反攻前
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「杞憂だったようじゃな」
ハルクに到着してしばらくは、補給と防御準備を行っていたスコット中将だったが、次から次へと送り込まれる増援に驚いていた。
次々と送り込まれてくる物資を満載した列車が止まること無くやって来る。
「最初からこれだけの軍勢がいれば負けることはありませんでした」
「じゃが、彼らが他で勝利を収めなければ、この光景は無かったじゃろう」
南西、北方、南方、アクスムと転戦に転戦を重ねて勝利を収め憂いを無くしてきたのだ。
勿論、自分の東方軍団も彼らに負けず劣らず、勝利を重ね、王国に貢献してきたと自負している。だが、彼らの活躍が無ければ無意味になっただろう。
スコット中将はトラクス少将を伴って司令部列車に向かった。
「着任歓迎します司令官」
執務室に入ったスコット中将はラザフォード大将に敬礼して歓迎の意を表した。
「ご苦労様です」
ラザフォードは立ち上がり、自らスコット中将をねぎらった。
「貴方方の活躍が無ければ、我々は負けていたかも知れません」
「いいえ、我々は守備位置を失いました。軍法会議にかけれても文句は言えません」
「いやいや、あれだけの兵力を相手に寡兵で活躍出来るのはあなたしか居ません。故に貴方方の功に対して報償を与えるようにと陛下からの勅命ですスコット大将」
「大将?」
「只今を持って貴方方の階級を一階級昇進します。これまで通り、貴方方の軍団を指揮して下さい。更にその下に新たな軍団を配備しますのでお願いします。勿論、参謀長のトラクス少将も、軍参謀長に必要な中将に昇進となります」
「大将で司令官と同列となりませんか?」
「ああ、私は先日付で上級大将へ昇進しました」
「上級大将?」
「王国に新たに出来た階級です。軍勢の規模が大きくなったので。元帥は帝国からの承認が必要ですし」
帝国内においては軍の階級がほぼ一致している。王国や諸侯軍の内部では自由に昇進させることが出来るし、独自の階級を設けることが出来るが、各軍毎に独自に任命できる階級が帝国法により制限されている。
王国はほぼ自由に昇進させることが出来るが、最高階級である元帥は、帝国の承認が必要だった。
「どのような階級ですか?」
「元帥の下、大将の上ですが、帝国内では大将と同じ扱いですね」
臨時に作られた階級だったが、王国軍の規模があまりにも大きくなりすぎたため大将が率いる部隊を増設しなければならなくなった。
そして複数の大将を纏めるための階級も必要になったのだが、大将の上は元帥で帝国の承認が必要なので、やむを得ず上級大将という中途半端な地位を設けた。
「筆頭大将みたいなものですね」
「他にもいるのですか」
「ええ、アグリッパ中将が昇進して大将になったので」
「確か北方での反乱に参加していたハズでは」
「ええ。ですが反乱は既に終結し彼らは降伏しました。また彼の第五師団は精鋭ですから、降伏した将兵の中から信頼できる部隊を中心に新規部隊を加えた三個軍団二〇万に再編成して当地に向かわせています」
「凄まじい数ですな」
「ええ、反乱の汚名を雪ぐため猛烈に戦ってくれるでしょう」
「期待するところ大ですな」
「貴方方にも期待していますよ。新規部隊の二個軍団を加えてアッシュールへ向かって下さい」
「二個軍団」
既に配備されている東方軍団の三倍の数だ。
「ウルクはどうするのですか?」
「ウルクへは、沿岸部を二個軍団が沿岸を警戒しつつ移動中です。これは牽制用ですね。主力軍から抽出した三個軍団で帝都からウルク方面へ進出中です」
「すると合計は」
「予備も含めて十四個軍団。支援部隊を含めると七〇万から九〇万になるでしょう。今も増えているので私自身も正確な数は分かりません。指揮下にある部隊の数が四個軍十一個軍団という事です」
「何という数ですかな。補給は大丈夫なのですか」
「はい、王国中から物資を集めて送ってきていますから」
それまでは補給の事もあり、五万人程度が限界だった。だが鉄道によって国中から物資を集め戦場に送り込むことが可能となり、これだけの兵力を同時に動員できることになった。
