イリノイ会戦前編
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「攻撃開始!」
攻撃は反乱軍側から始まった。
前進して先手を打とうと王国軍に向かってくる。
「迎撃用意! こちらからは手を出すな。射程に入ったら射撃しろ!」
指揮を任されたフッカー中将は迎撃を指示。
イリノイ会戦の幕は切って落とされた。
カンザス義勇大隊が配備されたのは、最前線だった。
他の義勇大隊と正規大隊で臨時の連隊を編制し、最前線へ。
そして、初日に最初に攻撃を行う部隊に指定された。
目の前には、敵がいる。
最初に戦火を浴びるのは彼らになりそうだ。
先ほど給食馬車が朝食を持ってきた。
後方の給食列車で作った給食を載せ替えて運んできて、この場で再び温め直しただけのものだが、温かい食事は有り難い。
食事の用意というのは結構、大変だ。作って貰えるのは有り難い。
ただ、何故か給食員が無愛想だった。まあ、これから死ぬかも知れないのに、色々聞かれるのもどうかと思う。
あと、アデーレいや大隊長が給食を試食した時、シチューの味が今一だったため、手持ちの塩や胡椒をバンバン入れて、味を調えてから配っていた。ここまで酒場の主人魂を入れなくても良いのだが。
「あー、あれは姉御の趣味というか、生き様みたいな物だから」
とは第二中隊長のクリスタの弁だ。
「士官学校の頃飯が不味いことに腹を立てて自分で作ると言って、毎回手伝っていたから。だから料理の腕が良くなったんだよ。おまけに部隊に配属されても続けていたから。お陰で姉御のいる部隊じゃ飯が不味かった事なんて無いんだよ。少なくとも他の部隊より遥かにまし。その証拠に姉御の卒業したあと、私たちが卒業するまでの一年は地獄だったね。味がまずいのなんのって。美味い飯のありがたさをしみじみ味わったね。新入生はそんなに不味くないと言っていたけど、姉御の料理を食べたら違いが分かるよ」
「お陰で姉御の部隊は士気が高いんだよね。美味い飯は活力になるけど、不味い飯は食べるだけで苦行で体力を消耗するわ。しかも食べない方が後々力が出ない。だから飯はどんな物でもちゃんと喰わないとな。さすがに腹下すような物は食べないけどね」
とはテオドーラの弁だ。
そんなものかと納得させ、ガブリエルは食事を食べる。ちなみに朝食は酒場ほどではないが美味かった。
「下ごしらえから関わっていたら、もっと美味かった」
と大隊長は不満たらたらだったが、直ぐに気持ちを切り替えて大隊に戦闘準備を命令した。
食事を終えると食器を砂で洗い、かたづける。水は運び難いし乾かす手間が省けるので砂で洗うだけだ。
それが終わると、銃を担いで指定された場所に集まり整列する。
「カンザス義勇大隊! 鶴翼陣形! ライフル中隊は前方に散兵線を構築!」
先頭にライフル中隊、その後ろに並ぶように横隊列を取った第二中隊と第三中隊。最後に第一中隊と大隊本部が続く。
「敵部隊接近!」
前方から敵も接近してくる。
銃声が響いてきた。先に展開したライフル中隊が、銃撃を行っている。
ライフルは銃身の中にらせん状の溝を掘ってあり、射程が長い。そのため猟師達が好んで使っている。狙撃に向いており、彼らが前方で接近する敵部隊を牽制してくれている。
勿論貴族軍の中にもライフル兵と散兵はいるが、動きが鈍く数も少ない。
彼らの援護の下、大隊は前進を続けている。
敵が大砲を撃ってきた。だが遠くなのでそれほど心配はしていない。
だが、気まぐれな砲弾が隣の大隊の横列に直撃した。
