強行軍
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「上陸部隊壊滅だと……」
報告を受けたウルフは、絶句した。
「ドラッヘはどうした?」
「脱出援護の為に最後まで残り、以降は不明です」
「……そうか」
三〇万近い王国軍を壊滅させるために補給線である鉄道を遮断するのが、今回の作戦の目的だった。
そのために上陸軍五万を編成して送り出したが壊滅してしまった。
「万全の体制で援護するのでは無かったのですか?」
ウルフはマラーターの軍人マンスールを睨んだ。
「事前情報では、沿岸砲台が無い場所と聞いていた。阻害する可能性が有ったのは海軍だけでそれらを排除するのが我々の役目だ。むしろ陸上からの攻撃は貴方方が対処するべき問題だ。我々に責任は無い」
「五万の味方を見捨ててか!」
ウルフの部下が激昂して詰め寄った。
「沿岸砲台相手に軍艦が敵うか! 陸者が!」
「一寸の妨害で味方を見捨てる臆病者!」
「やめないか!」
自分が切っ掛けを作ったとは言え、これ以上の罵り合いをウルフは望んでいなかった。
「幸い、戦線が切断された訳では無い。こちらの補給は十全であり、暫く対陣できる。それに同盟国の周がまだ残っている。ここは王国軍を釘付けにして、彼らに進撃して貰い状況の変化を待つ」
消極的な作戦だったが、取れる手段が他に無いのもまた事実だ。本国に退却するという手段もあるがそれでは王国軍が周の侵攻に対抗するために移動してしまう。
ならばここで王国軍を釘付けにしようというのがウルフの考えだった。
だが、その状況はあっという間に崩された。
「チェニスより報告です! 王国軍が北東方向より進撃を開始しました! その数、十数万!」
「何だと! 五万の規模じゃ無かったのか!」
「急に増強されたようです。王国軍は破竹の進撃でチェニスに向かっています」
「嵌めたつもりが嵌められたのか……」
「どういう事です」
ウルフの呟きに部下が尋ねてきた。
「我々が上陸作戦を行う事は想定済みだったんだ。何度もやってきたからな。だから連中はあえてやらせたんだ。俺たちの兵力と船を拘束するために」
船は海を自由に動けるが出港までに準備することが山ほど有る。積み荷が大量にあるなら尚更だ。また、風任せのため目的地に向かうには時間がかかる。
蒸気船は実用化されているが、外洋を航行できるほど性能は良くない。
一度船を出したら、次の作戦を行うのに時間がかかるのだ。
「そうして俺たちを拘束しておいて別方向から攻勢を掛けたんだ」
だから上陸作戦失敗と同時に攻勢を掛けてきた。上陸作戦を成功させて王国軍の主力を包囲殲滅されては元も子もない。上陸軍を壊滅させて安全を確保してから攻勢を掛けてきた。間伐入れずに攻撃を仕掛けてきたのは船だと次の作戦までに準備時間がかかるからだ。
船が戻ってくるまでに、敵は我々アクスム軍を壊滅させるつもりだ。
それにしても何という移動速度だ。これが鉄道というものか。
「撤退する」
ウルフは命じた。
「敵がこちらで攻勢に出る前に撤退する」
「ここまで来てですか」
「例え目の前の王国軍を殲滅し、オスティアを攻略出来ても、チェニスから本国を攻められ我々の国は滅びるだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。直ちに撤退する」
その時、東側から砲撃音が響いた。
「敵が攻勢を開始しました。猛烈な砲撃です」
確かに今までよりも大きな砲撃音が響いている。
「船団を砲撃した大砲か」
ウルフはこれまでの情報から判断し正解を得た。
「直ちに撤退する。殿は」
