外交交渉
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「作戦行動は何時開始しますか」
司令部列車に入ったスコット大将がラザフォード上級大将に尋ねた。
「外交交渉の後にしようと考えています」
「何故ですか」
意外な返答にスコットは驚いた。これだけの兵力が揃ったからには、直ちに攻撃を開始するべきだからだ。
「彼らの目論見がほぼ潰えようとしているからです。北方貴族、アクスムが敗退し、残っているのはエフタルと周ですが、周にとってエフタルが頼りになるかどうか」
ラザフォードは彼らの当初の計画を推測していた。
まず、北方貴族、周、アクスム、エフタルの四勢力が一斉に王国に侵攻する。王国は同時に対処できず、王都に引きこもる。
その間に反乱貴族連合が王都に行き女王に圧力をかけて、自分たちに王国の権限や役職を移譲させ実権を握る。そして、他の三カ国と小規模な戦闘を行い、講和して王国の幾ばくかの領地を与え、戦争を終わらせる。
帝国がしゃしゃり出て来ても既成事実を突きつけて認めさせる。
周にはユーフラテス川周辺の領土を渡すと言っていたのだろう。
だが、他の勢力が滅び去った今、その約束は反故だ。
「このままだと、周は帝国とも戦う事となりますからね」
セント・ベルナルドの復旧は間もなく終わる。帝国の大軍が来たら周は泥沼の戦争に入る事になる。
それは周として何としても避けたいはず。
「こちらもそんな戦争は避けたいですしね」
「上手く行くでしょうか」
「難しいですね」
ラザフォードはすんなり認めた。
一〇〇万近い兵力を動員して、領土や財貨、権益を得ずに帰るなど敗北と同じ。
王国も気前よくそれらを与える事を許すほど落ちぶれてはいない。それにこのところ連戦連勝で気が大きくなっている連中が多い。
幸か不幸かアクスムを併合したため、プラスと思っている連中も多く、周に対しては戦争前の状態に戻すことで納得させることが出来るだろう。
だが、それは周には認められない事だ。
「何とか、周と交渉しましょう」
「出来るのですか」
「まあ、現状を話して認めて貰うしかないでしょう。それに交渉するのは悪いことではありません。講和がなれば大きな損害を出さずに収めることが出来ます。やっておいて損はありません」
「決裂したら」
「その時は、銃を持って追い出すしかありません。それに交渉中に準備を進める事も出来ますし」
鉄道事情が西部より悪く、輸送効率が落ちているため、兵力の移動に時間がかかっている。
「交渉中なら戦闘も中断しますから、その間に物資と兵力を集結させることが出来ます」
「一石二鳥ですな」
「ええ、上手く行ってくれると良いのですが」
ラザフォードは温かい笑顔で答えたが内心は、焦燥感を抱いていた。
連戦連勝だが、短期間に動員した上、度重なる大会戦により、弾薬の消耗が激しく火薬が少なくなっている。
硝石の生産施設をフル稼働させたり、建物の床下の土を採取したりなどして集めているが、それでも限界がある。
現状の備蓄量は後一回か二回会戦を行えるかと言ったところだ。
先日昇進したハレック上級大将は、最大限の努力で火薬の調達を行っているが、限界はある。
出来れば弾薬が無くなる前に戦争を終結させたかった。
「このような条件が飲めるか」
停戦交渉を求める手紙を受け取った彭は、そう呟いた。
戦争前の状態への復帰。
これまでの戦いでの成果を水泡に帰せと言うことだ。
「拒否しますか?」
「いや、防御を固めるために時間を稼ぐ必要がある。現状維持を絶対条件に言え」
「拒否すると思われますが」
「ああ、だが時間稼ぎにはなる。首都からも防衛の為の交渉はしても良いと言うことになっている。このことを首都に伝えて、他の軍にも動かないように伝えろ」
「はい」
川船による輸送には時間がかかる。防衛体制を整えるにも時間がかかる。その時間が稼げるのは嬉しい話しだ。乗って損ではないだろう。
「さて、どれくらい時間を稼げるか」
だが、その時間は短かった。
「敵の攻撃が始まりました」
交渉を開始してから数日後、伝令からその報告を聞いたラザフォードは思わず席から立ち上がった。
「何処で始まりました」
「王都よりウルク方面に向かっていた近衛軍団に攻撃が行われました」
「向こうから交渉開始の内諾を受けたのだが」
そこでラザフォードは気が付いた。
こちらは魔術師による通信が行われているが、向こうは騎馬や飛龍を使った伝令が最速だ。
命令や連絡が届くのに数日かかる。
こちらは、魔術師の通信によりほぼ即時に届く。
王国軍は交渉開始と同時に、休戦するように命令したが向こうには届いていない。
「戦闘を再開しますか」
協議のために駆けつけたスコット中将が尋ねた。
「兵力の集結は?」
「八割方終わっております」
「現状の兵力で勝機はありますか?」
「勿論有ります」
現状、アッシュール方面には配備予定の五個軍団の内、四個軍団二〇万が集結している。相手も増援があったとは言え、ほぼ同数。
更にスコット大将の任地であったため地理は詳しい。
「では、直ちに戦闘開始とします。休戦中の不当攻撃を理由に戦闘再開の使者を送ります。二時間後に攻撃を開始できるよう準備を頼みます」
「了解いたしました」
「王国軍が我が方の不当攻撃を理由に交戦再開を通達して参りました」
「何だと。何処の軍が勝手に攻撃した」
彭としてはもう少し時間を稼ぎたかった。
「はい、ウルクに展開中の征南将軍の軍が攻撃を開始したと言うことです」
「おい、休戦は伝えたんだろうな」
「攻撃前に連絡が届かなかったようです。それに……」
「なんだ」
「はい、何故自分が同格の征北将軍の指揮下に入らなければならないのかと」
「同格の将軍の言葉など聞けないかっ」
首都に停止命令を続けるように言っているが、裁可と伝達に時間がかかる。そのタイムラグのために攻撃をやめさせられなかった。
「どうします?」
「王国軍の攻撃が始まる可能性がある。戦闘準備。それとこれは手違いであり交渉継続を要請しろ」
「はい」
「どうしますか閣下」
「迎撃するしかありません」
スコット大将に尋ねられてラザフォードは答えた。
予定が狂ってしまったが、起こったことは仕方ない。
対処するだけだ。
同時に平和が遠のいて項垂れた。
「周軍から今回の攻撃は手違いであったことと、交渉継続を要請する文章が届きました」
幕僚がラザフォードに進言したがラザフォードは首を振った。
「こうなっては戦闘は避けられません。他の軍が不利に陥ることも避けなければなりません。交渉は打ち切り、このまま戦闘に突入。勝利した後、交渉再開とします。スコット大将。直ちに進撃し、正面の敵を撃滅してください」
「了解いたしました」




