新王国成立
「俺をどうする気だ」
捕らえられた鎮西将軍蒋は目の前にいるラザフォード伯爵を睨み付けていった。
戦場で捕らえられた後、ウルクにある砦の一つに連れてこられて幽閉され、複数の兵士に囲まれていた。
「縄を解くように」
ラザフォードは気にせず部下に命じて蒋の縄を解くと椅子を勧めた。
蒋は警戒しながらも椅子に座った。
「何をする気だ」
「国を作って貰おうと思いまして」
「へ」
突然の言葉に蒋は驚いた。
「何を言っているんだ。認められる訳がないだろう」
「ルテティア王国が承認するんです。十分でしょう。更に帝国にも認めさせる」
「何処を領地にするんだ」
「ユーフラテス川から九龍山脈までの間。九龍王国とでも名乗らせましょうか」
「……国を裏切れというのか」
蒋は睨み付けた。
「まさか。国を救うのですよ。元々、将軍はこれらの地域を軍政下に置く権限をお持ちですから行政組織などを配下に収めることも簡単でしょう」
「お前達の国だけが救われるのだろう」
「いや、周も救われます。泥沼の戦争から抜けられるのですから」
「俺が国を売ると思うのか」
「まさか、ただ、このまま国に一人だけ戻ったらどうなるか」
ラザフォードに言われて蒋は、青ざめた。
三〇万もの大軍を包囲され降伏したのだ。最高責任者として処罰され、最悪死罪の可能性がある。
「しかし蛮地において国を打ち立て、周に朝貢を行うようになればどうでしょう。蛮地を治め、蛮族を抑える英雄になれます」
「軍勢はどうするのだ。民は」
「あなたの指揮下にいた三〇万に、ウルクで降伏した二〇万がいます。またアッシュール方面の軍も」
「失礼いたします」
その時、部屋に伝令が入って来た。
「アッシュール方面の軍勢三〇万を包囲。降伏させる事に成功しました」
「ありがとうございます。下がってください」
ドアが閉じた後、重い沈黙が支配した。
「うん、降伏した軍勢三〇万もあなたの指揮下に入りますね。中々の兵力ですね」
「……用意が良いな」
蒋は苦虫をかみつぶした。
「だが金とかはどうするんだ」
「我が国で国債を発行します。それを各所で買って貰うんですよ。我々も協力します」
「至れり尽くせりという訳か。で、対価は? 何の見返りも無く渡す訳無いだろう」
「ええ」
ラザフォードは二枚の紙を渡した。
ルテティア王国は九龍王国を承認する
ルテティア王国は蒋を九龍王国国王として承認する
ルテティア王国は九龍王国の国債発行に尽力する
九龍王国はルテティア王国にユーフラテス川流域における自由航行権を与える
九龍王国はルテティア王国に鉄道敷設権を与える。また沿線周辺一リーグを付属地として貸与する
一枚目は、比較的穏やかな内容だった。
条件の内、下の二つは、上三つの対価としては妥当と言える。
だが二枚目は違った。
九龍王国はルテティア王国にユーフラテス川沿岸を貸し与える
九龍王国の外交はルテティア王国の承認を必要とする
九龍王国はルテティア王国に軍隊駐留権を与える
九龍王国の大臣人事はルテティア王国の承認を必要とする
九龍王国の軍部隊の移動はルテティア王国の承認を必要とする
九龍王国の軍部隊は戦時においてルテティア王国の指揮下に入る
「一方的な要求ばかり、事実上の属国じゃ無いか」
軍隊を動かすにも九龍王国の人事にもルテティアの承認が必要になる。とても独立国とは言えない。
「ささやかな物じゃ無いですか」
「……いっそ自分で取り上げたらどうだ」
「独立国相手にそんな事はしませんよ」
「白々しいな」
「じゃあ、やめますか? 周と直接交渉するという手が我々にはありますし。交渉の手土産にあなたの身柄を渡すという手も。何より他に候補者がいますからね。征南将軍鄧とか」
「わかった。受け入れるよ」
蒋は渋々受け入れ、条約文にサインをした。
本国に送還されれば死罪の可能性が高い。何より自分より格下の将軍に美味しい役どころを奪われたくなかった。
「ありがとうございます。蒋将軍、いえ蒋国王陛下」
「ふん、それじゃあ周りにいる兵士を下げて貰おうか」
「何を言っているんですか。自分の近衛兵を下げるなんて」
「……護衛も用意してくれるのか。用意が良いな」
蒋は付けられた近衛兵を見た。自分の監視任務を兼ね、いざというときには、始末役に変わるだろう自分の近衛兵を。
「本国が許すと思うか」
「そこは陛下の腕次第でしょう。王国の承認と帝国の承認、更に朝貢のための献上品の準備など色々支援します。もし決裂しても九龍山脈を防衛線に守りを固める事が出来ます。大丈夫王国軍が支援します」
「ありがとうな」
「ああ、それとアッシュールの軍勢に降伏するよう勧告をしてください」
「? 降伏したんじゃ」
「昨日の今日で、軍勢を移動させる事なんて出来ません。降伏させるなんて無理ですし、無用な戦闘は避けたいですからね。初仕事として降伏させては? あなたの王国の兵士になるのですから、頑張って降伏させてください」
「何でもやるよ、こん畜生!」
