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イリノイ会戦後編

「どういう事だ! あの隊列を崩せないとは!」


 反乱軍ではその日の軍議で、激昂する声が上がった。


「戦線を広げて包囲するべきでは?」


「いや、部隊を広範囲に広げると連携が取れない。それに側面から奇襲を受ける可能性もある」


 若い貴族の意見をアグリッパは止めた。

 この状況で下手に戦線を広げるのは無謀だ。

 威勢の良い声が次々と出てくるが、決定打にはならなかった。


「攻撃を続行する。戦闘序列はそのまま。昼頃を目処に後衛をルビコン川近くから集中投入し一気に勝敗を付ける」


 アントニウスの指示で作戦が決まり、全員が肯定した。アグリッパも首肯した。それ以外に方法は無いからだ。

 戦線を広げるのは危険だと考えた以上、現状の戦線で何とかするしか無い。だが、陸側からの攻撃では迂回され側面攻撃か包囲される危険があり、出来ない。

 そこで、川側から攻撃を仕掛けることで、川を防壁として側面攻撃のリスクを減らせると考えた。

 そのために今日到着した増援は川側に配置して、攻撃の主力となる。更に元から後衛配備の二万人を配置して四万にした。

 更に陸側にも二万人の兵を配置して側面攻撃に備えた。

 中央の後衛が一万人に減ってしまったが、防御に専念させることで兵力不足を解消することにした。

 今日の損耗分と到着した兵力を含め一六万。王国軍の推定十六万に対してほぼ互角。あとは作戦の成否だけだ。

 殆どの貴族はそう思っていた。




「攻撃開始!」


 翌日、夜明けから戦闘が再開された。

 砲撃の後、歩兵が前進し互いに銃撃を繰り返す。

 ただ前日と違ったのは、天候だった。

 朝は晴れていたが徐々に雲が多くなり、昼前には鉛色の雲となった。

 雲は、更に厚くなりやがて雨が降り始めた。

 雨は止むこと無く降り続き、戦闘を止めた。マスケットも、ライフルも火皿に火打ち石を受けて、火薬に点火する。火皿に雨が当たって、濡れたため発砲不能となった。

 相互に戦闘不能となって、互いに後退した。


「本日の攻撃は中止する」


 それが、王国軍、反乱軍双方の決定だった。

 雨で攻撃中止というのは、軟弱に見えるかもしれないが、野外で雨にうたれるというのは、危険だ。

 しかも晩秋への入り口に降る冷たい秋雨だ。例年ならもっと後だが、早く降るのは予想外だ。

 雨が降り、身体が濡れて低体温になれば、最悪死亡する。激しい運動を行えば温かくなるが、エネルギーをより使う。その上、止まった途端、熱が水に採られて行き余計に冷えるため危険だ。

