モンロー会戦 前編
「かなり大規模な陣地だね」
ラザフォード伯爵は、モンローの西に築かれた陣地を見て言った。
「総兵力三〇万近い兵力を収容する陣地ですから。一つ一つの障壁は粗末とはいえ、あれだけの規模になると障害です」
偵察の報告を纏めたブラウナー准将が言った。
アクスムは未開の地で、大きな技術はない。だが、一つ一つは粗末な柵や杭でも幾つも並べられると脅威となる。
「こちらの状況は?」
「はい、移動は順調です。鉄道設備の損傷は無く、本格的な移動を開始しています」
昨日の作戦開始と同時に鉄道を使ってモンローまで武装した兵隊を乗せて移動。操車場まで突入させ奪回した。安全確保を終えると、直ちに兵力の輸送を開始した。
「明日朝までにオスティアにいた兵力と王都からの兵力の合計一六万が集結予定です。オスティアとの距離が近いので簡単に運べます」
王都からの兵力が次々と来ているため、彼らをオスティアに降ろさず、そのままモンローに運んでいる。その合間にオスティアにいた兵力を載せた列車を走らせて送り込んでいる。これで時間の短縮を図っているのだが。
「モンローの操車場は大混雑です」
溜息交じりにブラウナー准将が答える。
いくら大きな操車場と言っても、やって来る兵力が膨大なので上手く捌くことが出来ずにいた。
「降りた兵隊を整理し指定の場所に送る専門の部署が必要だね」
自分もまだまだだとラザフォードは苦笑した。
「防御は?」
「既に八万を超えています。防御は十分でしょう。夜にはかがり火を焚きますし、警戒の騎兵も移動しています」
今度はユーエル中将が答えた。
「全て予定通りか」
ラザフォードは満足そうに頷いた。
「なら明日から始められますね」
「やるんですね」
「ええ、お願いします」
「では、私達はオスティアに戻ります」
「宜しくお願いしますよ」
それだけ言うと、三人は別れてそれぞれの配置に向かった。
「ここがモンローか」
初めて訪れた土地にガブリエルは戸惑った。
まず、こんなに海に近づいたのは初めてで、風に匂いが混ざっていた。これが潮の香りだと知ったのは後になってからだ。
次に風が温かいことだ。
海から来るしめった風が暖気を送っており、一昨日までいた北方より温かい。経った二日で千リーグ以上移動するということは、こういうことなのか。
ただ、いきなり気温が変わったことで体調を崩している隊員が多いようだ。今後は気を付けないと。
「おい坊や」
大隊長であるアデーレが声を掛けてきた。
「坊やはやめて下さいよ」
「なら、今度の戦いで坊やじゃ無いと証明してみせな」
「どういう……」
その時ガブリエルはアデーレの肩章が変わっていることに気が付いた。
「その肩章は」
「大佐に昇進だとよ。部隊が多くなったがそれらを指揮する人間が少なくて、連隊長となって指揮しろだと」
「義勇軍でしょ」
「先日付で正規軍に編入された。町の方からも承諾されている」
「……バラバラになるんですか?」
「いや、纏まって運用される事になっている。よほど大損害を受けない限りな」
イリノイで大損害を受けた他の義勇大隊の末路を思い出した。
「じゃあ後任の指揮官は?」
「お前だ坊や。昇進して少佐になって指揮しろ」
「やったことありませんよ」
「中隊の指揮が出来たんだ。十分だ。それに私の連隊の指揮下に入るから何かあったらきちんと命令するよ。坊やを返上できるようしっかり戦いな」
「は、はあ」
気のない返事でガブリエルは答えた。
「腑抜けた返事するな。まあ二日くらいの余裕は有るから部隊の練度を高めるようにしておいてくれ」
「たった二日ですか」
「即実戦よりマシだ。十分訓練しておけ」
「ジャン! タマネギが足りないぞ!」
「今持って行きます!」
その頃ジャンは、オスティアの操車場で野菜を切っていた。相変わらず、給食員として給食の準備をしている。
「こんなに働かされるのかよ」
北方が片づいて配置換えと思ったが、配置はそのままだった。移動したのは列車で人員は列車に乗ったまま移動した。
変わったことと言えば、列車の編成が変わった。
これまでは、厨房車の前後に貨物車が付いて物資を補給していた。しかし今回の列車は全て厨房車、それを操車場の端の留置線に置き、その隣に食料と水を満載した貨物列車が止まっている。
こうすることで、隣の貨物列車から食材を供給しつつ、出来た給食を給食馬車に渡す事が出来る。
効率は良くなったが、効率に合わせるために必死に働かなくてはならないので、過酷だ。
しかも、配給相手が増えているため、仕事が増えている。厨房車が増えてもこの忙しさは何だ。一体何人いるんだ。
「他に移らないと働き過ぎで死ぬ」
「おい、ジャン」
「はい! 今人参切っています!」
「いや、一寸確認したいんだが、ここに来る前、機関助士やっていたな」
「はい」
「他にも、保線員や測量員もしていたな」
「ええ」
どれも直ぐに転属したが、やっていた事は事実だ。
