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会戦前

12/9 誤字修正

「なんだこりゃ」


 フレデリクスバーグから到着したフッカー中将は唖然とした。

 列車の止まったイリノイの操車場は、大部隊の到着地となっていた。

 自分の北方軍団は四万にも満たない数で、イリノイの守備に増強された一個師団を加えても五万程度だったはずだ。

 だが、実際にいたのはそれ以上の兵力だ。

 少なく見積もっても八万の兵力はいるだろう。


「おい! どういう事だ!」


 フッカーは、イリノイの指揮官に尋ねた。


「何でしょう」


「この部隊はどうしたんだ」


「増援です」


「増援! 何で今頃になって投入できたんだ」


「南西戦線が安定したので、そこへ運ぶ予定だった部隊が、そのままここに来たんです」


「何! どれくらいだ!」


「現在到着しただけで二個師団二万名にその他支援部隊です」


「到着しただけ? 一体何万人が来るんだ?」


「明日の明け方までに三個師団と支援部隊計四万人と物資が到着予定です。さらに明日中には六万人が到着予定。南西戦線で戦っていた主力軍と近衛軍の合計十五万も来援予定ですので合計二五万です」


「二五万人!」


 途方も無い数字にフッカーは驚いた。


「ただ、これは現在確定した分だけです。さらなる増強も行われる予定ですので、もっと増えるでしょう」


「……そんなに増やして物資や展開は大丈夫なのか?」


「正直言ってギリギリでしょう。これだけ広いイリノイの操車場で無ければパンクします。北から撤退してきた人達の中に鉄道員が多くいたので、彼らにも手伝って貰っているので何とか回している状況です」


 これが目的だったのか。

 フッカーは、王都が何故イリノイに撤退させたのか理解出来た。はじめから大軍で撃破するつもりだった。その大軍を輸送して下ろせる場所としてイリノイを選んだのだ。

 これだけの部隊を下ろすなど、敵の砲火を浴びているフレデリクスバーグでは無理だ。

 小出しに送るという手もあるが、それだと各個撃破の標的だ。

 戦力は集めて一点に投入するのがよい。

 その意味ではイリノイが一番良かった。


「それと大本営よりフッカー中将へ命令です。主力軍司令官ラザフォード大将が着任するまで北方軍団の指揮権を与えるそうです。命令は主力軍到着までに部隊の展開、宿営地の安全確保です。自由に配置して構わないそうです。ただ、配置は逐一主力軍司令部と大本営に伝えるようにとの命令です」




「驚いたね。完璧だ」


 フッカー中将が到着してから二日後、ラザフォード大将がイリノイに入った。

 二人が会談を持ったのは、イリノイの操車場に入ったラザフォード大将専用の移動司令部列車だった。

 その車両の中に設けられた会議室で彼はは驚嘆の声を上げていた。


「部隊配置が完璧すぎる」


 最前線は操車場の北側六リーグ(六キロメートル)。大砲の射程圏外だ。

 そこに増援として送られた九個師団が横一列に並んでいる。

 彼らの後ろに第八師団をはじめとする、北方軍団生き残り三個師団。

 そして、その後方に到着したばかりの主力軍と近衛軍。

 更に後ろに到着しつつある予備兵力

 最後にイリノイの操車場を護る一個師団。

 部隊配置としては最高だ。


「よくやったフッカー中将」


 ラザフォード大将は手放しで賞賛した。


「ありがとうございます」


「ひいては前線での作戦指揮もお願いしたい」


「どういう事でしょう?」


「新規兵力の投入の時期と規模、補給などはこちらが受け持つので、前線で現有兵力で思いっきり戦って下さい」


「よろしいのですか?」


「部隊配置を見て安心しました。フッカー中将の作戦なら大丈夫でしょう。故に前線指揮を命じます」


 それだけ言ってラザフォード大将はフッカー中将に任せてしまった。


「わかりました。命令に従います」


「ああ、それと先ほど女王陛下からの布告がでました。反乱首謀者と貴族階級以外は反乱軍兵士には罪を問わないと」


「それは助かりますが」


 彼らが反乱に荷担するのは、領主の命令だからと言うことも大きいが、反乱が失敗したら自分たちも処罰されるという恐怖からだ。それが罪を問わないと布告されたら、反乱継続の意思を鈍らせ、脱走や降伏を促すことが出来る。


「よろしいのですか?」


 だが同時に、国家の反逆者に対する処罰を甘くするデメリットもある。甘い処分となれば自分たちは処罰されないと思わせ反乱が頻発する可能性が高い。


「兵士の多くは王国の民です。いたずらに死なせることを望んでおりません」


「分かりました。直ちに手配いたします」


 それだけ言うとフッカーはその場を辞し、ラザフォードは司令車に移った。

 この司令部列車は旅客列車を改造して作られた車両で、昭弥が急遽用意したものだ。機関車から荷物車、客車、食堂車、会議車、資料車、魔術師の乗る通信車、護衛兵の乗る護衛車などからなる。