不運な一名が上半身を失い、その後ろにいた数名が転がってきた砲弾に足を持って行かれる。
恐怖で蒼白となったが、行進中で歩調を整えようという意識が働いて歩みは続けた。
隊列を組んで、歩調を合わせて進むのはかっこいいという理由では無く、兵隊が恐怖を抱くこと無く、抱いても気を紛らわせ、兎に角進むように教え込むため。あとでアデーレからガブリエルが教えて貰ったことだ。
「射撃用意!」
敵が射程距離に入る寸前。アデーレが発砲準備を命じた。大隊は停止し戦闘の分隊は立ったままあるいは膝を立て、あるいは伏せて準備をする。
「大隊砲前へ」
本部にあった大隊砲を前に送る。
小さくても砲であり火力が期待できる。
自分の第一中隊はどうだ。皆落ち着いている。恐怖で顔が強ばっているようだが、取り乱すような者はいない。
周辺を見てみると隣の大隊が前進を続けている。
何やら士官が怒鳴っている。
こちらは前進しなくて良いのだろうか。
そうこうしている内に敵がこちらの射程に入ってきた。
「撃て!」
アデーレの号令と共に、歩兵は一斉に引き金を引き、銃撃を開始。連続した発砲音と共に、鉛玉が飛び出し、貴族軍の歩兵を倒して行く。火薬の白い煙が辺りに立ちこめ一瞬見えなくなるが、風によって吹き飛ばされ、視界を回復する。
だが、貴族軍も負けてはいない。すぐさま倒れた歩兵の間に後ろの歩兵が前進して列を埋める。
「射撃用意!」
指揮官の号令で同じく射撃体勢にはいる。
「撃て!」
貴族軍からの銃撃で王国軍の歩兵も倒れる。
隣にいた大隊は、射撃準備が遅れてもろに貴族軍からの銃撃を受けてしまった。
だが、彼らも倒れると後ろの兵士が前進してすぐさま列を埋める。
そして、発砲。
そんな事を繰り返して、死傷者を増やして行く。
消耗して行くが、戦列を崩せば、そこを突かれて全軍が崩壊する可能性が高い。だから
列を崩さないよう兵力を投入し続ける必要がある。
銃撃は更に続き、互いに兵力が少なくなり疲弊する。
最初にへばったのは貴族軍の方だった。最初の一斉射撃を受けて被害が続出し撤退した。
「追撃無用! 現在位置を確保しろ」
アデーレは追撃を命令しなかった。戦いはまだ序盤。敵には十分な予備兵力があり、追撃したら陣形が乱れ、そこを敵に攻撃されるだろう。
案の定、敵は予備兵力を出してきて、後退した部隊の穴を埋めた。
戦闘は収まらず、むしろ激しくなって行く。
相手はほんの一〇〇メルほどだが、命中率が低い。
元々、マスケットは命中率が低く、密集して一斉射撃を行うのは、命中弾を少しでも多くするためだ。
その中でも、アデーレの指揮は見事だった。
相手に合わせて前進したり、後退したりを繰り返している。
クリスタもテオドールも指示に従いつつ絶妙のタイミングで射撃や移動の指示を足しているため、中隊の損害は少なく戦果は多かった。
比較的良い状況のまま、戦いは昼前を迎えた。
「後退用意!」
射撃戦が激しくなってきた頃、その命令が下った。
「なんでですか」
「戦闘開始から四時間以上、ソロソロ限界だよ」
並みの兵士でも戦い続けることは難しい。彼らが農民出身で、長時間の労働になれているのと、王国を防衛するという熱意から戦い続けた。
だが、体力の消耗は激しく何時までも精神だけで戦い続ける訳にはいかない。
「第一中隊は戦闘に参加していませんが」
「だからだよ。第一中隊まで戦闘に参加しちまうと撤退する余裕も無くなる」
どんな状況でも後退や撤退は一番難しい。この状況では悪化した時に対応できる部隊が必要だった。
