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モンロー会戦 後編

12/17 誤字修正

「敵が逃げていきます!」


「よし、線路上に出てきた奴は排除できたな。ジャン、前進するぞ。もっと石炭をくべろ」


「はい!」


 ジャンは言われた通り、石炭を釜にくべた。

 配属先は装甲列車の機関車、その機関助手だ。配属先の中でも一、二を争う過酷さだった配属先で必死に石炭をくべている。

<フォルチツード>

 帝国の古語で勇敢と名付けられた装甲列車は、先の襲撃後鉄道の自衛のために昭弥が製造を命令した第一号だ。基本的には、イリノイで作った走行列車と殆ど変わらないが、防御力を増し、兵隊の収容スペースを広げた。さらに最新のD5型機関車を使い出力を上げている。


「最新型じゃ無いのかよ」


 自動給炭装置付の新型機関車にボイラー用の鉄板を張った奴なのだが、常に石炭をくべている。


「大重量の列車だからな。蒸気が多く欲しいから常に最大火力が必要で投炭する必要がある」


 自動給炭装置は、次々と石炭を入れていくが、細かい調整までは出来ない。石炭は窯の両側に壁のように入れていく必要があるが、奥には届きにくい。そこは人力で投炭する必要があるのだ。

 その火力を生み出す役目を負っているのはジャンだ。

 今、この機関車は自身の装甲の他に、同じく装甲を張った車両を引いている。非常に重いので、動かすには最大火力で挑まなければ動かない。


「水位計も確認しろ。減っているぞ」


「はい」


 蒸気を作れば、水も減る。給水も疎かに出来ない。

 何よりキツいのは、運転室内が熱いことだ。

 装甲で開口部を封鎖しているため、熱が籠もりやすい。運転室は釜からの熱が強烈で通常の運転でさえ失神する奴もいる。だが、今は開口部が無いので更に酷い。


「!」


 突然、運転室に甲高い音が響いた。ボイラーの空だきを防ぐための安全弁が作動したのか。だが、水位計は安全な範囲にある。蒸気圧も減っていない。


「敵の反撃だな。銃弾が鉄板に当たったんだ。その音だ」


 運転室内に響いた音は、銃弾を弾いた音が中に響いたのだ。


「貫通していない。飛び込んでこないから安心しろ」


だがその後も、何発も銃弾が命中し不気味な音を立てる。

 逃げ出したい気分になり外を伺うと、貨車から兵隊が一人出ていくのが見えた。恐怖に耐えかねて出ていったのだ。

 自分も続こうと思った時、その脱走兵は腹を敵兵に撃ち抜かれた。


「……」


 中なら銃弾が来ないので安全だが、外に出れば蜂の巣だ。

 そのことが分かっていても、自分が攻撃されていると言う恐怖、もしかしたら貫通するのでは無いかという恐怖で、外に飛び出ようとする兵士は現代の戦車でも出てくる。

 誰にでも起こりえる症状なのだが、死に至る愚かな行為だ。

 ジャンはその様子を見て逃げる気を失い。ひたすら投炭を続けた。

 だが直ぐに中断された。


「ジャン! 外に出てレールを確認してこい」


「え!」


「連中が破壊したかも知れない。保線員やっていただろう。線路の状態が分かるはずだ。壊れていたら補修してこい」


「しかし」


「このままここで銃撃しても長引くだけだ。前進するしかない。前進してもレールが壊れていたら脱線転覆だ。壊れていないか見てこい。大丈夫、援護するし護衛は付ける」


「は、はい」


 言われるがままにジャンは外に出て行った。

 銃弾が時折、かすめる。ジャンは思わず地面に伏せた。

 あまり当たらないと教えられているが、怖い。

 だが、直ぐに護衛の歩兵隊がやって来て壁を作り撃ち返した。


「早く!」


 指揮官がジャンを促した。ジャンは彼らの影に隠れて線路を確認する。

 レールに異常なし犬釘もきちんと打たれている。外れている物は無い。レールとレールの間の幅も問題無いように見える。


「大丈夫です」


 大声で安全だといった瞬間、壁になっていた歩兵の一人が撃たれて倒れた。


「動かすぞ! 直ぐに戻ってこい!」


 機関士の声を聞いてジャンは大急ぎで戻った。何時自分が、さっきの歩兵のようになるか分からないからだ。


「さあ、前進させるぞ」


「はい!」


 この後、装甲列車は前進し、敵から線路を奪回した。




 装甲列車に対抗できず線路から退却するようにドラッヘは命じた。海岸まで下げて反撃の機会を伺うが、敵は鉄の鎧を着込んでおりはじき返されるばかりだ。

 さらに、後方から続々と王国の歩兵がやってきて周りに展開し始めており、膠着状態に陥りつつある。


「大砲さえ有れば」


 身軽に上陸した先発隊のため、重装備はまだ沖合だ。軍艦から砲撃を加えて貰おうにも沖合からだと味方の頭上を砲弾が飛ぶことになり危険だ。

 そのとき、もう一つの列車が滑り込んできた。


「今度は何だ」


 その列車は何両かが上に箱を載せていた。その箱はゆっくりと旋回して沖合に向く。

 そして、先端の扉を開けて、大砲の砲身を出して沖合に停泊する船に一六リブラ砲による砲撃を始めた。

 命中したのはフィルスという徴用商船だ。薄い隔壁しか持っていないため、砲弾は船体を貫通して、反対側に飛び出てしまった。

 だが、それは非常に幸運なことだった。

 不幸だったのは上陸支援に接近していた軍艦アルタイルだ。防御のために厚い隔壁を装備していたが、巨大な一六リブラ砲弾がぶつかった瞬間、内側の隔壁が衝撃で裂け、巨大な木片が内部の水兵達に襲いかかった。砲弾の運動エネルギーがそのまま伝わった木片は鋭い裂け口もあり、水兵達を切り刻み、突き刺して行く。

 幸運にも大きな破片を避けたとしても無数の小さな破片が、雨あられと降り注ぎ身体にハリネズミのように突き刺さる。

 アルタイルを含む軍艦は反撃しようとしたが、中止した。

 一般的に海上の軍艦が陸上の砲台と戦闘をするのは、自殺行為と言われている。

 何故なら、海上は波や風により船を常に揺らすため艦載砲の命中率が非常に悪い。更に相手は小さく命中する確率は低い。何十門も大砲を載せた戦列艦でも難敵の上、有効射程に入れようと浜に近づくと座礁の危険もある。

 一方、陸上の砲台は揺れぬ大地の上でじっくり狙いを定めることが出来る。

 しかも、用意したのは大口径砲装備の列車砲。

 オスティアの海軍工廠で新造艦に搭載予定の一六リブラ砲をクレーン用の旋回台にのせ、レールの上を前後に移動できるようにしてある。前方には装填作業用の作業台を装備し、万が一、敵に囲まれても撃てるよう鉄板で防御している

