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ユーフラテス川渡河作戦

4/20誤字修正

 総力戦指導会議の後、ラザフォードはスコット大将を呼び、作戦を練った。


「スコット大将、対岸の敵軍を包囲する事は出来ますか?」


「不可能ではありませんが、大量の川船が必要です。あと、渡河橋の準備も必要でしょう。占領後に輸送を行う為に必要です」


「玉川大臣、川船の輸送は可能ですか?」


 同じく呼び出した昭弥にラザフォードは尋ねた。


「ルビコン川にある川船で全長が二五メル以下なら運べるはずです。それ以上は車両限界を超えて不可能です」


「できる限り調達するようお願いします」


「やってみます。でも必要な数が揃うのに一週間ぐらいかかると思いますよ」


「構いません準備は整えていますし」


 こうして川船がルビコン川から大量に輸送されることになった。




「以上を持って会議を終了する」


 鋭い眼光を、向けてトラクス中将が言う。

 将官になったとは言え、最下級の准将である上、昇進してから日の浅いガブリエルにとってその視線は、嫌なものでしかない。

 だが、拒絶する訳にはいかない。

 近衛軍団の幕僚として連絡業務は疎かに出来ない。近日中に大規模作戦が行われるので打ち合わせ事項は多種に及び疎かにする事は出来ないし、齟齬があってはならないのは、肝に銘じている。

 しかし、どうしてトラクス少将は自分を目の敵のように見るのだろう。


「マッケンジー准将」


 名前を呼ばれてガブリエルは、背筋を正した。


「何か不明なことでもあるか」


「いいえ!」


 反射的に答えた。きちんとメモをして不明瞭な事が無いようにしている。異様な監視を受けていることもあり、手抜きは無い。

 なのにどうして、目を付けてくるのだ。


「それくらいにせんか、トラクス中将」


 制したのは何と、スコット大将だった。ガブリエルは背筋を伸ばして、敬礼した。

 スコット大将は、敬礼もそこそこにガブリエルに近づき、世間話をするように話しかけた。


「すまんかったな。一寸訳があっての」


「わ、訳ですか」


「おう、ガブリエル」


 その時、スコット大将の後ろから上官である近衛軍団長アデーレ・ユンガー中将が声を掛けてきた。


「軍団長、どうしたんですか?」


「司令部に呼び出されてね。帰りに寄ってこうとね」


「どうして」


「まあ、恩師に挨拶ってとこよ」


「ア、アデーレ」


 震える声で名前を呼んでいるのが誰だか一瞬分からなかった。振り返るとそこに居たのは、まるで告白でもしようかと、緊張して震える青年、トラクス中将だった。


「おう、トラクス、久しぶりだな。王都以来か」


「いきなり店を閉めたんで驚いたよ」


「事情があってね。カンザスに移ったんだ」


 二人は、穏やかに話しを進める。


「二人はお知り合いなんですか?」


「ああ、士官学校の同期。分隊も同じだったしね。色々世話したし世話になったんだよ」


 ざっくばらんに言うアデーレの言葉を補足するようにスコット大将が、ガブリエルに囁く。


「トラクスは貴族の名門じゃが、見えての通り大人しい性格での、周りから虐められておったんじゃ。じゃが、面倒見の良いアデーレが良く庇っておってな。後に姉のように慕い、やがて好意を募らせていったのじゃ」