「では私が」
部下の一人が立候補した。
「よし、陣地に籠もって撤退を援護してくれ。後方に新たな陣地を作るからそれが出来るまでの辛抱だ。殿は一〇万。これを二つの部隊に分けて交代で陣を作り防戦しもう一方の部隊を撤退させる。残りの部隊は全速力でチェニスに向かって撤退する。かかれ」
「はい!」
ウルフとしては自分が残りたかったが、二〇万にも及ぶ部隊を率い更に彼らのための物資の手配、チェニス周辺で行われるであろう決戦の準備などやる事が多々あった。
なので、ここに残る訳にはいかなかった。
「移動はどうだ?」
アデーレはガブリエルに尋ねた。
「順調です。大隊単位で列車に乗っているので集結に時間がかかるでしょう」
「一個旅団二個連隊八個大隊。一個大隊につき列車一本。他にも支援部隊の為に必要で結果十本の列車が必要となり到着に時間がかかるか。いや、旅団の移動は大変だ」
「まったくです旅団長」
先日の戦闘の功績でアデーレは准将へ昇進し新設された第二八歩兵旅団の旅団長に就任した。
拡大する軍の部隊を統べる人材が少ないので、才能のありそうな人材を昇進させて任務に就けている。
「見落としのないように頼むぞ」
「はい、旅団長」
ガブリエルも昇進し中佐として旅団の参謀長に任命された。
軍歴は少ないが農協の青年部長として王都へ行き各地の農協の青年部長と会った経歴を買われてのことだ。今回の戦争では農民出身の義勇軍が多く、中でも青年部が多い。役職付の人物がそのまま部隊長になっていることもあり、彼らとの円滑な報告や指示が行う事を見越してのことだ。
実際、ガブリエルの知り合いは多く、彼を通して報告や指示が行われ旅団運営は上手くいっている。
ちなみにクリスタとテオドールもそれぞれ大佐に昇進し、旅団指揮下の二個歩兵連隊をそれぞれ指揮している。
二人に階級を抜かれているのは面白くないが、彼女たちは士官学校出の正規教育を受けているから昇進が早い、と言い聞かせ納得していた。
「しかし、よく動きますね我々の軍は」
「移動するのが仕事だからな」
ガブリエルの言葉にアデーレは応えた
「けど歩兵は歩く兵でしょう。全然歩いていませんね。列車での移動が主で。このところずっと鉄道での移動ですよ」
「そうだな」
ガブリエルが言うとおり、歩兵は歩くのが仕事だ。なのでカンザスでの訓練は主に行軍、疲れにくい歩き方を教えることが主だった。装備もなるべく軽くなるように、規則違反だが有用な方法を伝授した。
農民なので遠くへ歩く事に慣れているが、疲労は軽い方が良い。
戦場から戦場へ歩いて移動するのが歩兵であり、歩くのが仕事だ。歩いて歩いて歩いて、食事をして寝てまた歩く。そして時たま戦闘。
だが今は鉄道で一日で数百リーグ移動する。歩きの十倍以上の速度だ。
また会戦の頻度が多い。数日前に北方で会戦を行ったと思ったら、つい昨日沿岸部で会戦。そして今、新たな戦場へ向かおうとしている。
今度は南西戦線。最初に投入される予定だった戦場だ。
上陸作戦の行えない内陸部を進み、アクスム本国を落とす。そのための増援部隊としてアデーレらの部隊は向かっている。既に王都を通過して、チェニスに向かって全速力で移動中だ。
彼女らの部隊が選ばれたのは、ユーエルが何かにつけてアデーレとくっつこうとするので、見るに見かねたラザフォードが南西戦線へアデーレを転属させたのだ。
ユーエルは、少しむくれたが、チェニスで合流予定であり、そこで会える。南方で大きな手柄を立てれば、褒めて貰えるだろう、と言って宥めた。
それどころかユーエルは俄然やる気になり、迅速にチェニスに向かって猛進撃を行っている。