 やって来た列車砲は八門のみだが、たった二門の陸上砲台が二隻の二四門搭載のフリゲート艦を撃退した例もある。

 しかも二百隻の船団の大半は貨物船。

 足を止めているので、揺れは無くじっくりと狙える。

 船団は列車砲八門の獲物となった。

 容赦なく浴びせられる砲撃を受けて、船団は一つの決断をした。


「俺たちを置いて逃げるのか!」


 船団は一斉に帆を張って、沖合に退避を始めた。敵の攻撃圏内に入るのは危険であり、離脱は正しい。だが、上陸中の部隊を置き去りにしたままだ。

 ドラッヘは、自ら飛んで船に戻ることが出来るが、飛べない部下もいる。彼らを見捨てるべきか。

 ドラッヘは決断した。


「飛べる者は船団に戻り離脱しろ! 残りは俺の元に集結しろ! 王国軍本隊に強襲をかける!」


「無謀です」


「無謀なものか! 敵は本隊と対峙している。後方を突けば打ち破れる可能性がある。出来なくとも連中の物資を奪い鉄道を遮断することは出来る」


 希望的観測というより願望の強い状況分析に基づく命令だったが、これ以外にとれる方法が無いのも事実だ。

 降伏したところで、奴隷にされるのがオチだ。


「敵の陣地に向かって突撃する。一部はオスティア方面に移動して敵の展開を牽制!」


「敵の列車が迫ってきますよ」


「線路を壊すなり、岩を置くなりして妨害するんだ。続け」


 そう言うとドラッヘは自ら先頭に立って、列車の前にある線路に向かった。途中から翼を使って飛翔し列車が来る前に線路を抑えようとしている。

 彼に続いて他の龍人族や鷹人族の部下も続く。


「まったく、命令違反者が多い」


 飛翔して逃げろと言ったのに、どうして付いてくるのか。

 だが、有り難い。線路に着いた彼らは、近くの岩を置いたり、杭を使って線路を曲げたりするなどの破壊工作を始めた。

 気が付いた列車も前進してきて彼らを排除しようとする。


「もう良いぞ! 妨害工作の隊を残してあとは次の場所を破壊しろ」


「閣下は」


「時間を稼ぐ」


 そう言うなり線路の上をドラッヘは駆け抜け、装甲列車に向かった。

 先頭車から銃撃を受けるが、銃眼の数は少ないし装填間隔が長いため当たらない。


「はあああああっ!」


 そのまま列車の先頭にあるレールを積んだ貨車にぶつかり、がっぷりと組んだ。

 押さえつけようとしたが、機関車の勢いが強く止まらない。が、徐々に遅くなった。


「逃げんか! バカモン!」


「閣下を置いて逃げるのは趣味じゃ有りません」


 複数の部下が、やって来て力一杯、列車を押す。複数の獣人が力一杯押し、装甲列車を止めた。だが一瞬でしか無かった。機関車が蒸気圧を上げて再び動き出した。さらに動かなくなった獣人達に向かって、銃撃を浴びせ一人、また一人と倒れて行く。

