ディーゼル機関車の弱点
「見えてきた」
後進していると目的の列車に近づいた。
作業員の誘導で、テルは徐々に近づける。
運転席から死角になる場所の安全確認、特に連結器同士の距離は見て貰わないと困る。
非電化区間やローカル線へも進入できるよう四両編成の軽い列車で構成されており引っ張るのは簡単だ。
だが、連結時には勢いよく吹き飛ばしてしまう可能性があるので慎重に接近させる。
途中で動力を切り、惰性で接近。徐々にブレーキを掛けて減速。
連結器が接触した瞬間、軽い衝撃を感じたテルはブレーキを掛けて止める。
ブレーキが完全に結合し緩衝器が後退する間に機関車を完全に停止させ、列車への衝撃を最小限に終えた。
「連結完了!」
作業員が集まり、ブレーキホースとコードを接続していき列車は連結された。
「お見事」
テルの運転の腕前を見ていたレイは、賞賛を伝える。
いつもテルの運転に慣れているので忘れる事が多いが、テルの運転の腕間はかなり良い。
衝撃の少ない加減速、適切な操作、運転席からは死角となる場所でも目があるかのうように把握している。
「腕が錆びていなくて良かったよ」
学園時代から運転士を目指していたし、幼い頃から機関車を動かしていた事もあって、テルは運転が上手い。
「作業終了! いつでも動かせます」
「おう」
作業員が作業終了を伝え、テルはブレーキを操作したり、計器を確認して後ろの列車との接続が正常であることを確認した。
「よし、信号よし、時期よし。出発進行!」
テルはマスコンを操作し、列車を発進させた。
「やたらと信号待ちが多いね」
だが出発すると、すぐに信号待ちとなり、青になっても次の信号で止められる事が多かった。
「臨時列車が多いからね」
目の前のポイントから線路に入ってくる列車を見ながらテルは言う。
テレポーターで列車の数は減っていたが、テレポーターの事故による混乱で鉄道が臨時代替輸送を担うことになって、増発が多い。
主要駅が機能停止しているため、バイパス線や周辺駅に列車が集中していた。
「主要駅を通過し、本線に出れば順調に走れるはずだ。もう暫くだ」
浸水被害で機能停止している主要駅をただの通過駅、列車待ちの信号所扱いにして列車の通過に使わせていた。
混雑を少しでも解消するためだ。
都市部中心を通り過ぎると列車は少なくなり、スピードを上げることが出来た。
目的地へ向かう支線に入ると、列車の数は更に少なくなり。通過待ち、すれ違いも無くなって順調に進んでいく。
「上手くいっているな」
運転室に入ったオスカーが言う。
「しかし寒くなってきたな」
気温が下がっているのか身体を震わせる。
テルが、ラジエターのコックを切り替え、運転室に暖房を入れ、温かくする。
オスカーは安堵するが、テルは険しい表情だった。
「疲れたのか?」
「いや、どうも雲行きが怪しい」
西の空から雲が発達してきていた。
「運転指令に確認したよ。海にあった低気圧が急速に発達して接近している」
「最悪だね。雨が降るかも」
レイの報告にテルは顔をしかめる。
気象予報が外れるのはよくある事だが、よりによって病院列車を運転中に遭遇するのは嫌だった。
「寒くなってきたな」
「山の中に入っているし、山の寒気が低気圧に向かって流れているからね。冷気の通り道になっている」
進行方向右側、山側から冷たい風が流れてきていて、急激に気温が下がっていた。
既に氷点下となり、暖房を入れていても寒さが防げなくなっている。
「線路は大丈夫かい?」
「大丈夫だ。今のところ平気だ。スリップもしていない」
足下から伝わってくる振動でレールの状況を監視していたテルは安堵させるように言う。
スリップしたら空転してモーターが勢いよく回り甲高い音を立てる。
今のところそのような音はしない。
だが、背後のディーゼルエンジンから音が響いてきた。
「な、何だ!」
オスカーにも分かる異常な音、くぐもった音と、異常な振れを見せる。
「燃料系か、何処か詰まって燃料がエンジンに供給されていない」
燃料が供給されず、エンジンの気筒の一つか、二つが死んでいる。
力のバランスが崩れてエンジンが異常振動している。
「停止するか」
「いや、この先に機関区のある駅がある。そこまで走らせて、修理するか、交換しよう」
路線図を覚えていたテルは言った。
減速し、エンジンをだましだまし動かしてなんとか駅に滑り込ませた。
すぐに列車と切り離し、機関区に入れて点検を行う。
「燃料系統の詰まりです」
テルが運転してきたディーゼル機関車を点検した検修員が報告した。
「気温が下がり、燃料の温度も低下して変質しワックス状になってしまい燃料供給が減少、不調になりました」
「燃料か」
ディーゼルは馬力が強く何でも燃料に使えるが、粘性の高い物だと詰まりを起こす。
通常のディーゼル燃料でも同じで、気温が氷点下に下がると一号ディーゼル燃料だとワックス状になって詰まり停止ししてしまう。
寒冷地用の特三号ディーゼル燃料なら氷点下三〇度まで耐えられる。
だが、温暖な帝都周辺で使用しているディーゼル機関車だったため燃料の交換までは行われなかった。
「帝都の機関区の検修員は何をしていたんだ」
「テレポーターへの移行で規模が縮小されているからね。優秀な人から転属していったから経験の浅い人しか残っていなくて燃料のことまで頭が回らなかったんだろう」
山岳部へ行くという話が通っていたのなら、念のために燃料を入れ替える事をしてくれたはず。
まだ温かい時期でも経験のある検修員なら最悪に備えて準備してくれただろう。
緊急時とはいえ、急激なテレポーターへの転換と鉄道への再転換による混乱をテルは受けていた。
「代替機はあるか」
「ありますが、ディーゼルが無くて」
「ないよりマシだ。準備してくれ」
「こちらです」
テルは検修員の案内で、その機関車へ向かった。
「これは……」
紹介された機関車を見たテルは目を大きく見開いた。
用意されていたのは、煙突から煙を上げ、蒸気を噴き出す蒸気機関車だった。