 天幕を張るなどして、防御しているが、屋内で火を焚けないなど不利もある。




「酷い雨だ」

 ガブリエルは呟いた。

 大隊が指定された宿営地でテントを張り、待機している。

 先ほど給食車も来た。兵士達に道路建設を行わせ、泥濘になるのを防がせたお陰だ。

 これで温かい食事が来るのは有り難い。簡易型の暖炉が来たのも良かった。テントの外に煙突を出して排気するがこれが非常に役に立つ。

 炉外では結構濡れるので、このような装備は必要だ。

 周辺に排水溝を作って、水浸しにならないようにしているが、結構濡れる。


「テントがあるだけマシだろう」


 愚痴っているガブリエルにアデーレが言う。


「行軍中は、雨に降られても歩き続ける。酷い時にはそのまま眠ることになる。木陰に入って雨を凌ぐことが出来るだけでもマシって状況に比べればマシさ」


「まあ、そうなんでしょうけど」


「それより巡回だろう」


「そうでした」


 中隊長が交代で大隊の見回りをする事になっており、今回はガブリエルが当番だった。


「ほら、これを持って行け」


 そう言ってアデーレは支給された給食馬車の石炭オーブンから煉瓦を取り出してきて布に包んだ。


「腹にでも入れておけ、少しは寒さが和らぐはずだ。煉瓦が無い時は石や岩で代用する。指を冷やすなよ。悴んで動きにくくなるし、最悪切断することになる」


 軍での行動上少しでも疲労を和らげるために必要な措置をアデーレは知っていた。煉瓦を焼いて寒さを凌ぐのも、その一つで懐炉代わりに使う。


「ありがとうございます。では行ってきます」


 腹に煉瓦を収めたガブリエルは外に出て行った。

 敵陣地の方角が朧気に見えた。灯りは少ない。

 味方の方の陣地は幾つもの光が見える。近いと言うこともあるだろうが、味方の方は、遠くまで灯りが続いているように見える。


「敵はどんな状況なんだろうな」


 ガブリエルが心配している時、反乱軍は寒さに震えていた。季節外れの冷たい雨に、装備の輸送が遅れたため、テントなどが十分に配給されず、露天での待機を余儀なくされた。

 そのため、凍傷者も出る事となった。

 アデーレの煉瓦を焼く方法も彼らは知っていたが、実現するための物資に欠けていた。




 雨は夕方になっても降り続き、夜になっても止む気配は無かった。


「司令官、只今戻りました」


 アグリッパのテントに、巡回に行っていたメッサリナが戻ってきた。


「どうだった?」


「食料が足りなくなっています。この雨で泥濘が出来て、補給に支障が出ています。食料を求めて、勝手に陣地を離れる兵士が出てきています」


 基本的に軍隊は現地調達で自活する。そのため、食料を求めて移動したり、分散することが多い。


「携帯食が有りますが、火をおこせないため、ろくな食事になりません。船からの補給は水かさが増したため、船着き場の一部が水浸しになり遅れています。輸送も馬車が足りず、さらに遅れています」


 水運が補給の主系統だが、川の状況によって変わりやすく雨で増水して届かなくなることがある。移動は簡単になるが陸揚げで時間が取られる。


「何より、雨対策が問題です。各部隊、濡れないように手を打っていますが、テントの数が足りず、屋根を求めて、あちらこちらに分散を始めています。部隊の統率がとれそうに有りません。配給していますが全てに回るには時間がかかります」