「じゃあ二人は、付き合っていると」


「いや、トラクスの片思いでアデーレは、仲間の一人と思っているだけだ。それに色々妨害もあったからの。何より、あがり症で告白できんのよ」


「はあ」


「じゃあ、あたしはこれで帰りますよ校長……いえ総司令官閣下。失礼いたします」


「もうすこし、話をしたらどうじゃ」


 言葉を改めたアデーレをスコット大将は引き留める。


「いえ、着任したてで、部隊の掌握を急がねばなりません。それに率いているのがクリスタとテオだと心配で」


「確かにの」


 アデーレの一期下で同じ分隊だったテオとクリスタの行状を校長として嫌と言うほど知っているスコット大将は同意した。


「実戦は強いのじゃがな」


「と言う訳で、帰らせて貰います。作戦は必ず成功させます」


「信頼して居るぞ。心配は何もしておらん」


「ありがとうございます。では」


 こうして、トラクス中将の好機は、またも失われた。




 準備開始から一週間後、攻撃準備が整い、作戦は開始された。


「砲撃開始」


 スコット大将が砲撃を命じた。

 王国各地から集められた数百門の大砲が火を噴く。

 中でも圧巻だったのは、列車砲の大軍だ。

 オスティアの海軍工廠に残っていた艦載砲や、陸上砲台の大砲が特設の貨車に乗せられて大仰角で放たれ対岸に撃ち込まれて行く。

 特に凄かったのが、全長が一〇メートル近い三四リブラ砲だ。

 ボイラー、タービン、発電機など重量物を輸送するために試作した特殊運搬貨車の上にプラットフォームを作り、大砲を乗せている。K5列車砲、レオポルドに近いシルエットを持っていると言えばわかるだろうか。

 昭弥が何処まで出来るか試しに作った半ば趣味の部類に入る兵器だ。


「作ってみたかったから作った。後悔していないから反省しない」


 とは昭弥の弁だ。

 趣味と言ってもそれだけに作り上げる情熱は他の比ではない。さすがに尾栓、後ろから弾込めをする装置は、完成しなかったが、前装式としては破格の大きさだ。砲弾も大きすぎて人力では無理なので手動とは言え、クレーンが砲の前に付いている。

 砲弾を輸送するにも重量があるので砲の両脇に小さなレールを設けてその上をトロッコを走らせて、砲弾を輸送する、トレイン・オン・トレインにしてある。

 砲身と砲弾も蒸気機関車のピストンとシリンダー製造の切削技術を応用して砲身と砲弾の隙間を少なくしてある。

 装填に時間がかかるが、爆発の威力が隙間から逃げないので、長射程といえど精々八リーグぐらいしか飛ばない。

 それでも川幅一リーグの越えのユーフラテス川を飛び越えるには十分だが。

 次々と砲弾が飛んで行く中、王国軍は作業を開始した。

 艀に板を乗せて並べる船橋を作るのだ。

 数十万にもなる大軍を渡すために、必要と考えて準備していた。

 だが、周軍も渡すまいと妨害砲撃を行い作業は遅々として進まない。


「やはり渡河は防御側が有利か」


 渡河作業を指揮しているアグリッパ大将が呟いた。

 いくらデカい大砲を数多く投入しても、正確な着弾観測が無ければ有効な射撃は出来ない。

 一日中砲撃しても周軍の止まず、夜通し砲撃が続ける所存だった。


「砲撃を続けよ。我々は陽動だ」




 陽が完全に沈んだ直後、バビロンから出発する列車が数多くあった。

 ミード中将率いる軍団である。

 臨時編成の部隊をかき集めて作った部隊だが、精鋭を集めている。

 彼らは三〇リーグほど上流に向かって移動すると直ぐに止まった。


「総員降車! 急げ!」


 プラットフォームも何もない線路の上だったが、彼らは迅速に降りて線路脇に整列。全員降りると列車は再び進み出した。

 そして数分後新たな列車がやって来て停止、新たな部隊を降ろして行く。

 そんな事が数回あった後、本命の列車がやって来た。

 長物貨車に何段にも積み重ねて運ばれてくるもの。


「急いで降ろせ」


 既に集結していた部隊があ一斉に取り憑き、人海戦術で降ろして行く。

 彼らが降ろしているのは、川船。列車で運び込んできた軽量の川船を人力で川まで運び、そのまま渡河しようというのだ。




「ミード中将は、どうです?」


「はい、夕方より出撃。上流より渡河作業を進めています」


 バビロンに残り指揮を執るラザフォードの問いにスコット大将は答えた。

 大量の川船が到着すると、夕方までバビロンの操車場に待機。暗くなると同時に出発し上流で止めると人力で降ろして川に浮かべて、ミード中将率いる一個軍団四万人の渡河に使われている。


「上流は何ら準備をしていませんでしからね。突然軍団規模の渡河部隊が現れるとは思わないでしょう」


 何にも無いところに突然機関車が川船を乗せてやって来て船を降ろして行き、軍団規模の部隊が渡ってくる。

 悪夢としか言いようのない状況だ。


「報告します」


 その時副官のノエル少佐がやって来た。


「ミード中将より報告です。渡河成功、損害なし。これより敵中へ前進するとの事です」


「承認する」


「橋頭堡を確保しなくて良いのですか?」


 ラザフォードは驚いて尋ねた。

 通常とかに成功したら後続の安全の為に、防御を固めた陣地、橋頭堡を作り後続を安全に上陸させる。もし橋頭堡がなければ敵の反撃が有った場合、容易く奪回され上陸した部隊は敵中に孤立全滅する。橋頭堡を確保せずに敵中に進軍するなど自殺行為でしかない。


