練し、物資を適切に送り出したのはハレックだ。もし物資が来なければ、飢えに苦しみ兵士が死亡していた事は間違いない。
従軍経験者にとって上の記憶は誰にでもあり、潤沢な物資が来ることは夢だった。
だが、
今回の戦争では今までに無い多くの兵士が集まったにもかかわらず、飢えること無く戦う事が出来たのは歴史上無かったことだ。
それをなしえた功績は忘れられがちだが、決して無視することは出来ない。
「王国軍が活躍出来たのはあなたの采配によるところ大です。よってこれを讃え王国勲章を与えます。また、王国公爵の地位を与え今後も王国を支えて下さい」
「ありがとうございます」
軍人として事実上最高の地位に就き、貴族となったハレックの感慨はひとしおだった。
「では、最後に鉄道大臣玉川昭弥」
「は、はい」
このような場所に出たことの無い昭弥は緊張して声が上ずってしまった。
「あなたは王国に鉄道を張り巡らせることによって発展させてきました。そして、今回の戦いでは十二分に生かし、王国を勝利に導きました。あなたは今日の勝利と未来の発展をもたらしてくれたことに、王国は返しきれない恩義を感じています」
熱っぽい言葉だが事実だった。
戦場に向かった兵士は一人残らず、列車に乗って移動したし物資も現地に置いてあった分を除いて鉄道によって運ばれた。
もし、鉄道が無ければこれほどの規模の戦いは一年で終わらず三年、下手をすれば百年戦争になっていたかもしれない。
それが三ヶ月ほどで終わったのは、全ての戦いで勝利をおさめたこともあるが、東西南北の戦域に兵士を最終的に数十万単位で投入させることが出来た鉄道のお陰だった。
その鉄道を導入し運用した昭弥が称される事は、誰も否とは言えなかった。
「ですのでささやかながら、返させて下さい。玉川昭弥に王国勲章を与えると共に、チェニス公爵の地位を与えます」
大きなどよめきが起こった。
チェニス公爵は王国に数ある公爵の地位の一つであり、アクスムに接するチェニス周辺を領地に持つ貴族だ。
だが、アクスムは近年王国に対する最も大きな脅威であったため、その地位と権限は非常に大きく王国が最も信頼する人物に与えられるのが常だ。
例えば、特に王家に忠誠を誓う信頼できる貴族。他には王太子やその配偶者などだ。
つまり、昭弥を配偶者にすると言っているようなものだ。
「あ、ありがとうございます」
昭弥は、場の雰囲気に乗せられてそのまま受けた。
そして、同じように勲章を首に掛けられると剣を渡された。
「私に剣の鞘を向けて頭を下げて捧げて下さい」
どうすれば良いのか分からず戸惑っているとユリアが小声でサポートした。
言われるがままに昭弥は剣を差し出すと、ユリアは剣を鞘から引き抜くと剣の腹で昭弥の背中を軽く叩いた。
臣下にするという主従契約の成立だ。
ユリアは鞘を戻すと昭弥の両の頬を両手で触れて顔を上げさせた。
「そして、王国からの感謝の印です」
そう言って、昭弥の額に口づけを行った。
最上級の栄誉の証に凱旋式の興奮は最高潮を向かえ終了した。




