第三回王国総力戦指導会議
アクスムから勝利をもぎ取った後、ラザフォードは専用列車で王都に帰還した。
そしてその足で総力戦会議の議場にやって来た。
「まずは、勝利おめでとうございます」
昭弥が淡々とラザフォードに祝辞を述べた。
「勝利が嬉しくないようですね」
「勝利は嬉しいんですが、勝利の仕方に不満が」
「勝ち方が問題だと」
「アクスムを降伏させましたね」
「後顧の憂いを絶つためにね」
「占領統治にどれくらいの兵力が必要になります?」
「あ」
昭弥に尋ねられて、ラザフォードはようやく気がついた。
「済まない、敵が反抗しないように考えが向いてしまった」
確かにアクスムは王国の長年の敵でありいずれ滅ぼさなければならない。
敵がほぼ全軍を進撃させていたと言うこともあり、首都を制圧できる最高の好機であり、見逃したくなかった。
だが、物事には時期というものがある。
どんなに素晴らしいことでも、時期が悪いと周囲に迷惑をかける。
現在、王国は周と戦争をしている。彼らの動きは悪いが、大兵力である事に変わりは無く、全力で対処する必要がある。
だが、アクスムが降伏してしまい、アクスムの領土を維持管理する必要が出てきてしまった。そのための兵力が必要になる。
その分、周へ充てる兵力が減るのだ。
「とりあえず完全武装の一個軍団が駐留し南部の沿岸防衛の一個軍団が予備兵力として待機している」
「それと王都にいる集結中の部隊ですか」
現在、王国軍は地方で編成された義勇軍を一旦王都に集結させて、各戦域に送り出すようにしている。
部隊の編成や装備の状態が分からないし、予備の物資が保管されていて直ぐに支給できるのは王都だからだ。
何より鉄道網が王都を中心に作られているから他の地域で振り分けるより楽だ。
それに集中管理できるので、労力的には最小限で済んでいる。
「周への派遣と、アクスムへの予備。この比率をどう維持するかが、今後の課題ですね。あと配備中の軍団への補給もありますから、使える列車の本数が少なくなります」
「確かに問題だったな」
ラザフォードはそのことも素直に認めた。
「では、それを含めて考えましょう」
女王ユリアが会議の開始を宣言し、一同は席に着いた。
「我々は周を残して他の敵を滅ぼすことに成功しました。最大の問題は周との戦争をどう終わらせるかです」
ユリアの言ったことは正しい。
戦争を始めるのは簡単だ。火種のあるところを風で煽れば良い。だが、燃えやすい分消すのは難しい。
「その前に質問なのですが、周をアクスムのように倒すことは出来ますか?」
昭弥はラザフォードに率直に尋ねた。
「……不可能ではないが、時間がかかる」
「あと二ヶ月で出来ますか?」
「無理だね、鉄道を延伸できない限り、周の首都を占領することは出来ない。千リーグを一月で延伸するのは可能か」
「どんなに頑張っても二リーグを一日です。しかも最良の条件で」
平地で地盤が固ければ、枕木を置いてレールを奥だけで通せるだろう。だが、列車の重量に制限が出る。何より平地ばかりではない。川があれば橋を作らなければならず、時間がかかる。沼があれば迂回するか、地盤を固めなければならない。
そして周の領土に関する情報は殆ど無い。これでは建設など不可能。泥縄式に建設して短期間稼働したあと破綻する可能性が高い。
「では、常識的な方法を採るしかないね」
「常識的な方法?」
「敵の主力に打撃を与えて、それを材料に外交交渉。適当な条件を設けて講和する」
ラザフォードの答えは、適切だった。
戦争は政治の延長線上であり、交渉手段だ。相手を攻め滅ぼすためのものでは無く、自分の利益を確保するための道具だ。
故に敵を滅ぼしても自分の損害が大きければ無意味だ。
「まあ、その前に外交交渉を行いましょう。敵も味方が少なくなっていて戦いを納めたいと思っている事でしょうし。しかし、敵が頷くとは限らないので決戦準備は行います」
「何処で決戦を?」
「アッシュール周辺でしょう。鉄道が通じていますし、エフタルとの連絡を絶つことが出来ます。第二の場所としてバビロン。ここも鉄道が通じており、決戦が可能です」
「沿岸部は?」
「確かに線路がありますが、敵の上陸作戦に弱いです。もし敵が上陸してくれば線路を分断され、孤立します。装甲列車と列車砲で、鉄道輸送により撃退できるでしょうが時間がかかりその間、鉄道の運行は無理でしょう」
