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ウルク救援戦

4/18 文字修正

 二個師団による沿岸部の港町ウルクへの救援をスコット中将は計画したが初動に失敗した。

 海上からの上陸作戦で敵軍五万が後方に回り込み、第二十九歩兵師団が既に包囲されてしまったのだ。


「不味いの、遅れてしまったかの」


 周軍は九万近くに膨れあがっている。

 包囲されている第二十九歩兵師団は義勇兵などを合わせても一万五〇〇〇。

 スコット中将率いる部隊は二個歩兵師団を中心に二万四〇〇〇。合計しても四万に足りない。

 しかも敵は渡河により兵力を増している。


「早急に決断しなければなりません」


 トラクス少将が、促した。

 選択肢を出さなかったのが、このまま第二十九歩兵師団を見捨てるという選択肢もあるからだ。純軍事的に見れば、助かる見込みの無い部隊を助ける為に損害を受けるよりも有効活用した方がよい。酷い話しだが、無意味な戦いで戦死する将兵のことを思えば当然の選択だ。

 しかし、その決断は重く、他に影響を及ぼす。故にトラクス少将は言わなかったし、スコット中将もその選択肢の存在とトラクス少将の思慮を読み取り、口にしなかった。


「無論助ける」


 スコット中将は、助けることにした。

 今でも絶対的な兵力が少なく、一万五〇〇〇とはいえ数少ない味方を助け戦力に加えたい。


「となると包囲線を突破しなければなりません。それも早急に」


「そうじゃ、敵はこちらに気が付いて防御を固めつつある」


 内部の敵を包囲するために五万、スコット中将の部隊を迎撃するために四万の兵力が来ている。

 まずはこれを撃破しなければならない。


「少数の兵力で大軍を短時間で破る」


「となると夜戦しか有りませんな。しかし、中隊や大隊が陣地を奪っても意味が」


「それは小さな夜戦じゃな。もっとでっかい夜戦をやるぞ」


「連隊規模ですか。それは」


 前例が無いし、突破するのに十分な規模では無い。


「いや、もっと大きな夜戦じゃ」


「旅団ですか」


「師団規模じゃ」


「!」


 トラクス少将は絶句した。

 夜戦は少数で行う。何故なら、規模が大きくなると指揮官が状況を把握できず、混乱する場合が多いからだ。また、大きくなるとはぐれる部隊が出てくるため、同士討ちの可能性も出てくる。

 そのため中隊から大隊、二〇〇から六〇〇程度の夜襲戦が普通だ。

 故に師団規模、一万前後の攻撃は、近代戦史上行われていない。

 先の戦いも、夜襲では無く黎明の戦いだ。開始時はともかく攻撃と共に明るくなり敵味方の識別が容易になるから行われた。完全な夜中に行われた訳では無い。


「前例がありません」


「前例の前に前例無し、前例が無ければ作れば良い」


 スコット中将は決心した。

 ただ思いついてやった訳では無い。それなりに具体的な方法と勝算があった。

 偵察の結果、敵はいくつかの場所に陣地を構築しそれぞれ守備隊を置いて、迎撃の用意をしている。

 一箇所に配置していないのは、迂回されるのを避けるため。

 満遍なく配置しないのは、包囲線が長すぎるため兵士の密度が低くなり、突破される危険が増すためだろう。


「第九師団は麾下の兵力を持って夜襲をして貰う。各陣地に一個大隊をあて、攻略させる。二個連隊を持って一線目の陣地を攻略、残りの二個連隊が進出し奥の陣地を占領する。その後は、第十九師団が増援に入り鉄道沿線を確保。第二十九師団の撤退を援護する。以上が作戦じゃ」