「しかし、兵力の各個分散になるのでは。それだけの数が動員できるのであれば一箇所に集中して攻撃を加えるべきでは」
「勿論です。私の主力軍、各地を転戦してきた四個軍団合計二〇万を予備戦力として重要地域に投入します。この投入が出来れば他の軍と合わせて四〇万以上となり、圧倒できます。まずはアッシュールを制圧します」
「アッシュールが重要ですか」
「ええ、エフタルとの連絡路をたつために必要と判断しました」
「しかし大丈夫なのですか?」
口を挟んだのはトラクス中将だった。
「エフタルの騎馬集団が鉄道沿いに襲撃をかけてきているようですが」
「それなら手は打ってあります」
「次は、北東だ。気張れよジャン!」
「は、はい」
南方戦線で戦った装甲列車<フォルチツード>。
沿岸部への上陸作戦の危険が少なくなったことと、北方のエフタル騎兵集団の襲撃を撃退するために派遣された。
他にも新造の装甲列車があったが、要員の訓練が出来て居らず、実戦経験のある<フォルチツード>が向かうことになった。
「襲撃された町の奪還だ。装甲列車を先頭に一個大隊が進出する。俺たちは先頭だから頑張るんだぞ」
彼らが行う戦術は単純。
まず装甲列車が移動して敵を警戒する。エフタルの騎馬集団を見つけたら装甲列車が装備する大砲で一撃浴びせて、ばらけさせる。近づいて来るなら小銃で撃ち殺す。
そうやって撃退して町に接近。装甲列車の大砲の援護の下、後続の列車から歩兵大隊が降りて町に突入、敵を掃討して奪回する。
このような作戦を何度も行い、確実にエフタルから領土を奪回していった。
と、勇んで出撃したが、暫くして装甲列車は緊急停止した。
「どうした!」
「車輪から煙が出ています」
すぐさま点検を行うと車軸の軸受けから白い煙が出ていた。
「軸受けに負担がかかりすぎたのか」
車輪は車軸に繋がっており、車軸は軸受けを通じて車体と繋がっている。この軸受けに、車体の重量がかかると共に、車輪が回転できるようになっている。
そのまま接触させては金属同士が接触して回らないが、潤滑油を塗ることで滑らかに回転させると共に車体の重量を受け止めている。
だが、重量が重すぎると潤滑油の性能を上回り軸が接触したり、過度に熱が発生しやすくなり、最悪焼き付き、潤滑油が蒸発したり焦げて車軸と軸受けが固着して、止まったり、脱線の原因になる。
この事故は、鉄道事故に結構多く、駅員が列車の通過を見守るのも、車軸が焼き付きをおこして白煙が出ていないか確認する為でもある。
「装甲を増しすぎたからでは?」
機関車のボイラー部に被弾して蒸気が抜けるのを防ぐために装甲を付けているが、安全性を高めるために現場の判断で、増加装甲を付けた。
だが、増加しすぎて重くなりすぎたようだ。
「このままでは脱線します」
「潤滑油の補給は」
「行っていますが、足りないようです」
機関士は困った顔をしたが、一つアイディアを思いついた。
「ジャン、勲章ものの任務を受けてみないか」
「勲章が貰えるんですか。戦闘は嫌ですよ」
「いや、銃弾は飛んでこない」
「ならやります」
「ぎゃああああああああっ」
ジャンの悲鳴が、機関車の下から響いてきた。
「叫んでいないで潤滑油を足せ。白煙が出ているぞ」
「降ろしてえええええ」
ジャンがいるのは、機関車の下、紐で身体を固定し、直接車軸に潤滑油を供給しているのだ。
既存の潤滑装置で足りなければ臨時に増やせば良い。そんな考えで、ジャンを潤滑油の供給係にしたのだ。整備士をやっていた経験も考慮され、任命された。
「こんなことする奴はいませんよ!」
ジャンは叫んだが、実際にはいた。
昭弥のいた世界、日本では職員が円滑な機関車の運行のため、某怪盗アニメの主人公のように、車検員、整備士が定期列車の下に潜り込んで運転中、ずっと潤滑油を供給していたのだ。
性能が悪かった時代のことであり、車軸や軸受けが改良されてからは、行われなくなったが、実際にやっていた。
「迅速に移動しないと敵がきちまう。時間通りに着くために潤滑油を入れ続けろ」
「降ろしてくれえええええええ」
だが、機関車は目的地に着くまで止まることは無かった。