フレデリクスバーグの戦い
「攻撃開始!」
攻撃は反乱軍の砲撃から始まった。
しかし、これはアグリッパの命令によるものではなかった。
町側が降伏を拒否したため、準備が整う前に一部の貴族達によって、なし崩し的に攻撃が始まった。
たかが平民の分際で貴族に歯向かうのは、許しがたい。という意見が強硬派貴族に多く直ちに懲罰すべしという考えで自分の指揮下の兵に命じて突撃させた。
なにより他を出し抜き、戦功を上げようと目論んだのだ。
ある程度、砲撃を行った後、突入口を確保すべく、歩兵の銃剣突撃が始まる。
だが、突撃は悲惨だった。
大砲も装備した町側は、徹底的な射撃戦を展開。
バリケードやトーチカと化した外周部の建物から、遮蔽物を盾に銃撃を浴びせ、無防備に平野を横隊突撃をしてくる歩兵を次々と倒していった。
あまりに一方的な射撃のため、町に突入できた歩兵はいなかった。
「何故攻撃を仕掛けた」
攻撃に参加した半分以上の兵を失ったと報告を受けたアグリッパは勝手に攻撃した貴族達を責めた。
だが、それ以上の事はしなかった。
「準備を整え、攻撃を再開する」
アントニウスが一言だけ言って、それでこの件は終わった。
「何故処罰しないのですか」
話しを聞いたメッサリナがアグリッパに尋ねた。
「勝手に攻撃を始め、いたずらに兵を失う。このような事で宜しいのですか。」
「それが貴族というものだ」
貴族の関係は、対等であり合意があるのみで処罰は出来ない。
まして、連合体のような反乱軍で明確な命令権も指揮権もない。
北方は少数部族が多く、頻繁にやって来るため領国内であれば貴族が自由に私兵を動かし討伐できる。それは自分たちこそ真の武人であり、王国の支援を受けずに独力で解決できるというプライドを生む土壌となっていた。
「このような状況で勝てるのですか」
メッサリナの言葉にアグリッパは何も応えず、明日の攻撃の準備の指示を行った。
翌日、大砲の配置を終えた反乱軍は攻撃を開始した。
砲弾が雨あられと降り注ぎ、王国軍の防衛施設を標的に次々と撃ち込まれる。
ただの木造の建物は脆く、直ぐに崩壊した。
しかし、バリケードや崩れた建物の瓦礫や礎石を使って即席の防衛拠点にして抵抗を続けた。
「頑張れ! もう少し防御を続ければ俺たちの勝ちだぞ!」
フッカーはできる限り前線に出て督戦した。
正規軍、義勇軍、自警団混成の部隊であり、指揮系統の混乱などを心配したからだ。
「大丈夫ですよ。ここはまだ持ちます」
「そっちの柱もってこい。天蓋にするぞ!」
「将軍の言葉より弾薬を下さい! 貰えればいつまでも敵を撃ち続けますよ」
だが、士気は旺盛だった。
誰も一歩も引かず、攻撃を続けている。
「まあ、他に行く場所が無いしな」
自警団や義勇軍は町が無くなれば生活の糧を失う。第十八師団の将兵は、今逃げれば今度こそ本格的に処罰を受けることになる。何より戦意旺盛な自警団や義勇軍が許さないだろう。
こういうことも考えて混成部隊編成にして、外周に配置したのだが、思った以上に効果があった。
念のために、第八師団から一個歩兵連隊を駅周辺に予備隊兼監視部隊に置いていたが必要ないようだ。
「これで作戦に支障は無いか」
「思ったより硬いな」
アントニウスは、なおも降伏しないフレデリクスバーグを見て一言感想を漏らした。
砲撃で防御線に穴を空けて、歩兵部隊を突入させて占領するのが作戦だが、上手く行っていない。
「線路上を列車が動いています。増援を送り込んでいるのでは?」
傍らにいたキクリヌス大将が進言した。
「いいえ、前線からの報告では敵が増強された様子はありません。補給及び住民の避難と考えられます」
だがアグリッパが否定した。
確かに列車が動いているが、増援が前線に投入されている様子は無い。
アグリッパの言うとおり補給の可能性が高い。
そう考えるといつまでも補給が続いていると降伏する可能性は少ない。
「アントニウス殿、ご許可を」
「第二段階を開始せよ」
「はっ」
「何とか持ちこたえているな」
激しい攻撃の翌日、長い夜が空けて朝日が戦場を照らし始めた。
このまま持ちこたえれば敵は、対策を講じるだろう。
その対策は、川船を使ったフレデリクスバーグ南方への上陸作戦。
線路を遮断し、補給を切断できる。
陸上から延翼して遮断する可能性もあるが、戦線を広げるような事は避けるだろう。
