テル暗殺計画
二人が入る一時間ほど前、新帝都の廃工場に二人の男がいた。
資材であったであろう油と染料がしみ出し始め、そして放置されているためもろくなった壁の石膏が床に落ちている環境だった。
「手はずはどうなっているキャノン?」
「はい、ウィロビーさん。密会場所であるホテルの三階の三〇二号室に入ったら、隣の三〇一に待機している兵隊上がりの要員がコネクティングドアから入って扉を塞ぎ、二人とも拘束し、地下へ搬出。地下の輸送網から移送します」
新帝都の地下には共同溝が張り巡らされている。その階層の一つにはは五〇〇ミリ狭軌鉄道を使った輸送網があり、各ビルの店舗などへ物品を輸送している。
元は冬季に暖房用の石炭を各ビルに配給するための輸送網だったが、暖房器具の発達により廃れた。しかし大通りで荷物搬入の路上駐車が無くなるようにするために近代化され今も使われている。
「見つからないように輸送し、確保している場所で殺害し、投棄場所へ捨てます」
その場で殺したら死体の処理、殺害時に出る様々な物の処理が面倒になる。殺害現場を隠匿するためにも別の場所に移動して殺す必要があった。
「要員は大丈夫だろうな」
「標的は誰か言っていないか?」
「はい、いつも通りの総括と言ってあり、部下達は相手が違反した組合員と思っています」
皇族を殺すという事に怯えて動きが鈍ることを恐れて二人は実行要員達には、テル達の正体を秘密にしていた。
「しかし、本当に始末するんですか?」
「ああ、テレポーターが導入されればこれまでに鉄道に投資された資金が消えてしまう。鉄道で儲けている連中も多い」
そこへテレポーターが導入されることで困るのは労働者だけではない。鉄道で儲けている連中全員が困る。
ここでテレポーター導入を潰さなければ鉄道に明日は無い。
テレポーターを導入しようとしている大臣には消えて貰いたい人間は多い。
特にRRの再統合、国鉄の再建で権益を失い怨んでいる連中が多くいる。
ここでさらにテレポーターが導入されれば更に状況は悪化する。
テレポーターの設置を阻止し、あわよくば再び分割民営化まで持ち込み権益を再び握ろうと画策していた。
キャノンとウィロビーはそうした連中から雇われていた。
「そのために俺達はここにいるんだ。ところでリシェコリーヌは同意しているか?」
「はい、問題なく。今回の事を提案したのもあの女ですから。まあ、その前に撤回に持ち込めないか話し合うとは言っていますが、恐らく無理でしょう。大臣はテレポーター推進を断固として言っていますし実行に移していますから」
「ラケルからの情報か」
「はい、ラケルからの情報です」
ラケルという女は確かに役に立っている。
鉄道省の機密情報を、確度の高い情報をもたらしてくれる。
しかし、何処か胡散臭さを感じていた。
「まあラケルの情報なら大丈夫か。嘘は無いからな。ああ、ところで、大臣と御付武官の履歴にいくつか空白があるが」
「特におかしな事は?」
「いくつか空白がある。裏取りがとれていない部分があるぞ」
「今、ラケルが調査をしているが、手間取っています」
「手落ちだな」
ウィロビーと呼ばれた男は舌打ちする。
「できるだけ早く持って来させろ」
「これから殺すのでしょう」
「馬鹿野郎、皇室の人間を暗殺するんだ。後始末の方が厄介だ。下手に証拠を残すと大逆罪で全員首が物理的に飛ぶぞ。後始末でミスをしないようにできるだけ対象を把握するのは絶対だ」
「分かりました。すぐに用意するようラケルの元へ部下を送っていきます。私は間もなく予定時刻なので部屋に行きます」
「よし、連れてこい。死体の始末の準備は整えてある。それまでに情報も来るだろう。二人の一挙手一投足を見逃すな」
「はい」
キャノンはにやりと笑うと頷き、テルの待つホテルへ向かった。
「なんか暗いホテルだな」
「だから密談には絶好の場所なんだろう」
ホテルの女性従業員に階段の位置を尋ねたあと階段を上りながらオスカーとテルは話す。
「さて、三階の三〇二号室か」
階段に近い部屋で逃げるときの安全は確保できる。
テルは安心すると、三〇二の扉を指定されたとおりの回数を叩いた。叩き方で相手が会談相手か確かめる手段になっているからだ。
「入ってください」
扉が開くとテルとオスカーは、中に入った。
「奥へどうぞ」
「ありがとう。あなたは?」
「今回の会談をセッティングさせていただいたキャノンです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、リシェコリーヌ様は奥でお待ちしております。どうぞ」
キャノンの案内でテルとオスカーは短い廊下を通り過ぎ、広間へ行く。
「まあまあの広さだな」
「ルームサービスを頼んで良いですか?」
部屋の中に入ったオスカーとテルは口々に言う。
「密談です。不要な接触は避けてください。どうぞあちらの席へ」
キャノンに言われ窓際の席を勧められ二人は席に着いた。
前にいるのは、労働組合の委員長リシェコリーヌだ。
少しやつれた印象だったが血色は良かった。
ここ最近の組織拡大を喜んでいるのだろうか。
キャノンを名乗った男は、入り口に通じる廊下の近くに立ち、警戒している。
電話をとり安全かどうか確認しているのだろうか、話し込んでいる。
そして電話を置くとリシェコリーヌに耳打ちし、会談が始まった。
「テレポーターへの移行を止める気は無いのですか」
リシェコリーヌは開口一番、テルに尋ねた。
「ええ、鉄道よりテレポーターの方が、移動手段として優れています。代替機能として鉄道は残しますが、運輸の大部分はテレポーター対応に回します」
「全く違う物、鉄道からテレポーターに対応しろと」
「いいえ、テレポーターでも鉄道の保守整備や運用手法、テレポーターを確実に作動させるための整備や、効率よく相手先へ荷物を通過させる管理技術、テレポーター周辺での仕分けなど鉄道の技術が必要です」
「だが、そうした技術は管理職だけだろう」
「現業職も必要です。テレポーターで送る物品の管理、テレポーター自体の保守管理を行う必要があります。それらを行う人員が必要です」
「だが、そうやってふるいに掛けるつもりだろう、民営化の時のように。大勢の組合員を切り捨てるのだろう」
「そのような事はしません」
「止めるつもりは無いのか?」
「ありません」
「そうか」
リシェコリーヌが指を鳴らすと、背後のコネクティングドアが開いて数人の男が入ってきた。
「こいつらを総括する。やれ」
男達は、テル達の背後に回り込もうとした。
その時、部屋の呼び鈴が鳴った。
続きは
https://kakuyomu.jp/my/works/16816452220020846894/episodes/16816700427883767172
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