 特に重要なのは司令車で、特定の戦線の戦況だけで無く、通信車から入ってくる王国全体の戦況が逐一地図上に担当者がマークするようにしている。

 そのため、次の戦場でどのような事をすれば良いのか判断し指示することが可能だ。

 はじめは、必要ないと固辞しようと思ったのだが、昭弥が是非にと言ってくるので、物は試しと乗り込んだが、先のマナッサス会戦では使わなかったが、この北方戦線に移る過程でこの列車がどれほど有用かわかった。

 移動している間にも次々と大本営から情報が入り、次の戦場である北方戦線の様子が移動しながらでも分かった。

 常に新しい情報、特に敵の戦力と味方の増援兵力の位置と規模、到着時刻が分かるので作戦が立てやすかった。

 なにより、これだけ重要な情報が移動しつつも蓄積され、精度を増してゆく。

 これまでは、移動しながら指揮を取るのは、ほぼ不可能だった。

 移動中は、互いの伝令が行き違いをしてしまい情報が届かないことが多かった。また、やってきた情報も、移動の際に書いた書類が紛失したり行方不明になるなど、活用出来ないことが多い。だが、この移動司令部には、通信の為に多数の魔術師と、受信した情報を蓄積する資料車がある。

 効率の違いは段違いだ。


「さて、他の戦線はどうかな」


 そのため、最前線の指揮を他の指揮官に任せることが出来るのなら、他の戦線の状況を把握して次の戦いに必要なことを検討することさえ出来るのだ。


「やっぱ海から攻められるか。本隊の兵力も膨大だから撤退するしかないな。だが、大規模な操車場のあるオスティア、特にクラウディアは絶対死守だな。これだけの膨大な兵力を捌くには大きな操車場が必要だ」


 兵力集結のために大規模操車場の必要性は既にこのイリノイで証明されつつある。

 今後も兵力は増えるので、是非とも必要だ。


「オスティアの守備に二個師団ぐらい派遣して貰わないとな。獣人は能力が高いから、防衛でもしんどい。奇襲上陸作戦が行われたらひとたまりも無い。さて、周の方はどうかな」


 侵攻されているが、思ったより敵は移動していない。西方軍団の機動的な作戦に翻弄されているのが大きな理由だが、大軍故に動きが鈍いのと慎重なのだろう。


「暫く放置で構わないだろう。相変わらずのろいから。ただ、いくつか乗り降りの拠点となる場所の建設を行わないと派遣する軍団の乗り降りに支障を来すな。大本営に依頼しておこうエフタルはどうかな」


