列車到着
「全く無茶をしてくれる」
保線員の真横を通過したテルは、流れる冷や汗を手で拭った。
「あんなことをするのか」
「多分アレはブライアンさんだな」
「知っているのか?」
「チェニス西駅で駅長やってた人」
「何でそんな人がこんなところに」
「駅長クラスの人たちって大概建設現場上がりでね。若い頃に鉄道建設に携わっていたんだ。で、管理職になっても愛着があって、ちょくちょく自分の関わった路線に行ったり、便宜、旅客数が増えるように旅行プラン計画したり、特別列車を走らせようとするんだよね」
現場や地域をしっているだけに、彼らの設定する列車は好評だった。
全て黒字というわけでは無かったが、赤字は少なかった。
国鉄が黒字で運営できた理由の一つが地方への列車を走らせるとき、その地方に詳しい人間が大や作成者に多かったからだ。
もっとも、地方の路線に愛着のある人間が多いため、廃線にしようとすると彼らが反発するため進まない事も多々あった。
おかげでヨブ・ロビンや民営化時代に鉄道の廃線が阻止できた。
鉄道廃止の時、最大の抵抗勢力となったのは彼ら中堅幹部で、テレポーターが地方に進まなかった原因の一つだ。
「で、非常事態、事故とか雪崩が起きて復旧作業に苦労していると今の部下を引き連れて復旧作業にやってくるんだよね」
「それ、つらくねえか。本来の担当として作業をする身としては」
「うん、保線区での研修中、土砂崩れがあってね。その時応援にあちこちから来たんだけど殆どが駅長や助役クラスがリーダー。時に支社や本社の課長や部長も来る。しかもツルハシ持って自ら作業するし、建設に関わっているから、当時の人しか知らない知識も持っているから。作業も指示も的確なんだよね。だから保線区が一番、気を遣うと言われているよ」
各地からお偉いさんがやってくる。しかも自らシャベルやツルハシを持って仕事をするのだ。
下手な作業をする事が出来ないので保線員は頑張るしかない。
「全く見事だよ」
順次、廃止が決まっていたというのに、最後まで仕事を継続し維持し続けてくれた。
機関車も問題なく走ってくれている。
そもそも、機関車を規定通り準備していてくれたのがありがたい。
おかげでディーゼル機関車が不調になっても、すぐに付け換え、遅延を大幅に少なくしてくれた。
「普段からの備えだな。いきなり事故が起きて機能不全になったテレポーターとは違う」
まざまざと格の違いを見せつけられた。
「テル、あとどれくらいで着く」
投炭で根を上げ始めたオスカーが尋ねてきた。
腕が棒になっているのか、動きの切れが悪い。
腰も痛めているのか、動きがぎこちなかった。
「もうすぐ着くよ」
「本当かよ」
「次のカーブを過ぎれば見える」
機関車が緩やかなカーブへ入り暫くすると、目の前に目的地の村が見えてきた。
「よっしゃっ」
終わりが見えてきたオスカーは、最後の踏ん張り、というか終わりの見えた喜びで奮い立って石炭を入れていく。
「あとは下りだから今ある石炭で十分だよ」
「そうか」
テルの言葉で、力が抜けて床に座り込むオスカー。
「……でもすぐに見えるなんて凄いじゃないか」
始めて来たはずの路線なのに何処で曲がれば村が見えるのか分かるなど、路線を把握していなければ出来ない芸当だ。
出発前の短時間で全て覚えたというのか。
「路線図や地図を見ていれば分かるだろう。路線の勾配や周囲の目印を見て、速度調整や投炭タイミングを計るのは当たり前だ。投炭するタイミングを誤ると加速できないし余計に疲れるからね」
「ずっと投炭していた気分だが……」
そこまで言ってオスカーは、時折テルが投炭を休むように言っていたのを思い出した。
「何処で投炭すればよいか、火力を上げておくのが良いか。あらかじめ覚えておくと運転が楽だからね。運転前に覚えておくのは当然だよ」
「……相変わらずの化け物だな」
士官学校時代も、地形図の判読がテルは得意で目印を見つけるのが上手く道迷いも少ないし、迷ったとしてもすぐに気がつき修正していた。
その能力がテルに備わった一端をオスカーは見た気がした。
テルの操る機関車は、加減弁を調整しつつ滑らかに下りを走り、駅構内へ進入していく。
「三番線場内進行」
ブレーキを調整しつつ減速させ所定の位置、駅の一番外れのホーム――長期間の停車になるため、疫病のため駅舎から離れた場所に停車させるよう規則で定めてある為、一番遠いホームへ滑り込ませた。
「停車! 五両!」
停車位置でブレーキを作動させ、停車させた。
停車位置を確認し、全ての車両が入っていることを確認する。
「到着しました。治療を開始してください」
テルは後ろの車両にいる治療スタッフに声を掛けた。
直ちにドアが開かれ、駅の近くで待機していた患者達が運び込まれてきた。




