東方機動戦 後編
12/25 誤字修正
「何故我々が出撃できない」
ウルクまで戻った鄧は憤った。確かに打撃を受けたのは確かだったが、まだ十分な兵力を残している。
「各地に王国軍が配置されているらしく、撃退されています」
三箇所で渡河を敢行したが、ウルクを除いて渡河に成功していない。
各所に現れた兵力は三万前後だったが、襲撃された場所、四ヶ所を合計すると十二万にも及ぶ兵力だ。
各所に分散されているとは言え、渡河の為には相手の五倍以上の兵力が必要と言われており、ギリギリだ。
「首都より作戦命令が来ました」
「どうした?」
「一週間後を目処に各所同時渡河を敢行せよとのことです」
「当然だな。だが敵への対策は」
「同時に行えば大丈夫だそうです。敵は合計で三万前後しかいないそうです」
「三万! 確かに最大で三万だったが、敵は各地にいるぞ」
「どうも鉄道という迅速な移動手段を使ったようです」
「蛮族が我々を上回る速度で移動しているというのか」
「魔術かも知れません」
「忌々しいな。それで対策は?」
「同時に攻勢を行う事で、敵に各個撃破の余裕を与えずに渡河が可能です」
「それで具体的な作戦は?」
「バビロンとアッシュールの軍勢を増援も含め、それぞれ三〇万に増やし同一日時に攻撃を開始するそうです。このウルクにも三〇万と上流に向かって進撃する一〇万の軍勢を編成。バビロンを援護せよとのこと」
「……鎮西将軍に貸しを作っておくのも悪くないか」
「閣下、鉄道会社からこれ以上の作戦は無理だと言っています」
「弱ったの」
トラクス少将の言葉にスコット中将は、困り顔をした。
これまで鉄道会社は、東方軍団の移動に尽力してきた。だが、長時間にわたる運転などで機関車の疲労、消耗品である石炭、潤滑油の減少、ボイラー、配管への水垢のたまりによる詰まり、金属部品の摩耗、それらによる出力低下が起きていた。
「撤退は協力すると言っていますが」
「それなら仕方なかろう。今まで十分協力して貰ったのじゃからな」
「はい、それに恥ずかしながら兵士達の疲労も溜まり始めています」
「開戦以来、ずっと働きっぱなしだったからの」
東方軍団は常に激戦の最中にいた。鉄道による迅速移動により三日とたたず大規模戦闘に参加していた。
特に第九師団は、アッシュールでの戦い以降、一月もしないうちに六回もの大規模戦闘に参加している。
「弾薬も少なくなってきています。各地の守備隊の弾薬を集めても後、二回か三回が限度でしょう」
「潮時かの。全軍に撤退準備を」
「はい」
「失礼いたします」
入って来たのは副官のノエルだった。
「ウルクの敵が北上を開始しました。概算で一〇万を超えます」
「遂にきおったか」
「ええ、バビロンへの上陸援護でしょう。今度は警戒していて奇襲攻撃は不可能と思われます」
「ウルクへ進撃するのは?」
支線などを利用すれば、敵を迂回して行くことが出来るのでは、とノエルは思い提言した。
「いや、無理でしょう。敵もウルクの防御を固めて防衛するはず。攻城兵器の少ない我が軍団では攻撃は不可能です。また敵は海上を抑えていますので背後から奇襲上陸を敢行してくる可能性があります」
「受け止めるのは不可能じゃな。精々アッシュールを確保出来るかどうかじゃな」
「やはり撤退ですか」
「じゃな」
撤退は余力のある内にしか出来ない。
もし敵に抵抗できない状態だと攻撃されれば敗走し捕虜になったり、殺される。
「全軍に撤退準備を命令。監視も最小限に抑え、後方に撤退する」
「敵の追撃を受けませんか」
ノエルが尋ねた。戦闘中より追撃を受けている間の方が被害が大きい。
