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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第七部 第四章 リグニア鉄道最後の日
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保線員オブライアン

 テルが支線に入る頃、その支線の近くに移住していたオブライアンは、雨音が気になった。


「不味いな」


 空模様を見て焦りだした。

 急速に天候が悪化する予兆だった。

 十数年前、嫌というほど経験したので今でもよく覚えている。


「一寸出てくる」


 いても立ってもいられず妻に一言言い残すとオブライアンは家を出て近くの保線区へ向かった。


「班長」

「あ、オブライアンさん」

「そんな他人行儀にならないでくださいよ」

「君の方が出世したからね」

「そちらも区長に出世でしょう。私は既に引退しましたし」

「だが、君の方が上だよ」

「ずっと保線区にいたかったですよ。管理職試験なんて受ける羽目になってよそに行くことになった」

「君のためだし、鉄道のためだよ。君の能力は優れていたからね」

「私にとって、最初の職場のここが居心地が良いのですよ。お役御免になりそうなので、早期に退職して戻ってきたほどですよ」


 オブライアンの言葉に区長は苦笑した。


「それより、天候が悪化しています」

「だね。危険な兆候だ」

「ここの橋梁近くの崖が心配です。相変わらずでしょう」

「ああ、ヨブ・ロビンで工事が停止していた。大臣が再開してくれたが、他にも危険な箇所があってそちらが優先されて、手つかずだ」

「しかも、この風向きだとこの周辺に雨が集中して豪雨となり激しい洪水が起きそうです」


 山の地形の奸計で雨の集まりやすい場所がある。

 工事中も風向きによって雲が集まり、集中豪雨が起きやすい。

 洪水と土砂崩れが起こり、線路へ崖崩れが起きかねない。


「一寸、見てきます」


 区長が止める前にオブライアンは出て行った。

 建設時代から全く変わらない行動に区長は苦笑する。

 雨の中オブライアンは、進んでいった。

 幸いにして、雨は止み始めている。だが累積降雨量を考えると油断は出来ず。

 見回りを始め、一番気になるところへ足を運んだ。


「今のところは、大丈夫か」


 特に異変が無い事に安堵するが、すぐにそれが異常である事に気がついた。


「あんなに降ったのにどうして水の量が少ない?」


 降雨でかなりの水が排水溝や川に流れ込むはずなのに少なかった。

 そして、山から吹き下ろす風の臭気、猛烈な土野匂いにオブライアンは顔をしかめ恐怖する。

 さらに、小さな石が線路に落ちてきた。


「山崩れの前兆だ」


 工事現場でも行くたびも起きた崖崩れ。

 その直前に起こった多種の前兆。

――降雨に比して異様なほど少ない排水

――強烈な土の匂い

 それが今起きている。


「崖崩れが起きる! すぐに列車を運休にするんだ!」


 一緒に来た保線員に命じた時、轟音が響いた。

 恐れていた崖崩れが起きて土砂が線路内へ流入した。

 土砂は線路を覆い、完全に埋めてしまった。


「緊急報告! 崖崩れ発生、線路に流入し埋めたと伝えろ!」


 保線員が近くの緊急電話で報告するが、すぐに悲鳴を上げる。


「大変ですオブライアンさん、この先の街の疫病を治療するための病院列車が出発しまもなく通ります」

「なんだと」


 疫病が発生していることは知っていたが、その治療の列車が今来るとは運が悪い。

 オブライアンは周りを見た。


「もう崖崩れは起きそうにないな」


 あらかた不安定な部分が崩れ、これ以上滑ってくる気配はない。

 天候も回復しつつあり、雨も心配ない。


「土砂を掘り起こして線路を復旧する!」

「大丈夫なんですか!」

「これぐらいの土砂崩れ、あちこちであった。これ以上は流れ込んでこない。復旧だ」

「保線区からの増援を待ってからにしては」

「その前に少しでも片付けておきたい。俺たちで出来るだけのことをするぞ」


 近くの資材置き場からシャベルを取り出したオブライアンは早速流入した土砂を除き始めた。

 付いてきた保線員も仕方なく、掘り起こし始める。

 やがて保線用の列車がやってきて保線員を送り込み作業は本格化した。


「急げ! もうすぐ列車が来るぞ!」


 保線区の人間だけでなく、周辺に居た移住してきた人間も加わり作業は加速度的に進んでいく。

 線路が現れ慎重に掘り起こすと共に、周辺に散らばった土砂も丁寧に掃除して払っていく。


「歪みはなさそうだな」


 レールを目視で確認して広がっていないか確認する。


「おい、作業用車両を走らせてくれ」


 実際に作業用の車両を掘り出した箇所に走らせて確認を行う。

 運転手が問題ないとサインを送る。


「終わったな」

「だが、列車に耐えられるか」


 区長が心配そうに言う。

 作業用も重いが医療用の車両も重い。

 簡単な確認だけで通すのは不安だった。特に外側のレールが土砂の圧力で曲がっていたり、犬釘が緩んでいないか心配だった。

 勿論たたき直しているが、保線、いや全ての作業においてつきまとう不安だ。


「何大丈夫ですよ」


 オブライアンは、バールを持ち出すとレールの下に入れて、持ち上げるように力を入れた。


「これで支えて見せます」

「……相変わらずだな」


 献身的な行動力は相変わらずだった。

 作業を確実に終え、安全の為にすぐさま撤収する保線員としては失格だ。

 だが嫌いではない。

 区長もバールを持ち出すと同じようにレールの下に入れて持ち上げる。

 他の保線員達や作業に加わったボランティアも同じようにバールで列車を支える。

 その時汽笛が鳴った。


「来たぞ!」

「通行可能と旗を振れ!」


 保線員の一人が緑の旗を持って振り回す。

 機関車が黒煙を上げながら進んできた。

 減速するも接近してくる。

 巨大な黒い機関車がオブライアン達の前に迫る。


「くっ」


 文字通り目の前を、ピストンによって回された動輪を響かせながら機関車が通り過ぎる。

 その後に続く列車も彼らの至近距離を通り過ぎていった。

 レールの軋みがバールを通じてオブライアン達に伝わってくる。


「持ちこたえろ!」


 オブライアンの叫びが通じたのか、彼らが完璧に直したレールは耐えきり、列車は無事に通過した。


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