ラザフォード伯爵の意見は正しかった。
先ほどの南方戦線では上陸作戦で線路を絶たれて、補給が滞った。
予想されていたことであり、補給も対応策も用意していたが、千リーグもの長距離では無意味だ。
「だから上陸作戦が行えない内陸部で」
「はい」
昭弥の問いにラザフォードは頷いた。
「分かりました。ではアッシュールへの鉄道を最優先で用意しましょう。準備が出来るようならバビロンへも」
「お願いします」
これで王国の方針は決定した。アッシュール周辺の敵を撃破し、これを持って講和の材料にする。
「しかし、沿岸部に線路を敷くのでは無く、内陸部に敷いて貰いたいですね」
ハレック上級大将が口を挟んだ。補給担当の彼にとっては、敵に補給活動を妨害されるのが、苛立たしいようだ。
それは昭弥にも分かる。折角作ったダイヤを乱されると困る。だが
「沿岸部の方が人口が多いんですよ」
ルテティアは大陸国家だが、沿岸部では漁が出来たり、塩の生産が出来るため人口が多い。また川の河口に近く農業がし易いので必然的に人が集まる。
昭弥が鉄道を通した理由もそこだった。
「しかし、こう敵の妨害に遭いますと戦争の時不便です」
「鉄道は平和利用が主なので、戦争の時を考えて敷設するのも難しいのです」
日本でも鉄道建設の時、軍部が沿岸部に鉄道を作るのは艦砲射撃や上陸作戦により破壊されると言って、内陸部に作るように圧力をかけてきていた。
そのため、下手をしたら東海道本線ではなく中央本線が日本の大動脈になっていた可能性がある。
だが、内陸部は山がちで建設が困難だったため、東海道に変更された経緯がある。
「なるべく国中に満遍なく鉄道網を整備するので、支線を利用するなどして戦争に備えますよ」
「お願いしますよ」
「しかし、今は建設された鉄道を使って行動して下さい」
「それは勿論」
鉄道の建設には時間がかかる。
今有る線路を使って、敵を撃滅するしかない。
「問題なのは時間だね」
ラザフォード伯爵が口を挟んだ。
「はい、勝てそうですか」
「兵力上は勝てる。何しろ指揮下にいる兵力だけで四〇万近い」
「他にも編成、訓練の終了した部隊が合計一〇万、編成中は二〇万います。さらに訓練中も三〇万を超します」
ラザフォードに続いてハレックも答えた。
「多いですね」
昭弥は素直に驚いた
「元から自警団が多かったのと、北方の反乱軍の内、投稿した兵士を中心とする部隊を作っていますから。これぐらいの人数になります」
「それだけいれば勝てるね。二箇所同時に攻撃しても勝てそうだ」
「ええ、ですが問題も出ています」
ラザフォードの自信に満ちた声に昭弥が申し訳なさそうに言った。
「どういう事だね」
「ルビコン川の向こうへの輸送能力が低いのです。ルビコン川を渡る橋がないので。一旦船に乗せたり、載せ替えるなどの必要があります」
「それは困ったね」
「それと路線にも問題があります」
「なんだい?」
「鉄道は王都を中心に作っています。全ての路線が王都に集中するような形になっています」
「つまり」
「各地から集まる物資量を、一箇所の戦地に送る物資量が著しく偏っていて、王都に列車が集中しやすくなっています」
分配に関しては王都に集まった方が楽なのだが、王国中から物資が集まり送り出すルートが制限されるため、王都に物資が溜まりやすい。そのため、一部の物資に関しては、腐らせてしまったりなど、弊害も出ている。
「つまり戦地への移動に時間がかかると」
「はい、アッシュールとバビロンにも問題があります。二つは途中まで一本の本線を使います。その後、中間地点のハルクで枝分かれします。なのでこの二箇所に同時に運ぼうとすると輸送量が半分になります」
「それは少し困るな。沿岸部は?」
「上陸作戦で寸断される危険が」
「ふむ」
ラザフォードは考え込んだ。
「よし、沿岸部に二個軍団を送りだそう。これは囮だ。一個軍団で守備を行い一個軍団が前進してウルクを牽制する。残りは、アッシュールを目指す。ここを占領し周の国境地帯を確保すればエフタルへの連絡路を遮断できる」
「その方針で行きましょう」
「それで東方戦線はどうですか?」
ラザフォードは、全員に尋ねた。
「変化なしですね」
代表してハレックが答えた。
「では、我が主力がハルクにいると」
「ええ、機動戦の後、ハルクまで後退。敵は川を渡河して占領地の拡張を続けています」




