ラストラン エピローグ4
電話が鳴ると近くにいたオスカー受話器を取り話を聞く。
「テル、大規模な事故だ。グルースで脱線事故が起きた」
「どんな状況だ」
「定刻から遅れて出発した貨物列車が突如脱線。運悪く、近づいてきていた旅客列車二本通勤電車と新幹線が衝突して多数の死傷者を出している」
「事故原因は?」
「現状不明。ただ現場の運輸指令は保線不十分ではないか、と言っている」
「混乱で人手が少ないからな」
テレポーターへの移行により人手に偏りが出ている。
特に大人数が必要な保線に関しては人員が少ないという事態が発生していた。
十分な保線が出来ず、放置されているところも出ている。
図らずもテルの心配が現実になって仕舞った。
「すぐに現場に行って指揮を」
「ストップ」
現場に向かおうとしたテルをレイは止めた。
「最高責任者が現場に出て行くのはなし」
「でも」
「他で事故が起きた時その対応をしきする人間がいないとどうなりますか」
「いや」
「それに最高責任者の仕事は事故の対応じゃないでしょう。事故が起きた責任は、事故防止に失敗した最高責任者にあります」
「うぐっ」
「ならば行うべきは、事故への対応ではなく、今後同じ事故が起きない様にすること。同じような状況に置かれている場所がないか確認する事です。普段のテルならば行っているでしょう」
ぐうの音も出ないほどのレイの指摘にテルは黙る。
それでも未練があるようなのでレイは追い打ちを掛ける。
「それでも行くというのなら止めません。がっ」
「が、って、何するつもり?」
「言ったら一年前の病院列車のように英雄になって貰います。連日新聞で一面を飾るように派手に宣伝します」
思い出したテルは背筋に悪寒が走った。
一年前のテルの勝手な行動の後、連日メディアが勇敢な大臣、皇子という見出しで報道された。
ただ列車を目的地まで運転するという鉄道員としての矜持、あるいはテレポーター導入の失敗への贖罪という気持ちで走らせていた。
それが、英雄として扱われることに、違和感どころか恐怖心を抱いた。
テレポーター導入失敗を隠すための印象操作としても行われたため、面と向かって異論を唱えることは出来なかった。
その居心地の悪さに数日、テルは顔が引きつっていた。
レイはその顔を堪能して病院列車での石炭炊きの苦労を補填した。
「分かったよ」
ついにテルは降参して、上げかけた腰を椅子に戻した。
「分かったよ。現場には出て行かず、ここで自分の仕事をするよ」
「うんうん」
レイとオスカーはテルの言葉に頭を大きく上下に振って満足する。
「すぐに始めようか」
だがテルのキレのある声に、二人は嫌な予感がした。
そしてそれはすぐに的中した。
「まずは事故現場の状況確認だね。同じような箇所が他にないか確認しないと。同じような保線が行われている箇所は要注意だ。事故原因の究明が終わったら原因となった要因がある場所の特定を早めるためにもリストを作る。同時に該当箇所には緊急点検を命令。異常が無いか確認させる」
テルの指示にレイは顔を青ざめさせた。
帝国には無数の主要都市があり複数の駅や操車場がある。
同じような箇所など無数にありリスト化するだけでも大変だ。
「事故調査委員は出ている?」
「一報が入ったばかりで」
オスカーは尋ねられてバツの悪い顔をする。
「少し遠い場所だからすぐに出発させるように。救助が終わった後は現場保存を第一に。先発隊を出して、現場到着を最優先。足りない物は現地調達か後から送り込め。事故が起こったばかりの状況を見ることが大事だ」
「すぐに出す」
「あと、被害者の推定人数と被害者家族へ保険、補償、一時金がどれだけ出せるか確認しておくように。足りない場合どこから支出出来るか、必要な法的処置も作成しておくように」
「そこまでするのですか?」
まだ訴訟も起こされていない時点で補償の指示を下すテルにレイは驚いた。
「帝国民が安寧に暮らせるようにするのが帝国の存在意義だ。こういうときこそ働かないとな。ああ、あと、現場の管理態勢がどうなっているか、運行計画がどうなっているか確認するように。本省に提出された書類を持ってくるように。調査で齟齬があったら追求するから」
「直ちに」
「漏れがあったら追加で頼むから、とりあえず行って欲しい」
大臣室を出て行くレイとオスカーにテルは追い打ちを掛ける。
その言葉を聞いて二人はそれぞれの親が昭弥、テルの父親がどんな人物だったか、いかに無茶ぶりをしたか話していたかを思い出した。
普通にいい人で常識人で場の空気を読んでくれる。
だが鉄道になるとそれらの配慮は吹き飛び、徹頭徹尾鉄道優先。
時に地形や方、慣習、はては常識まで変えてしまう鬼だ。
「無茶ぶりをされるのは変わらないということか」
「そのようだね」
二人は苦笑しながら、愚痴を言う親と同じ顔をしながら目的地に向かう。
本人達は、誰がやっても同じ結果になる事をしているだけ、と謙遜する。
たしかに誰でもやれる事をしている。
しかし、それを見つけ出すのは難しいし、導入する苦労は並大抵のモノではない。
なのに二人とも絶対に成功すると確信して行い結果、無茶ぶりになる。
命令される方はたまったものではないが、成功させてしまうので文句も言えずたちが悪い。
しかも他では味わえない達成感があるから悪魔的だ。
おまけに中毒性もあって逃れられない。
「これからも苦労されられるらしいな」
「そうだね鉄道が無くなるまで」
「だな」
鉄道は誰でも使える。
だがそれを維持しているのは、並々ならぬ情熱を持つ人々によるモノだと二人は思いながら、無自覚ながら、自分たちもその一員として仕事に邁進していった。