「受けるじゃろうな。だから、ここで一戦して敵の出鼻を挫いてから撤退する」
「未だに上陸できないのか」
彭の軍勢に合流した江は、司令官である彭を責めた。
周には、中華思想を元に蛮地へ征き、蛮夷を鎮め、華を護る、という考え方があり、将軍の序列を征、鎮、護の順に上がるように定めており、彭は江より格下だ。
「恐れながら、敵は果敢に攻撃を行い兵数も多く、撃破されてしまいます」
「たわけ! 聞けば敵の兵は三万程、二〇万もの兵がおりながら、何故攻められない」
彭の報告を、江は一刀両断に惰弱だと責めた。
「二〇万の兵が居りますが、川船が足りず一度に運べる兵の数が、一万を切っております。しかし、今川船を用意しており、まもなく進撃を再開できます」
「馬鹿者! 何を悠長な事を言っておるのだ。次の攻撃では我が軍勢の川船を使い四万の軍勢を送り出し、対岸を確保せよ」
「はっ! 直ちに!」
数日後、周軍が同時攻撃を開始した。特にバビロンは川下のウルクからやって来た別働隊の援護の下、渡河を敢行した。
だが、予め撤退を行いもぬけの殻であったため、ほぼ無傷でバビロンを占領できた。
しかし、アッシュールはバビロンとは違い、激しく抵抗した。
「出撃!」
攻撃期日の夜明けと共に江は出撃命令を下した。
大勢の兵が川船、若しくは筏に乗り上陸しようとする。
周軍は、上陸地点まで何ら攻撃を受けず進む。
「ふむ、我らに恐れをなして攻撃してこないようだな。やはり蛮夷には我ら周の力を見せつける。それが一番のようだな」
反撃を受けないことを見た江は、そう思い慢心していた。
「結構な数じゃな」
スコット中将は現れた敵の数を見て、そう感想を漏らした。
しかし、大軍を前に怯むような男では無かった。もとよりここで迎撃する覚悟だった。
このまま退く事も可能だったが、敵に多大な損害を与える機会を見逃すつもりは無かった。
アッシュールはバビロンと違い川下からの進撃が無く、側面攻撃を受ける心配が無いので敵の上陸のみに対処できるため、スコット中将はここでの迎撃を決めており、準備を整えていた。
何の抵抗もなく周軍を上陸させた瞬間、一番無防備になる瞬間を狙って攻撃を開始した。
「撃て!」
塹壕に隠れていた王国軍が銃撃を開始、次々と周兵を倒して行く。
周兵も反撃するが、塹壕に隠れている王国兵を打ち倒せない。
王国軍も周軍も前装式の銃を使っていた。
銃口から火薬と玉を装填する方式だが、弾込めには立ってやらないと装填できない。
その場に伏せたが、銃の装填が出来ず立ち上がろうとした瞬間、撃ち殺される。仰向けになって装填しようとしても上手く行かない。
一方、王国軍は塹壕を構築し装填できる安全な空間を作っていた。
また、各大隊に配備されている大隊砲が至近距離で火を噴き、散弾の雨を降らせる。
砲兵連隊や軍団砲兵も、まだ川にいる部隊に砲撃を行い次々と沈めて行く。
「応戦しろ! 突撃するんだ!」
江は叫んだが、次々と倒れて行く。
「閣下、敵は防御陣地を築いています。突破出来ません」
「突破しろ、あの砦に向かって突撃しろ」
江が指したのは先日突撃して大損害を受けた砦だった。
「ですが、あそこは強固で大損害を出しています」
「だがあそこが戦場の中心だ。あそこを取れば分断できる」
砦は小高い丘の上に立っており、指揮にはうってつけだった。
「攻撃しろ」
「やはり来たか」
再び砦で指揮を執ることになったミード中佐は呟いた。
戦闘開始前に椅子から起き上がり、指揮をしていた。
「総員合図と共に一斉射撃で応戦しろ。バラバラに撃ったのでは威力が半減する。最初は大砲、次は小銃じゃ」