膨大な戦力があっても、指揮できる人間は少ないし、警戒すべき点は少ない方が良い。
その点上陸なら、いたずらに戦線を広げることはない。
「将軍! 敵が南岸に上陸作戦を始めました!」
「やっときたか!」
予想通りの展開だ。夜の内に、川を南下して夜明けと共に上陸。ここは西岸、敵は日の出を背にするからこちらは狙いにくい。
有利な状況で攻撃できると言う訳だ。
「独立第四中隊よりの報告で、隻数約四百、敵総数一万ほどが上陸しています」
「直ぐに迎撃する。部隊を出せ。俺も出るぞ」
「はい」
「さて、あれは使えるかな」
前に使って有用だったという話だが、本格的な戦闘はまだ経験していないはず。少なくとも足手まといにならないのなら良いだろう。
「怯むな! 前に進め!」
上陸した指揮官が命じた。
敵は土手とその周辺を防御壁に使っており、上から銃撃を加えている。
こちらを見下ろす形で銃撃できるし、土手の頂上部分の死角を利用すれば装填も簡単に行える。
だが、敵の数は二百ほど。一万の前には敵では無い。
船着き場周辺を陣地にして抵抗しており、砂浜に上陸せざるを得ず、時間がかかっているが、陥落は時間の問題だ。
何より、敵の鉄道線を遮断することに成功している。
これが上手く行けば敵を飢えさせることが出来る。
「フレデリクスバーグから列車が来ます!」
部下の一人が報告した。
黒い煙を吐きながら接近してくる。
「迎撃用意!」
敵の射程外から線路に上り、迎撃態勢を取る。
線路を塞げば、敵も動けないだろう。
「なんだ、あれは」
それは異様な姿だった真っ黒い板を前と側面に張った、異形の列車。重い音を奏でながら接近してくる。
「う、撃て!」
恐怖のあまり射撃を命じたが、弾丸は全て黒い板に跳ね返された。鋭い金属音から板が分厚い鉄板だと分かる。
「撃て! 撃て!」
だが、他に対抗手段はない。大砲はまだ、上陸作業中で組み立てには時間がかかる。
やむを得ず銃撃を続けるが、止める事は出来ない。
ゆっくりと移動して遂に彼らの正面にやってきた。
引っ張ってきた車両に作られた銃眼からマスケット銃が伸びて彼らに向かって放たれた。
次々と銃撃を受けて倒れてて行く反乱軍。
反撃するが分厚い鉄板に阻まれ、有効な打撃を与える事が出来ない。
「結構使えるな」
銃眼から覗き込んで様子を見ていたフッカーは言った。
彼が乗っているのは先日、昭弥が即席で作った装甲列車だった。直ぐに取り外そうと思ったが、情勢が不穏とのことでそのまま残っていたのをフッカーが徴発したのだ。
「駅に突っ込んで乱戦になったと聞いていたが」
「社長が言うには、敵を側面に置いたとき最大の威力を発揮するとのことです」
列車というのは、正面より横が非常に長い。側面に無数の銃眼を付ければそれだけで長いトーチカになる。
「社長は凄いね。こんなものを考えつくなんて」
装甲列車は、昭弥の板世界でも使われていた。特にドイツやフランスなどの鉄道網が発達した大陸で使われていた。ロシアでも革命戦争時に各都市に赴き革命派を支援、その功績から歌に歌われる程だ。
日本も馬賊からの鉄道防衛の為に装備し、満鉄も自社線路の防衛の為に配備していた。時に、中国軍の装甲列車相手に装甲列車同士の戦闘を行ったほどだ。
現代でも情勢不安な国家で小規模ながら使用されている。
「これで鉄道の防衛は可能だな」
「ええ、まもなく撃退できるでしょう」
「それだけじゃ無いんだよな」
フッカーが呟いたとき、川の北側から無数の川船がやってきた。
反乱軍の追加部隊では無い。王国軍の川船だった。
「よし! 火を付けろ!」
川船は指揮官の合図で一斉に火を付けた。同時に付け終わると、川に飛び込んで行く。
慌てたのは反乱軍だ。上陸作業中で動きが取れない。
離れようとしても隣の船が邪魔でまともに動けなかった。
そうこうしているうちに、火の付いた川船が到達。燃え上がった。
「大成功だ」
フッカーは、この光景を見て呟いた。
「これで連中は二度と上陸作戦は出来まい」
上陸作戦は川船を使わなくてはならない。
だが、川船の数は有限だ。かき集めても二〇万近くになる総兵力の補給に使用する必要があり、その中から上陸作戦に使える数は限られる。今有る川船が彼らが使える最大限の数だ。
勿論、集めれば数百隻有るだろうが、補給に支障を来す。
やがて歩兵部隊を載せた列車もやってきて、歩兵を次々と下ろし戦闘に加わって行く。