「あー、気が重いよ」
アデーレは頭を抑えながら言った。
その時、列車が停止した。
「どうしたんだい?」
止まった駅の係員にガブリエルは尋ねた。
「ここで運転停止です。この先をアクスム軍に破壊されて復旧作業が終わっていません」
「ここからどうするんだ?」
「ここから先は最低限の装備のみでチェニスに向かって下さい」
「重装備はどうなるんだ?」
「復旧は迅速に進めています。復旧次第、重装備を載せた列車を走らせますから、受け取って下さい」
「敵に遭遇したらどうするんだ」
「適宜対処して下さい」
「適宜って……」
ガブリエルは唖然とした。
「しゃあないな。よし、小銃と弾薬百発に携行食糧と水筒。それだけ持って前進だ。補給馬車には最大限の食料を載せて前進させろ。給食馬車は各大隊に二個だけ、食料のみ載せろ」
「そんな軽装備で良いんですか?」
「アクスムの連中は身体能力が高くて大砲とかの装備を使用することは少ない。小銃で十分対応できる。はぐれなければな」
「本当ですか? 力比べでは負けますよ」
ガブリエルが半信半疑で尋ねた。
「確かに一対一なら負ける。十対十でも負けるだろう。だが、あたし達は訓練され組織化された軍隊だ。百対百ならあたし達が勝つ」
「本当ですか」
ガブリエルはまだ、半信半疑だ。
「いいから、今言った準備をさせろ。最低限の装備を担がせてチェニスに向かってダッシュだ」
「三〇〇リーグありますよ」
「強行軍、小休止のみで寝ずに進めば三日で行けるな」
「マジですか……」
こともなげに無茶を言うアデーレにガブリエルは絶句した。
「馬の食料はどうするんです」
馬は人間以上に飼い葉を食べる。そして足りないと直ぐに足が遅くなる。
「動けなくなったらその場で捌いて食事にする。燃料は曳いていた馬車をばらして調達する」
「そんな」
農耕で馬をよく使うガブリエルは絶句した。彼らを家族のように思っているので殺して食べるという行為に嫌悪感がある。
「そうでもしなけりゃ、時間が足りない。食えるだけでも有り難いと思え」
「うわあ」
「さあ、進撃するよ。先にチェニスに入った方が勝ちだ」
「地獄の徒歩移動だ」
「死んで本物の地獄に行くよりマシだ」
ウンザリした気分のガブリエルにアデーレが答えた。
「こっからが歩兵本来の任務で仕事だ。鉄道が後ろから付いてきてくれるが、直ぐ来てくれるとは限らない。歩いて歩いて歩くよ」
アデーレの言っていることは無茶苦茶だったが、事実だった。
アクスム軍本隊がチェニスに先に入れば彼らは本国に帰投できる。
一方、王国軍が先に入れば退路を断ち、包囲殲滅の機会が与えられる。
「さあ、遮二無二に進みな!」
アデーレの叱咤が、彼女の部隊を先に先に進めた。
アクスム軍の撤退は各地に残した上陸地点にある物資を使って簡単に移動できたが、同時に凶報ももたらされた。
残った五万の部隊が王国軍の総攻撃に遭い陥落した。
王国軍は、オスティアから艦載砲を鉄道で陸送して据え付け、陣地を攻撃。大口径砲の一斉射撃を受けては、障害物は全て簡単に破壊され無人の野を蹂躙するが如く進んできたとのことだ。
更に陣地構築中の部隊も王国軍に捕捉され、壊滅した。
「なんてことだ」
だが、彼らの献身により本隊二〇万は王国軍と距離を取ることが出来てチェニスまでの撤退を成功させた。
また、鉄道を破壊しながら進んだため、補給に制限を受けた王国軍の移動も遅くなったという事が上げられる。
だが、工兵を中心として彼らは線路を急速に復旧させ、前進を続けてきたため、進撃速度が速くなってきている。何より、王都からやって来る王国軍がチェニスに異常な速度で迫ってきていた。