「……雨が止んでも攻撃開始は難しいだろうな」


 アグリッパは、さらに闇の濃くなる様子を見て呟いた。

 翌日、夜明け前に雨が止み、待ち望んでいた太陽が朝日となって現れた。

 早速、服を乾かそうとしたが薪が足りなかった。

 川船で輸送が可能とはいえ、食料が中心であり、薪は現地調達が主だ。

 だが、三日以上の対陣によって近場は取り尽くしていた。

 しかも、今朝までの雨で薪となる気が濡れて十分な火力を維持することが出来ずにいる

 そのため、生乾きの衣服と靴を装備して冷えた身体に鞭を打ち、反乱軍の兵士は陣形を組んだ。

 雨による泥濘もあって、広範囲に分散した部隊の集結、移動や大砲の配置も遅れ気味となり、昼前になってようやく準備を完了した。

 準備不足と言う話もあったが、この世界の戦争ではこの程度の事は普通であり、中止にする理由にはならなかった。




「迎撃用意!」


 アデーレの命令を受けてカンザス義勇大隊は、迎撃の準備を整えた。雨上がりで寒いので動きが鈍いが朝食のシチューと煉瓦を抱いて寝たお陰で動ける。

 反乱軍はやって来るが、中々近づいてこない。

 見ると濡れている。

 この寒さの中、外にいたのか。

 一晩中、雨の中過ごしてこんな状態になったのか。


「最小限の荷物だけ持って、後は現地調達。どんな天候になっても自分たちの創意工夫で乗り切る。それが兵隊だ」


 アデーレが訓練の時よく言っていて、雨が降ろうと外にいる訓練を行ったことがある。いざというときに慣れるためだ。あれを戦いながら行うのは勘弁願いたい。


「射撃用意!」


 ガブリエルは昨日と同じように射撃準備を命令した。


「撃て!」


 射程内に入ってきた敵を銃撃した。敵も撃ってくるが緩慢だ。向こうが二発撃つ間にこちらは三発撃てる。

 反乱軍は寒さで手が悴んで、装填作業に迅速さを欠いていた。


「今日は優位に戦えそうだな」


 少しだけガブリエルはホッとした。




 カンザス義勇大隊の前の部隊だけでは無く、反乱軍全体が動きを鈍らせていた。

 兵士達が凍えていたりして、身体が動かず、それが部隊の行動にも出ていた。

 いくら軍隊でもその主体は生身の兵士であって、彼らが動けなければ軍隊も動くことが出来ない。

 それでも戦闘は続けていたが、王国軍に比べると精彩を欠いた。

 一方の王国軍は昨日と同じように、全く雨の影響を受けなかったかのように銃撃を続けている。

 活発な王国軍の動きに反乱軍は焦り始めた。

 今のところ互角か王国軍の方が、若干優位だ。

 兵力も十分とは言えなくなる。


「突撃を開始させよ」


 正午前、反乱軍はかねてからの作戦通り川側、左翼に集中させた部隊による突破作戦がアグリッパ指揮の下、開始された。

 大砲による集中砲火の後、歩兵隊が突撃を開始。

 各二個師団による三派に渡る突撃が開始された。

 激しい砲撃に、王国軍は後退するが、大砲の射程外に出るや、増援を得て反撃を開始。

 逆に反乱軍を押し込む形となった。

 反乱軍は、戦線を広げようと増援を送るが、王国軍の分厚い布陣の前に突破出来なかった。

 再び膠着状態となったとき、反乱軍右翼に新たな一個軍団規模の王国軍部隊が現れ、包囲するように延翼運度を開始した。


「不味い。包囲される」


 直ぐに待機していた二個師団二万が前進し防御線を張り、前進を阻むことが出来た。

 だが、止めた敵軍団の後ろから王国軍の騎兵軍団が現れ、反乱軍の後方へ馬上突撃を敢行した。

 更に膠着状態の右翼に新たな歩兵部隊、王国主力軍八万の攻撃が開始された。既に手一杯だった右翼には止める力が無く次々と打ち破られた。


「これが連中の狙いか」


 突撃してくる騎兵の姿を見てアグリッパは王国軍の作戦を読み取った。

 まず、川側の攻撃を許し引き込み、抑え込む。

 続いて反対の陸側から攻撃を行う。丁度、川側から攻撃に向かった部隊と入れ替わるように突入してくる。回転ドア効果と呼ばれる状況で、反乱軍は突撃によって自ら包囲されるように入って来て、王国軍の包囲を助けるような行動を取ってしまった。

 主力軍による突破の後、近衛軍が突入。残りの敵部隊を撃破して、川まで突進。

 反乱軍の大半を包囲した。


「最早これまでか」


 主力の大半が包囲されている。


「閣下、まだ戦えます。一点突破して後方に離脱し再起を図るべきでは」


「無理だよ、メッサリナ。これだけの大軍を前にしては脱出で大損害を出すしその後の追撃戦で、さらなる損害を受ける。死傷者が増えるだけで意味は無い」


「でもそれは」


「指揮官のすべきことだ。兵士達の為にも責任は取らなくてはな。済まないが、王国軍に行ってくれないか」




「反乱軍が降伏しました」


 移動司令部で副官から報告を受けたラザフォードは、満足そうに頷いた。


「首謀者と貴族階級は捕らえてくれ。残りは、尋問を終えたら解放して良い」


「良いんですか?」


「雇い主がいなくなったら、これ以上戦う事はない。それに敵とはいえ兵士の殆どは王国の民だ。不必要な殺傷を行う必要は無い。それに女王陛下の布告もある。反乱首謀者および貴族階級以外の罪は問わないと」


 それだけ言うと、ラザフォードは、副官を下がらせた。


「しかし、危なかったな」


 大軍とは言え殆どは実戦経験の無い自警団上がりの義勇軍が主体。防御に徹して迎撃させたが実戦経験の豊富な貴族軍の攻撃の前に潰走する部隊もいた。頻繁に後退させたり豊富な予備兵力で穴を埋めたりしてどうにか、戦線の崩壊を防ぐのに神経を使った。