 相変わらず、小規模な騎馬集団で襲撃を繰り広げている。


「ここは大軍で叩きつぶすのは無理だ。現地の守備隊に砦に籠もって戦って貰おう」


 オアシスなどの重要拠点に新規の砦を作る必要があるが、全ての戦線でケリが付いてからで大丈夫だ。


「と、これぐらいで良いかな。まあ、今必要なのは、このイリノイで勝つことだ。数日で終わるだろう、が」




「何という大軍だ……」


 イリノイの町に近づいた時、目の前に現れた大軍の姿にアントニウスは愕然とした。


「敵は正面に九万を配置。その後方に予備と思われる三万がいます。更にその後方には、多数の増援がある模様です」


 報告に、幕僚達は蒼白となった。

 こちらの現有兵力は新規に傭兵を雇うなどして一六万。だが敵は確認できただけで一二万以上。

 下手をすると更に増える可能性がある。


「怖じ気づくな! 見たところ正面の敵は見たことも無い部隊だ。新たに作られた部隊であって恐るるに足らず、我ら貴族の力を持ってすれば、一撃で粉砕してくれる」


 キクリヌス大将が大きな声で貴族達を叱咤した。


「その通り」


「平民に貴族の力見せつけん」


 だが貴族は戦意を衰えさせなかった。

 アグリッパは何も言わない。こうなった以上は決戦しか内からだ。


「まもなく、更に二万の兵力がやって来る。彼らを予備隊として後方に配置し、本日はここにいる部隊で展開を終えた後たっぷり休養し翌日、攻撃を開始する」


「おうっ!」


 アントニウスの指示に全員が従った。

 今いる部隊だけで、敵に合わせるように部隊を並べて後は予備戦力として待機させている。

 正面に敵と同数の九万人、後方に予備と交代用の戦力として七万人を待機させた。

 正面に配置する兵力を少なくしたのは、戦線をむやみに広げず、指揮をしやすくするためだ。


「この戦いで勝利を手にするぞ」


「おう!」


 反乱を行っている彼らには、兎に角戦って勝つしかない。

 また女王の布告により兵士達の間に動揺が広がっている。下手をすれば彼らが自分たちに向かって刃向かってくる可能性もある。

 戦いに勝つしか彼らに生きる道は無かった。




「ここがイリノイか」


 列車から降りたガブリエルは、呟いた。

 王国の北に来たという気分は無かった。

 寒いと聞いていたが、ここにあったのは熱気だった。

 王国中から全人口が集まったと言われても信じてしまうほど、大勢の兵員と彼らを連れてきた列車が何本も待機していた。

 彼らと機関車の発する熱気で熱いくらいだ。


「急げ、操車場の北側に防衛線を作り、反乱軍を迎撃する。装備を降ろして向かえ」


「は、はい」


 アデーレに促されて、ガブリエルは指揮下にある第一中隊を引き連れてプラットホームから装備品を降ろす。

 降ろすのは、大隊配備の大隊砲だ。一リブラの砲弾を撃てるだけの小型砲だが、結構役に立つとのこと。さらに、ここで補給馬車を受け取り、持ち場に向かう。

 これらには既に支給品が積み込まれており後は運び出すだけだ。


「煉瓦だと」


 支給品のリストを確認していたアデーレは驚きの声を上げた。

 煉瓦造りの建物でも建てろと言うことか。それにしては大隊の人員と同じ数しか配給されていない。


「用意の良いことだ」


 だが、アデーレは逆に感心していた。


「あとで全員に一個ずつ渡す。貰ったら半分に割っとけ」


 ただの重量物になるだけの煉瓦を渡すなんて、とガブリエルは思った。歩兵の仕事の殆どは歩くことだ。歩兵の装備が身体に比べて非常に小さいリュックのみなのも、余計な物を背負わせて、重くなり足が遅くなるのを防ぐためだ。それを甘受しても煉瓦を持たせるなんて何をするのだろうか。


「しかし、ここで決戦をするつもりかフッカー」


 誰にも聞こえない声でアデーレは呟いた。




「ジャン! ジャガイモが足りないぞ!」


「はい、今持って行きます」


 斬ったばかりのジャガイモを篭に入れて持って行き、鍋にぶち込む。

 今ジャンが配属されているのは給食列車だ。

 有蓋貨車の中にオーブンを複数配備し、その前後に水と食材と石炭を載せた貨車を繋げて一組にした車両群を幾つも繋げて作った物だ。

 マナッサス会戦であまりにも大勢の兵員と作業員を動員し彼らのための給食が問題となり急遽、改造され投入された。

 彼らは戦場の後方へ移動し、兵隊や作業員にひたすら給食を作り続ける。水や食料を受け取れば何時までも作り続ける。


「聞いてないぞ、こんな配属」


 タマネギを切りながらジャンは愚痴った。何処にでもこうした雑用は必要なのだ。特にジャンは、厨房にいたこともあり重宝されていた。


「あー、前線に行けないかな」




 その頃、トムは駅のホームに立って通過する列車を見送っていた。

 駅員の任務の一つに、列車を視認して異常が無いか確認する仕事がある。床下から煙が出るなど異常が有った場合、直ちに信号を出して列車を止める。これは、故障が原因で大事故を防ぐために必要な仕事だ。

 普段は部下に任せているがここのところトムが立つ事が多い。

 ガブリエルが出征してから、この駅を通過する軍用列車が多い。当然前線に向かう兵士達だ。彼らの武運を祈るためにも出来るだけホームに出ている。

 だが、日を追う毎に冷や汗が出てくる。


「一体、何人出ていくんだ」


 一刻の間に少なくとも二本、多い時には六本の列車が通過する。当然車両は兵隊で満員だ。貨物列車も軍需倉庫から物資を満載で運んでいる。

 それらがひっきりなしに通過して王都に向かっている。

 まるで王国の西半分を全て運んでいるような感覚に陥る。


「一体どれだけの兵力を投入する気だ」


 昭弥の方針により、昼夜違わぬ列車運用が行われている。夜間も、機関車の先頭にランプかウィル・オー・ウィスプが乗り込んだガラスの小部屋を装備することでレールの安全を確認。これで万が一、橋が落ちていても分かる。初期の鉄道では橋の落下事故が多く、夜間だと暗くて橋が落ちているのが見えなくて知らずに落ちてしまったという事故が結構多い。

 だが、元から橋を頑丈に作ったのと、先ほどの照明の改善で安全を確保した。客車も灯り番を置くことで最小限ながら確保している。


「つまり、それだけ多くの人間を送り込んでいるんだよな」


 彼らが向かうのは戦地だ。あれだけの兵力を送り込むのだから負けはしないだろう。

 だが、彼らの内、何人が戻ってこれるのだろうか。

 再び冷や汗が出て、その刺激でトムは背を伸ばし、改めて通過する列車に敬礼した。


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