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東方戦線

12/21 誤字修正

 ユリアに三国侵攻の報がもたらされた夜の明け方。激しい砲撃音が王国最東端の町アッシュールの周囲に響いた。

 この世界の大砲は鉄の塊を撃ち込むだけの単純なものだが、大口径砲だけで百門以上、小口径を合わせると数百門も集まり一斉砲撃すると、その轟音は辺り一面に広がり、発射光は陽を圧する。

 撃ち出された砲弾は川幅が一リーグはあるユーフラテス川を易々と飛び越え対岸に吸い込まれて行く。

 見る者、聞く者に恐怖あるいは高揚を与え、戦場を土も人も建物も区別無く耕す。

 戦場の女神と名付けられるのも納得する。

 長年にわたり築かれた要塞や防御施設を次々と破壊して行く。

 十数年も周との紛争で彼らを退けてきた城塞が、粘土細工のように壊れて行く


「予想通りでしたね」


 丘の上からその光景を見ていたトラクス少将は、引きつった声を出した。

 東方軍団参謀長として、周の動向を気にしているが、連中が攻撃を仕掛けてくる可能性を低く見積もっていた。


「なに、連中が静かすぎのが怪しかっただけじゃ。アクスムとの紛争でこちらに襲いかかろうとしておったのに、何のちょっかいも出さなくなった。何か企んでいると読んだのよ」


 しわがれても、張りのある声を出したのは、東方軍団軍団長ロバート・スコット中将だった。

 王国軍の中でも最年長の将官であり、一目置かれていた。

 何しろ貴族出身では無く、一兵卒から昇進を続けて将官に上り詰め、中将になった。

 実戦経験を見込まれ長年士官学校を務めた後、比較的大人しく安定していた周の国境を守る東方軍団司令官に任命され現在に至る。

 大将への昇進は年齢的にも、王国の内部事情的にも無理なので退役前の箔付け的な配置だった。

 しかし、実際には周の全面侵攻を真正面から引き受けることになってしまった。


「被害は?」


「施設は見ての通り壊滅でしょう。軍勢は今のところ移動で怪我をした少数だけです」


 敵の攻撃を予測したスコット中将は、夜間の内に移動を命令し撤退を完了していた。

 住民も真っ先に避難させており、今頃は遠くの町に着いているはずだ。

 周の連中は無人の施設に向かって砲撃を繰り広げていた。


「敵が渡河を始めました」


 対岸や支流から大量の船が漕ぎ出し、こちら側に向かって来ている。


「周の侵攻第一波だろう。上陸地点を確保して後続を援護する気だ」


 スコット中将の予想は的中し、敵は上陸地点を確保するとそれ以上は動かず。次の舟艇部隊がやってきた。


「彼らも上陸地点の確保と橋頭堡の拡大を行うだろう。本格的に侵攻する第三波を援護するためにな」


 スコット中将の予測は再度的中し、第二波もあまり動かなかった。ただ反撃が無い事を良い事に一部の兵士が占領地域で略奪を始めている。


「こちらの準備は出来て居るか?」


「はい、既に全隊準備は完了しております」


「宜しい」


「閣下!」


 ショートカットの黒髪をした若い女性士官が敬礼して来た。スコット中将は優しく尋ねた。


「ノエル・スコット大尉、準備は良いか」


「はい! 騎兵部隊、いつでも突撃できます」


「初陣が大戦だが緊張せずに任務を遂行せよ」


「ご配慮ありがとうございます。必ずや戦功を上げて見せます。では!」


 完璧な敬礼を決めると女性士官はきびすを返して愛馬に跨がり、自分の部隊に戻っていった。


「凛々しくなられましたな」


「うむ」


 ノエル・スコット大尉。

 名前から分かるとおり、ロバート・スコット中将の孫娘だ。

 中将の息子でありノエルの父親が戦死したこともあり、士官学校校長をしていた祖父の元で育てられた。祖父の教え子や部下からスコット中将の武勇伝を聞いて育った。

 敵の陣地を夜襲で制圧した。二〇人の兵士だけで町を降伏させた。敵の大将と一騎打ちをして勝った。僅か一〇〇〇の兵で四〇〇〇の敵兵を降伏させた。それらの伝説は一言違わず事実である。

