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オスティアにて

「必要だったわ」


 オスティアの操車場でユーエル中将は目の前の光景を呆然として眺めていた。

 やって来る列車から次々と兵隊が降りてくる。前の列車から降りきる前に、次の列車がやってきて、また兵隊を降ろしている。


「一体、何人来るのよ」


 オスティアへの撤退を成功させたユーエルは防衛線を敷くことにした。

 幸い、大本営はユーエルの意見具申、ブラウナー准将が作成した具申書、沿岸地帯での逆上陸の危険について報告し認められた。

 モンロー死守の命令は撤回され、改めてオスティア防衛が命令されて準備を進めていた。

 アクスム軍本隊の襲来に怯える日々が続いたが、進撃は遅く、防御に十分な時間が取れた。

 オスティア正面に敵が展開し始めた頃、イリノイ会戦で反乱貴族軍に勝利したとの情報が入ってきた。

 同時に主力軍がこのオスティアに転戦するとの命令を受けて、受け入れ準備を進めていたのだが、一日で数万の軍勢が到着し始めた。


「これ、主力軍じゃ無いんですよね」


 ブラウナー准将が、青ざめた顔で尋ねてきた。


「ええ、今後の戦いに備えて準備していた予備軍。イリノイ会戦に投入予定だったけど、勝利したのでこちらに移ってきたと聞いているわ」


 彼らは、数日の内に徴兵された自警団や予備役を中心とする部隊だ。

 王国には自警団や予備役が多くその数は一〇〇万を超すと言われている。

 だが補給や兵站の問題から一度に徴集されることはない。

 しかし、今ここに徴集されようとしていた。


「鉄道は昼夜を問わず運転するので明日の朝までに八万人が集結するそうです」


「八万!」


「ええ、その後は主力軍が二六万人が五日間で来るそうです」


「二六万が五日間で……」


 聞いたことの無い兵力がこの地に集まる。

 それも王都より北のイリノイからだ。

 船を使ってもこれだけ早い移動は出来ない。


「これが鉄道というものなの」


 王都からチェニスに大隊ごと移動した事があるが、僅か二日ほどで到着したことに驚いていた。

 それが、二六万でも同じ事が出来るとは。


「これからの戦いはどうなると言うの」




「貴族連合が敗北した」


 アクスム軍本隊大将ラッセル・ウルフが本国から届いた報告を諸将に伝えた。


「ふん、不甲斐ない」


「奴らが唆したくせに、こうもあっさり負けるとは」


 嘲笑する声が聞こえるが、ラッセルはそれらを排除して考えた。

 貴族連合が敗北したのは痛い。敵の大軍がこちらに来ることが予想されるからだ。

 既にオスティアには兵力が増強されているという報告がある。

 攻略のために部隊を進めているが、攻略出来るか不安だ。

 野戦に強い我々だが、市街地への戦闘は攻城戦と同じで、不得意だ。一旦入れば何とかなるかもしれないが、不慣れな入り組んだ場所での戦いは難しい。力攻めに入ればルテティア王都攻略前に多大な損害を出してしまう。

 そもそも王都攻略も貴族連合との協力で行う予定だった。

 状況が変化した今は撤退するべきではないのか。

 ラッセルは、思案していた。


「一つどうでしょう?」


 話しかけてきたのは、マラーターの軍人マンスールだ。彼の率いる艦隊による食糧輸送によりアクスム軍は迅速に移動する事が出来た。

 一応マラーターの軍人だが今は形式上、アクスムに雇われている傭兵と言うことになっている。


「何でしょう」


「再び上陸作戦というのは」


「意味が無いでしょう。敵はオスティアに籠もっているのですから。港に直接乗り付けるのは危険では」


 上陸したところで目の前は市街地。敵の防御は硬い。まして障害物の無い海からの上陸は危険すぎる。


「そこで、敵に上陸適地に来て貰います」


「聞かせて貰いましょう」




「敵が退却しているですって」


 主力軍司令部を受け入れた当日に入ってきた情報にユーエルは驚いた。


「はい、念のため多数の斥候を出していますが、アクスムが撤退しているのは確実です。膨大な物資を残したまま退いているので、退却に間違いないでしょう」


 情報を纏めたブラウナー准将が答えた。


「敵が向かう先は分かる?」


「偵察の報告では、モンローの西側に大規模な陣地が構築中との報告が入っています」


 ユーエルはいぶかしんだ。いくら何でも好都合すぎないか。


「これはしてやられましたね」


 席に座っていたラザフォード伯爵が、呟いた。

 移動司令部で打ち合わせをしているときに、入って来たため伯爵も同じ情報を聞いていたのだ。


「我々の弱点を突いてきたようです」


「弱点」


「ええ、この大軍は鉄道の沿線、特に展開場所が大きな操車場に限定されると言うことです」


 大軍を動かすには膨大な手間がかかる。鉄道のお陰で移動は楽になったが、列車への乗り降りという手間がある。大勢を短時間に乗り降りさせるには大きな操車場を使用しなくてはならず、そのような操車場は限られている。


「補給のこともありますから、移動も難しいでしょう。つまり大軍を展開しやすい場所に置いて敵を迎撃するのが有効な使い方です」

 これまでの戦いも基本は同じだ。

 敵に攻撃させて受け止める。最後は数に物を言わせて包囲して殲滅。

 大軍を生かした攻撃だった。


「ですが、敵を追撃するにはその大軍が足かせになります」


 追撃中の部隊ほど指揮が難しい。相手どころか自軍の位置も分からず、推測で行動しなくてはならない。限られた情報から、敵の位置、味方の位置、状況を判断して行動する。

 一個軍団五万でも難しいのに二六万だと、遥かに難しい。


「そして、我々には時間が無い」


 二連勝とはいえ、まだ周の侵攻は続いている。正面のアクスム軍本隊にいつまでも時間を取っていられない。


「短期決戦が必要ですが、敵はそれを可能とする状況を作り出してくれている」


「じゃあこの移動は」


「はい、モンローに我々をおびき出す策略です。そして後方に上陸して主力軍とオスティアを分断して包囲殲滅するつもりでしょう」


 これまで海上移動により後方遮断を繰り返してきたアクスムだ。

 より大規模に行って勝利をもたらそうと考えているに違いない。


「ならあえて乗る必要は無いのでは?」


「そうしたいのですが無理です」


 ブラウナー准将の意見をラザフォードは却下した。


「先ほども言いましたように、我々には時間がありません。このまま罠を恐れて留まった場合、周からの侵攻が続き、王都へ攻撃を仕掛けるかもしれない。また大軍故に補給も十分でなくなります。鉄道のお陰で潤沢な物資が来ますが、用意する王国の負担は巨大な物です。それでもこの大軍を編成したのは短期決戦のためです。短い時間で勝利を勝ち取るために編成した軍ですから、長期戦など無理です」


「ですが罠に乗るなど」


「いいえ、折角用意して下さったんです。ここは敵の策に乗りましょう」


「しかし対抗策も無いのに」


「いえ我々には鉄道という強力な援軍があります」


 意味が分からずブラウナーは訝しげにラザフォード伯爵を見た。視線の意味に気が付いたラザフォードは、にっこり笑って答えた。


「これでも私は、これまで二度、鉄道を使って勝利しているんですよ。鉄道の使い方については少し、自信があります」


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