 装甲列車がゆっくりと前進して行く、それでもドラッヘは踏みとどまった、銃撃で肩に弾を喰らったがそれでも離れない。

 装甲列車の後ろから追随してきた貨物列車から歩兵部隊が前進してきて、銃撃を浴びせようやく倒れた。


「ぐおおお」


 身体に複数の銃弾を受けて、ドラッヘは線路上に倒れそのまま装甲列車に轢かれて絶命した。

 しかし、彼の行動は無駄では無く、列車に絡みついた遺体の処理に時間がかかり、装甲列車の前進を阻み、その功績は評価されている。

 ちなみにこの世界での史上最初の鉄道による人身死亡事故者としても名が残った。




「全部隊前進せよ!」


 ユーエル率いる部隊が前進を開始し、アクスム軍を攻撃し始めた。

 貨物列車を複数編成後続させ、一個師団分の兵力を送り込んできた。

 この辺りの地形に詳しく、迅速に部隊を移動させる事が出来るだろうというラドフォードの考えから、彼女が指揮官となった。

 その目論見は見事に当たり一挙に側面を突いた彼女たちは、アクスム軍を追撃して行く。

 大規模な操車場のない、線路脇での作業のため、送り込める兵力は少なかったが、着実に増えてゆき、アクスム軍を圧迫。

 敵船団が逃走したこともあり、簡単に潰走させた。


「やむを得ん。全軍急速離脱」

 離脱を次席指揮官は命じ、本隊と合流するべく西に走った。

 敵の数は少ないが、装甲列車の支援を受けている上、補給がないので長時間の交戦は無理だ。損害が出る前に脱出する事にした。

 だが、敵の前進が早い。このままでは部隊の多くが敵に捕捉されてしまう。

「妨害を続けろ!」

 状況不利であり、少しでも敵の追撃を抑え、モンローにいる味方と合流しなければならない。

 だが、問題はモンローの王国軍が自分たちを通してくれるかどうかだ。



「敵が接近してくる。全大隊迎撃用意!」


 モンローの東側に配置されていたアデーレの連隊に迎撃命令が下った。

 彼女たちの連隊は前進しドラッヘ率いるアクスム軍を迎え撃つ。


「ライフル中隊は出すな! 獣人の方が能力は上だ。大隊方陣を敷いて迎撃せよ」


 全ての中隊が方陣を組んで迎撃の準備を整えた。

 一辺が一個中隊、二百人程の歩兵で作られた人間の壁がアクスム軍を迎え撃つ。


「四方に大砲を配備して敵を迎え撃て」


「敵に頂点が向いていますけど」


 ガブリエルが質問した。出来た方陣を頂点毎に繋いで横一列に並ばせている。

 結果、歩兵は敵に対して斜めに向いている事になり、真っ直ぐ撃つことが出来ない。


「良いんだよ。これで」


 アデーレはガブリエルを落ち着かせると敵の様子を探った。

 思った通りこちらが斜めに向いているのをチャンスと見て不用意に接近してきた。


「大砲撃て!」


 まず敵に対して正面に配置した連隊砲と大隊砲が火を噴いた。最大の弱点である頂点に正面から突撃してきた敵を散弾の雨が襲い撃滅した。

 アクスム兵は正面からの攻撃を避けて大砲の射界から離れ、左右に散った。


「続いて歩兵、射撃開始」


 斜めの隊列に突っ込んできたアクスム兵もタダでは済まなかった。左右斜め前方の戦列から銃撃が放たれクロスファイアーを喰らい次々と倒れて行く。

 しかも大砲の射界に入るのを嫌がり左右の兵が集まり密集していたこともより被害を増大させることに繋がった。

 アデーレの作戦は見事に嵌まり、アクスム兵は次々と倒れて行く。