このような話を聞いては、ノエルの祖父への憧れは尊敬と軍人志望となり、自ら門を叩いた。

 孫娘が教え子では問題だと思った軍司令部が、箔付けも兼ねて東方軍団に転出させたが、ノエルは首席で卒業すると直ぐに東方軍団に志願して配属された。

 以来、祖父の部下の指導もあり立派な士官に育っている。


「だが、いくらか不安がある」


「そうでしょうか? ひいき目に見て優秀な士官だと思いますが」


 士官学校で教官をしていたトラクス少将が答えた。スコットの教え子でもある彼は戦術教官として優秀で多くの士官を育ててきて、その活躍も見ている。


「いや、まだ知らないことがある」


「何でしょう?」


「実戦だ。何が起こるか分からないのが実戦だ。それと敵のことだ。これまで大した戦いが無かったからな」


「ご心配ですか?」


「ああ、なんで軍人になってしまったんだ」


 孫娘が可愛くて仕方ないスコット中将だ。幼女の頃は孫にせがまれて武勇伝を話した。働いているところが見たいと士官学校の校長室に座らせたり、講義の時、教室の片隅で聞かせたこともある。

 部下や教え子を自宅に招いたときは散々自慢し、部下達もスコット中将の話を幾度も話し、相手、剣術や乗馬の指導もした。

 これで軍人にならない方が不思議だ。

 内心、軍人になって欲しくなかったが、父親の後を次ぐという決心もあってか、何より孫娘のお願いを断れない祖父であるスコット中将にやめろとは言えなかった。

 部下に軍人にしないようにお願いしたが、皆の前でノエルが軍人になりたいと宣言し祖父であるスコット中将が認めたら無意味だ。

 おまけに優秀で、成績も良く、非の打ち所が無いためそのまま士官に任命された。


「何より、おじいちゃんと呼んでくれない」


 拗ねたようにスコット中将は話した。

 軍務中は公私のケジメを付けるため、ノエルは普段使う「おじいちゃん」とは絶対に言わない。褒めるべき態度だったが、スコット中将には不満だ。

 生まれ故郷の幼なじみ達は、皆「おじいちゃん」と呼んで貰っているのに。


「閣下、敵の第三波が渡河を開始しました」


 心を痛めつつも付き合いきれないとトラクス中将が状況を報告した。

 スコット中将も好々爺から軍人に切り替わり、指示を出した。


「合図と共に砲撃開始じゃ」


「はい」


 やがて第三波が川を渡りきり、船が接岸した。


「砲撃開始!」


 丘の麓に待機していた砲兵部隊の内、一中隊六門が砲撃を開始した。砲弾は上陸地点を貫く様にほぼ一直線に並んだ。


「三番と四番の間に捕らえたな。四番の諸元を元に敵部隊の奥側から少しずつ距離を短くして砲撃」


 砲撃した六門は、一〇〇メルずつ弾着点をずらしている。砲撃が着弾した場所を見て敵までの距離を測ることが出来る寸法だ。

 士官学校校長時代にスコットが考え出した方法だ。

 すぐさま脇にいた旗手が旗を振る。振り方と回数で、麓の砲兵部隊に修正値を伝える。

 それを見た砲兵部隊は全ての大砲の諸元を、それに合わせる。


「準備完了」


「一斉射始め!」


 後方に待機してた軍団砲兵指揮下にある数十門が一斉に火を噴き、スコット中将の上を通り過ぎて上陸地点に向かって行く。

 はじめは川の中に弾着し数隻の舟艇を沈めただけだったが、徐々に上陸地点に近づいて行き、接岸中の舟艇群の真ん中に着弾し破壊して行く。あらかた破壊し終えた後、上陸部隊に雨のように砲弾が降り注いだ。

 当然上陸部隊は大損害を受けていた。

 だが、撤退はしない。確保が命令であり逃亡すれば処刑もあり得る。

 何より船が破壊されたため、逃げることが出来ない。破れかぶれで敵は前進を始めた。


「弾着点を修正。手前側に落とせ」


 砲撃を継続して打ちまくる。

 敵の陣形が乱れたのを確認したスコット中将は、止めを命じた。


「第九歩兵師団、直ちに突撃せよ」


 陸の後ろ側にいた歩兵師団が、稜線を越えて突撃を開始した。陣形の乱れた周の部隊は対応できず次々と撃ち倒されて行く。


「もう良かろう。撤退命令を」


 撤退の信号弾が上げられ、歩兵師団は戦闘をやめ撤退を開始した。周の部隊は追撃しようと追いかけ始めるが、そこへ軍団直轄の騎兵部隊が突撃してきた。


「突撃!」


 ノエル・スコット大尉が先頭を切って突撃して行く。無茶はするなと言っていたのにとスコット中将は悔やんでいるが、彼女は勇敢に突撃し、後続の騎兵と共に周の部隊を文字通り蹴散らした。

 一回の突撃を終えた後、騎兵達はきびすを返すこと無く撤退していった。

 後に残ったのは無数の周の兵士の死体だけだった。


「何とか、今回は撃退できたな」


 その戦果にスコット中将は満足した。

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