「大丈夫です。敵はどうも砲撃と渡河準備に気を取られてこちらばかりに目を向けています。ミード中将の部隊は気にしないでしょう」


 スコット大将は滑らかに答えた。


「それにミードの軍団兵士達は、気の荒い連中が多く防御に不向きです。前進させて後方を攻撃させた方が良いでしょう」


「大丈夫でしょうか?」


「現在、正面で渡河作業を行っているのはアグリッパ大将率いる北方の部隊です。ルビコン川で鍛え上げられていますから、作業は手慣れている上、敵に圧力を掛けつつ損害を極小にする術に長けています。少なくとも夜明けまで対岸の周軍を引きつけてくれます」

 スコット大将の言葉にラザフォードは感心した。長年軍にいるだけ有って兵隊の気質や将軍の得意分野を知り尽くし作戦に生かしている。


「また、ミードの後続である近衛軍団の軍団長アデーレは、優秀です。橋頭堡が確保されていなくても秘密裏に移動できます。また近衛軍団の将兵も、プライドが高く遅れをとるまいと猛烈に前進し戦います。こうやって大軍が後ろに回り込み、尻が熱くなっていることに気が付いた敵がどういう行動を取るか見物です」




 作戦はスコット大将の言うとおりに展開した。

 夜明け頃になって、ようやくミード中将の軍団に気が付いた鎮西将軍蒋は、後方への防御を命じたが同時に近衛軍団の攻撃を受けて、混乱した。

 更に正面の防御線にも敵に回り込まれたという噂が広がり士気が崩壊した。


「突撃せよ」


 アグリッパ大将はこの機を逃さず、突撃を命令。大軍の上陸に成功した。

 後方を遮断され、渡河を許してしまった周軍三〇万に勝機は無く降伏した。




「お見事でした」


 作戦終了後、ラザフォードは対岸に渡り士気を執っていたスコット大将を賞賛した。


「ありがとうございます」


「やはり、スコット大将は優秀な軍人です。それにミード中将も素晴らしい。あれだけの部隊を短期間で掌握し、密かに渡す事が出来たのですから」


「はい、本人も喜ぶでしょう」


「是非会ってお礼がしたいです」


「では呼んできましょう」


「いえ、こちらから伺います。勲功の大きい将軍を直接ねぎらいたいので」


「い、いや、その」


「ダメでしょうか」


「……いえ、ご案内します」


 スコット大将は諦めて案内することにした。

 二人はミード中将のテントに案内されて中に入ると


「ぐーっ」


 中将は毛布にくるまって寝ていた。


「ミード」


「うん? スコット、いや大将閣下」


 おこされたミードは目を開けてもう一人の来客者を見てラザフォードである事に気が付き、毛布を脱いで立ち上がり敬礼した。


「失礼いたしました総司令官閣下」


「いえ、こちらからやって来たご無礼お許しください。お疲れのようでしたし」


「申し訳ありません。部下に後始末を任せて熟睡していたのですが」


 真顔で答えるミードを見てラザフォードは、苦笑した。どう見ても居眠りにしか見えなかったからだ。それも毛布に自ら包まっての本格的な居眠りに。


「お疲れなら横になっては?」


「リュウマチの発作が起きると起き上がれなくなるので」


「……はい?」


 とんでもない台詞が出てラザフォードは珍しく固まった。説明したのはスコット大将だった。


「ミード中将はリュウマチを患っておりまして、横になったまま発作が起きると、立ち上がることも出来ないほどの激痛が走るので、戦場では横にならず椅子に座って熟睡するのです」


「……戦闘中に発作が出たらどうするのです?」


「戦闘中に発作が出たことはございません。寧ろサーベルを振り回すと痛みが消えます」


 自信たっぷりにミードが言ってラザフォードは失笑した。


「まあ、身体を労ってください。王国は貢献の大きいあなたに感謝しております」


「は、有り難いお言葉です」


 ラザフォードは早々にテントを離れて一人になったとき呟いた。


「我が軍にまともな将軍はいないのか」


 あんたが言うな、と実の娘から突っ込まれるであろう台詞だった。


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