芝居に騙されたことに怒り、吐き捨てるように蒋将軍いや国王は、言い捨てた。
蒋将軍、いや蒋国王の即位式と独立宣言が、ルテティア王国閣僚列席の下行われ、九龍王国は誕生した。
式典は速やかに終了し、新国王は列車に乗り込み、残った軍の降伏を促すべくアッシュールに向かった。
列車を見送った昭弥は同じく見送りに来たラザフォードに尋ねた。
「大丈夫ですか。王国を成立させる事が出来るんですか?」
「王国と帝国の後ろ盾がありますから成立させることは出来ます。何より戦争を終わらせることが最優先課題ですからね」
「蒋が裏切ったらどうするんですか?」
「改めて攻め滅ぼせば良いのです。その頃にはルテティアも復興しますし」
予測では無く断言するところがラザフォードらしい。他の人なら誇大妄想だと思うが、ラザフォードが言うと、事実になりそうに思う。
「八〇万近い兵力をまとめ上げる事が出来ますかね。本国に帰りたいと反乱を起こすんじゃ」
「良い鉄は釘にならず、良い人は兵にならず」
「?」
「周のことわざです。良い鉄を釘に使わないように、優秀な人は兵士にならない。我が国と違って兵士の地位が低く、貧困層などが食い詰めてやむなく入って来ます。軍に入れば最低限の食事と金が手に入りますから。周の代わりに我々が用意すれば良いのですよ。彼らの生活を保障する事が出来れば従います。古参兵は家族がいるでしょうが、少数でしょうし」
「はあ」
軍人の地位も国によって違うのか。昭弥はしみじみ思った。
「けど、違う民族の支配に元からの住民は納得するんでしょうか?」
「周の流民が流れ着いて住み始めているよ。大丈夫じゃ無いかな」
「……元からいた人はどうしているんです?」
「話し合いで住み始めているかもしれないけど、最悪の場合、奪取しているね」
酷い話しだ。
「そんな国家良いんですか」
「必要なのは王国の平和でね。自国の平和を手に入れられないような国に他国の平和を気にする権利は無いよ」
確かに、自国だけで手一杯なのに他国を気にする余裕はない。と言うより、自国民を蔑ろにする背信行為だ。昭弥は、不承不承でその点に関しては納得し次の疑問をぶつけた。
「周は認めるでしょうか?」
「それは蒋国王の腕次第だね」
「普通許さないのでは?」
「周は不思議な国でね。領土の範囲とかは結構曖昧なんだ」
「どういう事ですか?」
「中華思想と言って、自分たちの国が世界の中心だと思っている。自分たちの威光が及ばない地域を蛮地と呼んで蔑んでする。その蛮地の内側に朝貢国、家臣の国があり更に内側に周の本土があるという考え方だ。本国は九龍山脈の東側という意識が強くてね。この辺りは元々別の国があったんだが、周と戦争をして滅ぼされた。で、周が仕方なく治めていたんだ。なので手放したいと思っていたから丁度良いんじゃないかな。自分たちに従う国が一つ増えたと思って貰えれば」
「事実上、ルテティア王国の属国ですよ」
「だから条約を二つに分けたんだ。最初はほぼ対等な関係を結ぶ独立国として扱い。二つ目の条約でルテティアの影響力を確保したんだ。周には最初の条約がいの一番に届くようになる。二つ目は遅れて届く。はじめの条文が届いた後、知っても手遅れという手はずさ」
「酷い。最初の条約も対等とは言えませんよ」
「初期投資を肩代わりして上げるんだ。その対価と考えれば対等だよ」
「でも結局、二つ目の条約で属国ですよ」
「命が助かるんだから安いよ」
「悪辣ですね」
昭弥にはラザフォードが、某魔法少女の黒い白いマスコットに見えた。全て開けっぴろげな分、マシ、いや逃げ道を塞いでいる分、より悪辣で悪趣味なやり方だ。
下手に敵に回したくないと昭弥は思った。
「周は認めるんですかねルテティアの属国になることを」
「朝貢を行えば、自分達の仲間だと思うんだよ周は。朝貢国が他の国とどんなことをしようが、自分たちは関係ないと思っているみたいだよ周は」
「そんないい加減な」
「そんな国なんだよ。エフタル相手にも似たようなことをしているよ。時折、国境を攻められては追い払い朝貢関係を結ぶ。暫くして、エフタルがまた暴れ出す。その繰り返しさ」
「そんな役目を九龍王国が出来るんですか?」
「出来なくても、総兵力八〇万近い大兵力を相手にいきなり戦争なんて大国の周でも出来ないよ。準備で半年くらいはかかるよ。それで滅ぼしても損害は大きい。その後ルテティアを相手にすることも考えると、更に倍以上の兵力を用意しなければならないと考えるだろうね」
「束の間の平和じゃ無いですか」
「平和とは戦闘の合間にある休息時間だよ。精々、英気を養うとしよう」
数日後、アッシュール方面の周の軍勢が蒋の説得で降伏した。
彼らは九龍王国の軍隊に再編成された軍勢八〇万が九龍山脈へ移動国境守備にあたる。
北方のエフタルは、自分たち以外に交戦勢力が無くなったことを知り自分たちのテリトリーへ帰って行き、ルテティアから戦雲は消え去る。
ここにルテティア大戦は終結した。