ミードは敵が来るまで待った。鉄条網に引っかかり、足が止まる兵士が増えた。
「撃て!」
スコット中将より先の戦いから配属された二個大隊に更に一個大隊の応援を受けている。四個大隊が守りを固めていた砦から一斉に銃火が放たれた。
有効射程内にいた周の兵士は次々と倒れて行く。
幾度もの突撃を粉砕したが、周の攻撃を押しとどめることは出来ず、砦への接近を許す。
「拙い、連中屍の上を歩いてきよる」
鉄条網の上に倒れた戦友を踏み台にして鉄条網を越えようとしている。いくら防御に有効な鉄条網でも棘を柔らかいもので覆われ、引っかからないようにされては意味が無い。
「総員着剣! 白兵戦用意!」
ミード中佐の命令と共に総員が着剣した。射撃速度維持のため、邪魔な銃剣を付けずにいたが、これ以上は危険だ。
「突け!」
塹壕に突進してきた周の兵士に向けて兵士達が銃剣を突きつける。最初の一波を仕留めたが周の兵士は数が多く、そこら中で白兵戦が展開された。
「おらおら、持ちこたえろ!」
叱咤したのはミード中佐の次男で任官したばかりのローリー・ミード少尉だった。晩婚で生まれた子なのだが、オーガから生まれたかと思うほどの巨体と、闘争心でサーベルを無茶苦茶に振り回して周兵を斬り倒している。
だが単独で支えられるほど大軍の波は容赦が無い。
次々と砦に侵入されてきて周に占拠されると思われたとき、轟音と共に周の兵士達が飛び散った。
「もう少し頭を使わんかい」
愚痴ったのは、大砲を引き連れてやって来たミード中佐だった。
「オヤジそいつは」
「指揮官とよばんか。増援じゃ」
軍団から派遣された大砲部隊の一門だ。
「普通、遠距離から撃たないか」
「普通は五〇〇メル以上離れています」
ローリーの言葉に大砲の指揮官が答えた。
「もっと近くで早く撃つことは出来るか」
「仰せのままに」
オリバーの言葉に大砲の指揮官は応えた。
「前進!」
部下に大砲の車輪を回させて前進させている。そして目に付いた周兵の塊に散弾を発射、いや乱射して掃討している。
「撃ちまくれ」
訓練された砲手なら特に狙いを付けずに撃つなら一二秒で発砲できる。散弾なので狙いを付ける必要は無い。王国軍の兵士には塹壕に留まるよう命じてあるので被害は少ない。
周兵は次々と掃討されて行く。
「早く装填しろ」
「は、はい」
だが前装式のため、大砲の前に出て背中を見せつつ装填するのは結構な恐怖だ。現に周兵の一人が斬りかかってきた。
装填手の背中に生温かい液体が流れてきた。
「大丈夫か」
声を掛けてきたのは、周兵を斬り倒したミード中佐だった。彼が浴びたのは周兵から吹き出た血だった。
「え、ええ」
「では、装填を続けよ」
と言って襲いかかってくる周兵を次々と斬り倒し、装填兵を護っている。とても退役寸前の老軍人には見えない。
その後も大砲を乱射して、周兵を掃討していたが、砦の外周部まで来たとき、車輪が脱輪してしまった。
「発砲できんか」
「やります」
指揮官はそう言ってもう片方の車輪を斧で破壊すると大砲を地面に置いて固定、自身は砲身の上に立って命じた。
「撃て!」
「危険です」
「砲口がぶれて砲弾が上に行ってしまう。やれ」
「えーいっ、こうなりゃやけだ。行きますよ。うらまんでください」
そう言って大砲を発砲した。突入口に殺到していた周兵は掃討された。
その後も乱射を続けて、後続を断ち、砦内の周兵をそうとうした。
「周兵はあらかた片付けたぜ。このまま追い打ちをかけるか」
「指揮官とよばんか、馬鹿息子。無駄な戦はせんで良い。他の軍に任せよ。それと背中に刺さっとるぞ」