 スコット中将は幕僚と各級指揮官を集めて説明した。

 指揮しやすい大隊単位で各陣地を攻略し、そこを足がかりにして更に奥の陣地を攻略。確保したら、援軍を送り線路を確保。包囲された部隊を救出する。


「すまんのお。儂の知恵ではこれ以上の作戦は出来ん」


 複数の部隊が別個の目標へ向かって攻撃するが、進路を誤れば同士討ちの可能性も有る。それはスコット中将も理解しており損害が出ると予想していた。

 それでも他の手段より損害が少ないと判断し、スコット中将は命令した。


「分かりました。命令受領いたします」


 第九師団師団長ヒューガー中将は神妙に頷いた。


「それに夜中の行動は慣れております」


 そして不敵に笑って答えた。




 その日の夜、直ちに師団は行動を開始した。

 第一波による攻撃、最初の陣地は、警戒が薄く容易に占領できた。だが、第二波は最初の陣地が攻撃されたのを見て、敵が警戒したため正面攻撃となった。

 それでも、敵の火力が薄い場所めがけて突撃し多大な犠牲を出しながらも陥落させる事に成功。夜が明けると第十九歩兵師団が進出し残った陣地を攻略し線路の安全を確保した。

 列車が次々とウルクへ行き、丸一日かけて、住民を含む二万四〇〇〇人を収容した。


「さて、問題はこれからじゃな」


 勢いよく突入したが、どうやって出ていくかが問題だった。

 敵は二〇万近い兵力。駐屯していた戦力を合わせても三万足らずの戦力が無傷で出ていくことなど無理だ。

 敵はもうすぐ態勢を立て直してこちらを再包囲するだろう。


「通常の作戦を行いますか?」


 三分の一を後衛に残して、残りを脱出させる作戦。残った部隊は確実に全滅する。

 降伏して捕虜になる手もあるが、相手が受け入れるかどうかは賭だ。


「それは避けたいのじゃが」


 タダでさえ少ない兵力を失う訳にはいかない。

 脱出のための時間稼ぎ、出来れば敵に打撃を与えたい。


「せめて線路に近づけさせたくないのじゃが」


 土手を確保したとは言え、敵が人海戦術で攻めてくると厳しい。大砲もいくつか潰したので砲撃の援護は無いハズ。だが人の波の前に少数の兵力など、砂の壁も同然だ。

 その時、鉄道の線路沿いに敷設されたものを見つけた。


「これは」


「ああ、家畜が入らないようにするための装置ですよ。社長が作ったんです。動物との衝突事故が多いのでこれで防ぐようにと配備されています。敷設が簡単なので重宝しています」


 駅員が胸を張って答えた。

 スコット中将に一筋の光が差した。


「おい、これはまだあるか」


「ええ、支線に敷設するために倉庫に大量にありますが」


「直ぐに持ってきてくれ。前線に敷設する」


 翌日、残った第九師団に対して周軍が攻撃を開始した。五万にも達する大軍で力押しする予定だったが、敵まで五〇メルの地点で止まった。


「なんだこれは」


「太い紐に針が付いてやがる」


「斬っちまえ」


「ダメだ。鉄で出来ていて切断できない」


 敷設されていたのは、鉄条網だった。柵で線路を守るには手間がかかるので、敷設が容易な鉄条網は、鉄道によく使われる。製鉄所の生産に余力が出来た事により昭弥が作らせていたが、戦場で役にたった。

 前進しようとした周軍将兵は、次々と鉄条網に絡め取られて動きが取れなくなる。


「撃て」


 そこへ、第九師団の一斉射撃が浴びせられた。接近を防がれた上、一方的な攻撃を受けた周軍は撤退した。その間に次々と脱出する列車が行き、最小限の被害でスコット中将は脱出に成功した。




