積雪との戦い
「新交通システムってのは使えないのか?」
話を聞いていたオスカーが尋ねた。
都市内の交通手段として、リグニア帝国で導入されつつあるゴムタイヤを使った交通システムだ。
日本の場合、東京日暮里の<舎人ライナー>、お台場を走る<ゆりかもめ>、神戸の<六甲ライナー>などが有名だ。
小型軽量で鉄道より建設費が安い、ゴムタイヤのため鉄道よりキツい傾斜でも使えるため敷設条件が緩く、丘陵地の交通機関として使われつつあった。
「考えたんだが、止めておこう」
しかしテルは済まなそうに否定した。
「どうしてだよ。使えるだろう」
「冬が問題なんだ」
提案を否定されてオスカーが抗議するように言うと、テルが深刻に答えた。
同時にレイが素早く現場の気象観測報告書の写しを差し出した。そこに書かれた項目、積雪量をテルは指して説明する。
「積雪が多い土地なんだ。除雪する必要が出てきて経費がかかる」
「道路も同じだろう」
「道路は道路局がやってくれる。新交通システムだと独自に除雪車を必要とするんだ」
新交通システムはガイドレールに沿って走る専用バスみたいなものだ。
ゴムタイヤを持つためバスと似たような長所と短所、坂に強いが雨や雪のスリップに弱いという弱点を持っている。
積雪があると除雪をする必要が出てくる。
「通年で運転できるようにしておきたい」
「一応、積雪のある場所でも走っている新交通システムはあるが」
オスカーが資料を読みながら提案したが、テルは首を横に振った。
「確かにいくつか例はある。だがアレはドーム型のシェルターを使って雪よけしているんだ」
ゴムタイヤを使用する札幌の市営地下鉄など、地上区間を走る時は雪対策として線路を完全に覆っている。
このような例は知られていないが意外に多い。
札幌はシェルターの一部に窓があり外が少し分かるようになっているが、大半はコンクリで完全に埋められている。
上越新幹線など、トンネルとトンネルの間をいくつかシェルターで覆っているが、車内からだと窓が無いため、見分けが付かないので気がつくことは少ない。
「けどシェルターを作ると目立つし、車内から外がよく見えないから作りたくないね。せっかく信仰の対象となるほど素晴らしい景観なのに、車内から見えないなんて無意味だ」
「けど、雪に弱いんだろ。シェルターなしだと冬季は使えないぞ」
「もちろんだ冬でも使える交通手段にしないと意味がない」
交通インフラを扱う鉄道大臣としてテルは人々に一年中使える交通手段を提供したかった。
冬に孤立して、困ったことになる人々が出てくることを見過ごすことは出来ない。
両親や兄弟姉妹と違って普通の人間でしか無いが後続であり帝国のため、帝国の人々のために働きたいと考えているテルに冬季閉鎖などという考えはない。
「道路も冬は雪で通行止めになる事もあるよ」
「なら、なおさら雪に強い交通手段を用意しないと」
エリッサの言葉にテルはより情熱を持って考え始めた。
一度火が付くと止まらないのは父親譲りか、とエリッサは思った。
「懸垂式モノレールだ」
しばし考えた後、テルは呟いた。
「北の方で使用されている懸垂式モノレールを採用しよう」
「モノレール? 一本のレールしかない鉄道なのかい?」
「そうです」
一本のレールで走る交通機関で、羽田空港と浜松町を結ぶ東京モノレールや、多摩の多摩都市モノレール、大阪の千里にある大阪モノレールなどがある。
「そんなに聞かないね。新交通システムのほうを優先して作っていますから」
「どうしてだい?」
「事故が起こったとき、脱出が楽ですから」
モノレールは文字通り一本のレールを使うため事故が起きて停車した時、脱出が困難だ。
通常の鉄道ならレールの上に降りるのは簡単だが、モノレールは文字通り一本のレール敷かない上、枕木もバラストもない。しかもモノレールは普通高いところ、空中に作られる。
幅の広い平均台に降りるようなことになるので降りるのは危険だ。
新交通システムは空中に敷設されるが、路面に降りたり、中央に設けられた避難通路を使って脱出する事が出来る。
以上の点で安全面で有利なため昭弥は新交通システムを積極的に使用していた。
「そんな危険なものを使うのかい?」
「モノレールは道路の上に敷設します。それほど高くないので事故が起こっても新開発した脱出用のシューターを使用して脱出出来ます」
だが、鉄道省内にいる一部のモノレール至上主義者が安全性を高めるため、車載式の脱出シュートを開発していた。
筒状のシューターで、内部がらせん状になっており、垂直に下ろし乗客が中をぐるぐる回りながら、スピードを抑えつつ降りられるようにして安全に脱出できるようにして売り込んでいた。
だが至上主義者内部でも跨座式――レールに跨がる方式のモノレールだけで、日本跨座式、ロッキード式、アルヴェーグ式、東芝式――リグニア固有の名称があるが、理解しやすいよう構造的に近い日本の呼称を流用させてもらっている――などの方式が乱立している。
それぞれが勝手に製造したため、互換性がなく量産によるコスト低下が起きない状況となり、汎用性に優れた新交通システムに押され気味だった。
「でもそれも積雪に弱いんじゃ?」
「大丈夫です。使うのは懸垂式の中でも積雪の影響がない、サフェージュ式を使います」
続きは
https://kakuyomu.jp/my/works/16816452220020846894/episodes/16816700427281478822
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