「上手く行ったねえ」


 アデーレは満足して、戦果を見ていた。

 敵はあまりの被害を受けて後退している。このまま膠着状態になるかと思われたが、敵の後ろからオスティアから出撃した部隊が攻めてきた。

 徹底した攻撃で、次々とアクスム軍を撃破して行く。アデーレの部隊が金床となり、攻めてきた部隊がハンマーとなってアクスム軍を追い上げ、キリングゾーンに追い込んでいる。


「やりますね。一体何処の人達でしょう」


「さあな」


 ガブリエルが感嘆するが、アデーレは淡泊、と言うか少し表情固めに答える。

 やがて目に見える敵を撃破した後、前線で指揮をしていた指揮官がやって来た。

 見ると、何と女性で中将の階級章を付けていた。

 軍団長レベルで前線に立つ事はない。


「肝っ玉のある人だな」


 とガブリエルは思ったがアデーレはいよいよ無口になった。そして、向こうがこちらに気が付くと、駆け寄ってきた。


「お姉様!」


 大声で叫ぶとアデーレに抱きついてきた。


「お会いしたかったですわ」


「ユーエル……」


「お、ユーエル」


「あ、ユーエルちゃんだ。おひさー」


 アデーレと合流したテオドーラ、クリスタがそれぞれユーエルに挨拶した。


「……知り合いなんですか?」


 顔を引きつらせながらガブリエルが尋ねた。


「私のお姉様ですわ!」


「士官学校時代の後輩だ」


「あたし達の同期だよ。姉御の一期下」


 元気よく答えるユーエル、気のない返事のアデーレ、淡々と話すテオドール、その周りで子犬のように走るクリスタと中々、カオスな状況だ。


「色々と面倒を見てくださったんです」


「先輩として指導しただけだ。商家出身で貴族の多い士官学校は大変だったろう」


「あー」


 士官学校は下級とはいえ貴族出身者が殆どだ。その中に商家出身の女性が入るのは浮くだろう。姉御肌のアデーレの事だから色々面倒を見たに違いない。それが不安でいっぱいだった彼女に懐かれる原因になったんだろう。


「じゃあ、大隊長も貴族」


「子爵家のご出身です」


「半ば家出同然で出てきたからもう関係ない」


「家に帰らないんですか」


「社交界デビューが嫌だったんだよ。もっともこれじゃあデビュー出来ないだろうが」


 そう言って眼帯を指して言った。


「お姉様酷いですわ。自分だけサッサと予備役に入ってしまうなんて」


「目を失ったからな。お前は大丈夫だろう」


「お店を開いていて毎日通っていましたのに、突然へ移転してどこかへ行ってしまうなんて」


「地方の方が活気があったんだよ」


 ウンザリした表情でアデーレが答えた。

 どう見てもユーエルの行動に辟易して逃れてきた、としか見えない。色々な理由が彼女だったのか。


「お姉様、お久しぶりにお姉様の食事を頂きたいですわ」


「夕食後馳走してやるから、合流したことを上官に報告してこい」


「はい!」


 そう言うとユーエルは、すぐさま上官であるラザフォードに向かった。


「……何というか凄い人ですね」


「優秀なんだがな。何故か懐かれた」


 しかし大佐に促されて行動する将軍とは、中々シュールな光景だ、とガブリエルは思った。


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