「あ、いつの間に。通りでサーベールが振りにくいと思った」
背中に刺さった周軍の銃剣を引っこ抜いてローリーは呟いた。
「しかし潰したいぜ」
その呟きに答えるかのように、周軍を切り刻む部隊がいた。
「抜刀突撃!」
ノエル率いる胸甲騎兵中隊だった。数百キロもある馬の体当たりを受けた周の兵士達は次々と倒され足で踏みつぶされて行く。再度の突撃のために準備をしていた周軍は蹴散らされた。更に、歩兵部隊による掃討作戦が行われ、砦周辺の安全は確保された。
砦の危機は去り、周の勝機は失われた。
「攻撃失敗です」
砦を陥落させることの出来なかった部隊から報告を受けた江は激怒した。
「攻撃を続行せよ」
「他の方面から攻撃を受けています。間もなく敵はこちらにやって来ると思われます」
「迎撃せよ」
そう言っておいて自身は船で岸を離れようとした。
「将軍どちらへ」
「指揮を取るために後方に下がる!」
だが、次の瞬間、大隊砲による攻撃を受け、散弾を身体に浴びた江は肉片となり、戦死した。
指揮系統が乱れた周軍は、混乱し進む船と退く船が交差、大混雑したところへ砲撃が集中し、沈められる船が多数発生し兵が死亡する。
結局、五万近い兵力が戦死、負傷者多数となった。
「拙い、このままでは拙い」
彭は追い込まれた。これまで幾多の失敗を繰り返してきたからだ。今回は江が指揮を執ったこともあり、彼に責任をなすりつければ良い。だが、このまま渡河できずにいるのは拙い
「全軍が乗れるだけの筏を用意しろ。全力で上陸する」
翌日、周軍は総攻撃を行った。事前に一時間ほど砲撃を行った後、上陸を開始。大損害を覚悟で突撃していったが、王国軍は既に撤収した後でもぬけの殻だった。
「やれやれ、遂に撃退できなかったわい」
後方へ向かう最終列車の中でスコット中将は呟いた。敵へ打撃を与えるつもりで戦ったが大軍相手では、これ以上無理だ。
損害も一割近くに達しており、戦闘継続は無理に近い。
攻撃終了後、夕方から部隊を列車に乗せて後送させていた。負傷者を優先し、多く渡してしまったため、一部の部隊は客車や貨車の屋根に乗せて運んでいるくらいだ。
鉄道員達は渋っていたが、緊急事態と言うことで渋々承諾した。
「いえ、ここまで善戦したのです。勝利と言って良いでしょう」
トラクス少将が労いの言葉をかけた。
「いや、負けじゃ。儂らの任務は国境の防衛。敵の侵入を許した時点で失敗と同じじゃ」
「しかし、奮戦したではありませんか」
「当然じゃ、少しでも時間を稼ぐのが儂らの任務だったしの。問題はこれからじゃ。守備位置から撤退するのじゃからの」
「大本営からの命令は?」
「ハルクまでの後退を許可している。その後はそこを死守せよ」
「ハルクですか」
ルビコン川とユーフラテス川の分水嶺近くに建設された町で、ユーフラテス方面への要衝だ。鉄道も設けられており王都からの路線がここでアッシュールとバビロンへ分岐している。
「確かにここからなら、反撃がし易いですね」
「うむ。しかし、奪回できる兵力が集まるかどうかが心配じゃ」
スコット中将は落ち着いた後、同じ列車に乗ったミード中佐に伝えた。
「ああ、ミード中佐。今回の活躍に鑑み准将に昇進させ、旅団を率いて貰う。現在の四個大隊と新たに守備隊を元に編制する六個大隊を元に二個連隊編成し旅団とするのだ。指揮は頼むぞ」
そう言って事例を渡そうとしたがミードは受け取らなかった。
「ぐーっ」
椅子に座ったまま、毛布も身につけず、居眠りをしていた。
スコット中将は呆れた後、昇進したばかりのミード准将に毛布を掛けた。