「前線に行く危険な任務なんだが行ってくれないか。安全は可能な限り確保する。特別手当が出るし戦功によっては勲章もだす。来てくれないか」
「ええ是非!」
ジャンは脊髄反射で答えた。
前線行きなど、願っても無い。戦功が得られて場合によっては、勲章が貰え、昇進も出来るかも知れない。それは栄光への切符。
しかも安全が確保されるなんて、素晴らしい配属先じゃ無いか。
「攻撃開始」
翌日、ラザフォードは到着した兵力を使って攻撃を開始した。九リブラ砲や一二リブラ砲を放ち次々と砲弾を陣地に撃ち込む。
だが、アクスム軍は塹壕を掘っており、被害は少なかった。
「歩兵隊前進」
効果は不十分だが、やらざるを得ないラザフォードは歩兵隊に前進を命じた。
だが、アクスム軍は王国軍が射程距離内に入ると銃撃を浴びせてきた。
「撃てっ!」
猛烈な射撃が陣地から放たれる。更に、アクスム軍の陣地内に配備された大砲も火を噴き王国軍に痛打を加える。
負けじと王国軍も銃撃を加えるが、やがて下火になっていった。
彼らが使う火薬は黒色火薬で、使用すると猛烈に煙が発生する。そのため、戦場は霧がかかったような状況に陥り、射撃不能となった。
その隙にアクスム軍は前進し王国軍に襲いかかった。風が西から吹いていることもあり撃った煙が全て王国軍側に流れてしまうことも不利だった。
アクスム軍が状況を確認しながら進めるのに対して、王国軍は流れてくる煙の向こう側の様子を見ることは出来ない。
「後退命令!」
状況不利を悟ったラザフォードは距離を取って分離させる。王国軍を陣地まで下げてアクスム軍を迎え撃ちようやく撃退出来た。
戦闘はその日の夕方まで続いたが、痛み分けで終わり双方、兵を退いた。
翌日も夜明けから砲撃を開始して、撃ち合いが始る。
しかし、今日は王国軍が徐々にアクスム軍から後退を始めた。これを見たアクスム軍は、部隊を前進させて追撃の状態を作ったが、ラザフォードはそれを確認すると後退をやめ部隊を前進、一斉射撃を浴びせた。
各所で戦闘が行われ一部白兵戦となったが、全体的に射撃が優秀な王国軍が優位で進みアクスム軍は陣地まで後退した。
王国軍は陣地に取り憑こうとしたが、強力な反撃を受けて後退した。
「やはり誘ってきているか」
攻めれば反撃し、退けば打って出る。
典型的な示威籠城戦だ。
「ここに引き留めるのが、連中の作戦か」
こちらが部隊を展開できる場所が限られており、進軍の方向も分かっている。
これなら兵力さえ十分なら足止めは簡単だ。そして彼らは十分な兵力がある。
「風はどうです?」
ラザフォードは部下に尋ねた。
「はい、風は貿易風の影響で西風が続いています」
「風は良好ですか。となると三日以内ですかね」
ラザフォードが呟いた翌日、モンローの後方にアクスム軍五万の上陸との報告がやってきた。
「やはり来ましたか」
安堵の表情でラザフォードは言った。
予想通りの展開でむしろ来なかったらどうしようかとラザフォードは心配したほどだ。
とはいえ、後方を分断されようとしていることに変わりは無い
「後方の防御は?」
「既に四万以上の部隊で陣地を構築しており、簡単に抜くことは出来ません」
「結構」
ラザフォードは準備が整っていることに満足した。
「あとは、オスティアのユーエル中将の部隊がしっかりやってくれるでしょう」
「上陸急げ!」
アクスム軍上陸部隊の指揮官龍人族のアドラー・ドラッヘが叱咤する。
本隊が王国軍を引きつけている間に、自分が率いる五万の兵で敵の後方を遮断するのが今回の作戦だ。
敵は鉄道を利用して戦力を集中させている。
ならば、敵の鉄道を利用できなくすれば良い。二百隻の船舶に分乗した五万の兵隊で占領し王国軍の補給を停止させ行動不能に出来る。
自分たちの指揮下にあるとは言え、マラーターの船を借りなければならないということが業腹だが、水平線の向こう側を航行し王国に見つからずに上陸できたことは褒めて良い。
そんな連中に大きな顔をされないためにも迅速に上陸しなければ。
自分自身も自前の翼で空を飛べるという特殊能力を使って、迅速に上陸。今はボートでやって来る後続と物資を受け取る準備を進めている。
だが、オスティアの方向から何か音がしてきた。
「列車か」
煙を噴いてやって来る所から、噂に聞く列車という物らしい。
「乗っ取るぞ」
話では、列車は輸送用で非武装の事だ。軍勢を見れば直ぐに降伏するはず。
ドラッヘは、線路上に進出したが。
「なんだアレは!」
見たのは鉄の列車だった。
幾つもの鉄板に囲まれ、銃眼を備えた動く城塞。既に王国軍の装備の一部に組み込まれつつある装甲列車だった。
貴族連合は既に遭遇していたが、アクスム軍には初めてのお披露目だった。
「う、撃てッ」
何者か分からなかったが兎に角銃撃するようにドラッヘは命令した。
部下達が銃を持って撃ちまくるが、鉄板は厚くはじき返されるばかりだ。
それどころか、銃眼から銃撃をこちらに加えてきており、危険だ。
「退避しろ!」