「まったく、フッカーの奴、初心者に何時までも前線を任せるんじゃ無いよ」
アデーレは小さく愚痴ると改めてガブリエルに命じた。
「後退準備!」
第一中隊に準備を命令され、前線にいる中隊を収容しようとしている。
「大隊砲は今すぐ後退。第二、第三中隊は徐々に後退。ライフル中隊に撤退命令。通じない可能性もあるが、こちらが後退すればむこうも後退するだろう」
砲弾が命中して被害続出を覚悟で密集隊形を取るのは、命令伝達が可能だからだ。声以外に確実な命令伝達手段が無いため、指揮官の声が届く範囲に部隊を集めるのが普通だ。
一方、散兵は散開して、広範囲に広がるため命令が明確に聞こえない。そのため、独自に判断して自立して行動できる兵士が配属される。
こちらの行動を見て、後退してくれる。そうなるようにアデーレは訓練していた。
しかし、ここで予想外の事態が起こった。
「コラ! 逃げるな!」
隣の大隊から脱走者が出た。何人も死んで行く野を見て遂に恐怖が意志を上回った。
兵隊は後方に向かって駆け出す。士官は警告するが、止まらない。
その時、士官は拳銃を取り出して、脱走兵に向かって撃った。
士官が拳銃を持つのは近接戦闘を想定しているだけでなく、脱走兵を銃殺するためだ。そのため、取り回しやすくなっている。拳銃が士官のみに許されるのも、脱走兵を射殺する権限を持っている証でもあるからだ。
しかし、脱走兵は一人だけでは無かった。次々と戦列を離れて脱走して行く。
突然、横に大穴が空いたようなもので、このまでは、敵が突撃してきてカンザス義勇大隊は側面攻撃を受けてしまう。
「第一中隊、側方へ前進。隣接大隊の穴を埋めろ。第二、第三中隊は後退を中止。前進し第一中隊の機動の余地を与えろ。ガブリエル! 正念場だ! 必ず撃退しろ!」
「はい! 第一中隊前進!」
ガブリエルは喜び勇んで、前進し部隊を隣の大隊がいた場所に移動させた。
「敵兵接近!」
中隊付曹長、ガブリエルの補佐役が報告してきた。
「中隊総横隊!」
一番攻撃力の強い陣形を展開させ迎え撃つ。全ての小隊を展開して迎え撃つのだが、後方に予備隊が無く、万が一の時には対応できない。
だが敵は追撃で陣形を乱している。十分相手に出来る良い標的だ。
「撃て!」
全ての小隊を前面に出して銃撃させる。突然の銃撃に敵は、次々と倒れて行く。
「第二射撃て!」
再装填を終えて銃撃。撃退に成功した。
だが、二個中隊が展開して埋めていた穴を、一個中隊で埋めるのは難しい。
敵も予備隊を出してきた。こちらは交代しながらの装填時間稼ぎも難しくなってきた。
「中隊! 速射始め!」
交代せず、その場で装填し兎に角撃ちまくる射撃法だ。十分突き固める時間も無いため、不完全燃焼の火薬が飛んできて兵士の肌を焦がす。
撃ちまくるが、敵は更に突撃を続ける。
その時、大隊の前方から射撃が行われた。
ライフル中隊の援護射撃だ。士官や指揮官を狙撃して部隊を混乱させている。
敵の攻撃の圧力が下がった。
そのうち、後方から交代の大隊が進出してきて交代する事が出来た。
義勇大隊も、撤退開始。会戦は終日続いていたが、カンザス義勇大隊のこの日の戦闘はこれで終わった。
死傷者の収容と再編成を終えて、野営に入った。
局所的に義勇部隊が崩れることはあったが、フッカー中将は頻繁な部隊交代を徹底させ、疲労と士気崩壊から部隊を守るった。
反乱軍は、防衛線を貫くことが出来ず、戦闘は夕方まで続き、夜になってようやく収まり戦いは翌日に繰り越された。