 ウルクの戦いは、ウルク陥落に終わったが、第二十九師団の救出に成功し戦力の確保に成功。

 今後の戦いを若干だが有利に進める手段を手に入れた。

 また、最後の撤退の前に、川岸において夜襲戦を再度行い、川船の破壊に成功。周の侵攻を遅らせる事が出来た。

 これらの戦いで何より役に立ったのは、鉄道だった。

 通常川船では到底不可能な移動速度で、部隊を移動させ千リーグに及ぶ移動を僅か六日ほどで成功させている。

 周の渡河地点に迅速に移動し打撃を与えることに成功していた。

 また、撤退戦でも川船なら遡上せざるを得ず、時間がかかるのだが、鉄道は関係なく迅速に移動した。

 東方戦線の特徴の一つに鉄道による迅速移動があった。

 渡河のあった地点に迅速に師団を移動して叩くことにより周の攻撃を防いでいた。

 また、周に関しても国境沿いを確保することを目的としており、川から一定以上進出する意志がなかったこともある。しかも、三つの軍はそれぞれ独立しており、互いの連携が取れていなかったこと、あまりにも部隊同士が離れすぎていて相互支援が不可能だったこと、通信網に不備があったことが上げられる。そのため、それぞれの軍が勝手に行動し各個撃破される状況を作り出した。

 さらに、ユーフラテス川周辺の開拓のために鉄道網が伸びていたことも軍隊の迅速輸送を可能としていた。

 しかし、敵は六〇万以上の大軍であり、総兵力が五万を切っている東方軍団は、主導権を維持しつつも劣勢に立たされていた。


「これで防衛を行うというのは困難じゃ」


「はい、兵力を機動的に運用して重要な場所に戦力を集中。敵の頭を抑えて跳ね返すしかありません。具体的には、敵の渡河地点へ迅速に移動。敵の橋頭堡を潰すしか有りません」


「これまでの事を繰り返すんじゃな」


「はい」


 言っているトラクス少将もそれが困難であると言うことは分かっていた。

 しかし、やるしか無かった。


「次の攻撃は何処じゃろうな」


「現実的に考えれば、敵が渡河に成功したウルク周辺でしょう。この橋頭堡を拡大し、オスティア、西への進撃に使うはずです。ですが、その可能性は低いと思います」


「何故じゃ」


「我々がいるからです。ウルク周辺から出撃し留守になった所を、我々が川上から攻撃すれば、分断され包囲される危険があります。海上からの補給もあるでしょうが、不確実な方法に頼り切るとは考えられません」


「では、どうするのだ」


「我々に向かって進撃してくる事が考えられます。この迎撃作戦を行う事はまず確実でしょう。出てこないのなら良し、オスティアへ向かうなら側面攻撃を仕掛けます」


「他の敵はどうだ」


「バビロンとアッシュール周辺の敵は上陸作戦に必要な川船を運ぶあるいは、作るのに時間がもう少しかかると思います。気になるのは、敵の予備軍の存在です。後方にいた部隊が、支流を伝って進出。渡河の援護を行う可能性が有ります」


「他の場所で渡河作戦を行う可能性は」


「ないでしょう。それが一番良いのですが、補給を考えるとバビロン、アッシュール周辺以外で行うと後続の渡河や補給に支障が出て自滅する可能性が高くなります。やはり、この二箇所での渡河を周は考えているハズです」


「一度に渡河しないのは何故じゃ」


「純軍事的には、一度に多くの部隊を動員すると混乱が発生し、機能不全になるのを防ぐため。次に予備戦力を確保して緊急事態に対応するためでしょう」


「軍事以外では?」


「敵の内部で不協和音があり、足を引っ張っている可能性です。互いに牽制し合い連携が取れていない可能性が有ります」


 十分あり得る話しだった。

 周は大国だがそれ故に、多くの派閥が出来ている。彼らの権力争いが激しくて、身動きが取れずにいることが多い。


「何とかそこを突く事はできんじゃろうか」


「沿岸部の敵は渡河に成功しました。ですが他の地点は失敗。功を沿岸部の友軍に独り占めされないよう。動く可能性が」


「川船の用意が調わないといったじゃろう」


「はい、整いません。ですから準備不足で強行する可能性があり、殲滅のチャンスです」


「じゃな」


 二人の意見は一致した。


「敵が動くのは何時じゃ」


「早馬をリレー式に運用していれば一日で五〇〇リーグは進めるはず。早ければバビロンは今日中にウルク陥落の情報が着き、アッシュールへは明日着くはずです。同僚の成功に焦る手、いや気が早い指揮官なら明日辺りにバビロンで上陸作戦を強行するでしょう」


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