あとは、残敵掃討となり、昼頃までには戦闘は終了した。
「さて、自由に行動させて貰いますかね」
「はい?」
「一寸した作戦を思いついた。連中に一泡吹かせてやる」
上陸作戦失敗の報告を受けたアントニウスは暫くの間、黙り込んだままだった。
自らが立てた作戦が失敗したことにより求心力は低下。
貴族が自分勝手に行動するようになり作戦効率が低下し始めた。鉄道を遮断しようと延翼運動を続け、戦線が伸びたこともあり、フレデリクスバーグからの反撃を受けることもあった。
それでも鉄道線に到達して妨害を行っても装甲列車がやってきて撃退した。
そんな事をやっていた二日目の朝、反乱軍最南端の部隊は背後から奇襲を受ける。
「突撃!」
第八師団に属する三個歩兵連隊による歩兵突撃だった。
昨日のうちに支線を使い鉄道で三個連隊六〇〇〇人を輸送。夜間に行軍して敵の背後に回り込んだ。
予想外の方向からの攻撃に反乱軍は混乱する。
「反撃だ! 突撃しろ!」
フレデリクスバーグの部隊も反撃に出て反乱軍に痛打を与えた。
「よし、退却しろ」
存分に戦った後、フッカー中将はフレデリクスバーグへの撤退を命令。反乱軍の増援部隊が到着したときには、既に町に入った後だった。
「上手く行きましたね」
「ああ、みんな夜間行軍してくれてありがとうな」
フッカー中将は褒め称えていたが、内心驚いていた。
特に鉄道の輸送力に驚嘆していた。
八〇リーグ離れた場所に三個連隊を一日で輸送できた。もし、これが出来なかったら移動に一昼夜かかり、今日早朝の奇襲など出来なかった。兵員の疲労が少なかったのも作戦成功の大きな要因だ。
とんでもない乗り物だ。
フッカーは驚いていた。
「フッカー中将! 報告です! 我が軍はマナッサスでアクスム軍を全滅させました!」
伝令が大声で報告する。このところ不利な情報ばかりだっただけに久方ぶりの明るい話を大声で叫び味方を鼓舞している。
「やった!」
目論見は成功して、士気が戻っている。
「まあ、当然か」
これまでの情報から、王都に向かっていたアクスムの別働隊が一番少なく、王都への脅威であり、これを撃滅するのが最優先事項だと考えていた。そのため北方戦線は後回しになると思っていた。
ただ、予想外なのは勝利の時期と敵軍の全滅だ。
王国軍の勝利は兵数から確定していても、移動や展開から一週間から十日、敵の動きによってはそれ以上かかると予想していた。
だが、数日で勝利するとは。
「これが鉄道と言うことか」
フッカーはただ一人呟いた。
「それと中将、王都より新たな命令が下っています」
その夜は、平穏とは全く違った時間だった。
夜にもかかわらず、列車が行ったり来たりして蒸気機関車の音が止むことは無かった。
大規模な増援と判断し反乱軍は翌日の総攻撃に備えて、大部分の兵力を休ませる事を決定。
同時に、攻略と決戦の準備を急いだ。
敵は夜明けと共に、攻撃してくると思わるからだ。
翌日、フレデリクスバーグに猛砲撃を加えた後、部隊が突入すると、誰もいなかった。
王国軍はフレデリクスバーグからの撤退を決定。一夜にして全部隊を鉄道で後退させた。
「素早い動きだな」
安全が確認されてからアントニウスは町に入った。多くの資材が残されていたが大砲の火門に釘が打ち込まれており、使用不能。川船には火が掛けられており、弾薬庫も燃やされた後だった。
以上の処理から統率のとれた撤退である事が分かる。
「連中は撤退して何処に行こうというのだ」
「敵の射程外より離脱しました」
「よし」
フッカーは不機嫌に部下の報告に頷いた。
最後の列車に乗って全員の撤退を確認するのは義務であり、不満はない。だが、撤退命令には不満だった。
即時全部隊をイリノイまで撤退。現地において絶対防衛線を敷き主力軍の到着まで保持せよ。
有利に戦えていたはずなのにどうして撤退させるというのか。
このまま戦闘を続けても暫く持ち、運が良ければ勝てたかもしれない。
命令無視も考えたが、続く電文で硬く実行を命じたためやむなく実行に移した。
渋る市長や義勇軍、自警団の説得に手間取ったが、何とか夜間の内に引かせ、第八師団に大砲や遺棄物資の処理を行わせ、敵の総攻撃の直後に最後の列車を発車させる事が出来た。
不承不承でも手を抜く気はなかった。
「イリノイで上手く行くのか」
確かにフレデリクスバーグより大きいが何が違うというのか。
「下手な手だったら承知しないぞ」