 それでも何とか勝利できて良かった。

 自国民が相手であり、反乱貴族はともかく民衆が殆どの兵士は助けたい。

 だから助かる可能性があり、確実に逃さない包囲戦を仕掛けた。指揮官を狙ったのも、徹底抗戦を断念できるように戦意の高い貴族を排除するのが目的だ。

 お陰で、それほど交戦すること無く部隊を降伏させる事が出来た。

 最後には、反乱軍ないで兵士による反抗もおこり貴族が討ち取られる事態さえ発生した。

 これは女王の布告のお陰とも言える。

 指揮官のアグリッパを始め、多くの貴族を捕らえることに成功した。

 アントニウスは、捕らえることに失敗して逃げているが、一八万もいた貴族軍はそのうち十五万が包囲され降伏したのだ。最早彼らに従う兵士はいないだろう。

 そのうち、フッカー中将がやってきた。


「お疲れ様ですフッカー中将」


「ありがとうございます」


「さて、勝利したからには我々は転戦しなくてはなりません。まだ王国に攻め入る敵がいますから」


「はい」


「ですが北方も安定させなくてはなりません。そこで二個軍団一〇万の兵力を残します。北方を安定させてください」


「一〇万ですか」


「足りませんか?」


「いいえ」


 途方も無い数字にフッカーは驚いた。


「それほど必要なのですか?」


「討伐だけなら半分で済むでしょう。ですが、安定させるとなると各領地に配備する兵士が必要です。またエフタルが川を渡ってくる可能性が有り、その警戒にも兵力は必要でしょう」


「確かにそうですが、兵力は足りるのですか?」


「十分兵力は来ていますよ」


 確かに三日間の会戦中に一八万の大軍がやってきた。会戦前に北方軍団の生き残りを含め一八万いたから倍増したことになる。更に四万が今なおこちらに向かっているという。

 しかも、彼らのための食料と燃料、テントが運ばれてきた。特にテントと燃料は助かった。これらが無ければ、寒さで凍えて機動的な行動は取れなかっただろう。


「元北方軍団三万に会戦に参加した兵力の内五万。あとこちらに来援中のうち二万を渡します。それで北方を頼みます」


「はい」


 敬礼を交わしたフッカーは早速、部隊の指揮権を掌握するために移動司令部から出ていった。


「さて、北方はこれで安定するでしょう」


 正直、一〇万の兵力を割かなくてはならないのは痛手だが、自国の治安回復は国家の重要事項だ。いくら反乱に与した地域とは言え統治しない訳にはいかない。なにより、エフタルが侵入してきて略奪の限りを尽くすことを、防がなくてはならない。


「まあそれでも二六万から三〇万もの兵力がありますが」


 しかも義勇軍の動員はさらに進みつつあり、そのうち五〇万、戦争終結までに一〇〇万に達するかも知れない。

 そして空らを支えられる潤沢な物資の供給。

 雨が降っても士気と体力を維持できるだけの物資が来たこともこの会戦を勝利できた要因だ。それらが必要と分かっていても調達できず、兵士に無理強いすることが多い。だが、その無理強いをせずに済むのなら、こんなにも動ける。


「贅沢ですね」


 これらの兵力、物資を次へ投入してどのような戦いをするか、それを考えなくてはならない。それが主力軍司令官としてのラザフォードの役割だった。


「南方戦線。沿岸を進むアクスム軍主力三〇万とどう戦うかですね」




「反乱軍が降伏した!」


 先ほどもたらされた連絡をアデーレが発表すると全員が歓声を上げた。

 アデーレは歓声が鎮まるのを待ってから、新たな命令を伝えた。


「これにより北方戦線は、ほぼ沈静化した。よって主力はアクスム本隊の迎撃に移る。我がカンザス義勇連隊も主力軍に編入され、南方に転戦する。直ちに移動用意!」


 歓呼と共に大隊員は準備に入った。

 多数の死傷者を出したが、初戦での勝利に士気は高い。

 損耗の激しい他の大隊が解体され、残った兵員が補充兵に回されてきた。

 壊滅した隣の大隊から義勇大隊に何人か回ってきた。

 ルビコン川沿いの町から出てきた大隊だったが、指揮官の能力不足で壊滅した。その点、自分たちはアデーレの指揮能力が優れていたため、生き残っている。

 その点ではアデーレに感謝だ。

 ともかく定数を満たした大隊は、転戦すべく列車の待つ操車場に向かった。


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