ネブラ周辺の問題
「つまり、鉄道の開通で、遠くから人が集まりすぎて問題になっていると」
テルは時間を掛けてテーヌから問題を聞いて要約した。
テーヌの神殿は、山の中腹近くにあり昔から信徒も多く巡礼者がいていたため門前町となるネブラという街が出来るほど栄えていた。
鉄道が発明されてからは、当然巡礼のためにネブラまで鉄道が敷かれることとなり、繋がった。
だが、此処で問題が発生した。
古くから門前町としてネブラが発展していたため、鉄道開通時ででも神殿から広範囲に神殿から二キロ以上街が広がっていた。
その上、中腹に神殿があるため、急な傾斜のある門前町ネブラを通って神殿の近くまで鉄道を敷設することが出来なかった。
そのため、鉄道駅は神殿からネブラの街の反対側、街の下端に近い二キロほど離れた場所に開設されてしまった。
駅と神殿を結ぶのは市電とバスだったが、モータリゼーションが起きたため車でやってくる巡礼者が増大。
古い門前町であるネブラの狭い道は通行容量をすぐにオーバーして町中の道が渋滞となり大混乱となって仕舞った。
巡礼者は増えているが、増えすぎてネブラでは処理できなくなってしまった。
しかも国鉄が後から線路を敷設したため私鉄と競争となり観光客を呼び寄せたため更に多くの人々が押し寄せるようになってしまった。
巡礼者以外の観光客も集まり、マナーは低下してお客と勘違いした観光客が巡礼者や町の人とトラブルを起こすようになる。
マナーが悪いため街は汚れ始め治安は悪化してゆき、街の人々の心は荒んでいった。
中には鉄道を廃止して巡礼者の数を減らそうと言う声も出ていた。
しかし観光客を相手に商売を始めた店主達もいるため、鉄道擁護派が出来て街のいけんは二分され対立状態になって機能不全が深刻化した。
さらにもう一つ問題が出ていた。
「それと奥の神殿へ向かう人も多いと」
麓の神殿は表の神殿で、山の奥の方、険しい谷を登り切ったところに大きな湖があり、そこに奥の神殿がある。
奥の神殿へも通じる道路が開設され、此処にも観光客の車が殺到し大渋滞が発生していた。
神殿の管理や催事に協力してくれる地元の人達の生活や移動が困難になるほど人が集まってしまい奥の神殿も荒れ始めていた。
「な、なんとかして欲しいのです……」
気弱そうにテーヌは話した。
「僕からもなんとか解決できるようお願いしたいんだ。僕の神殿を大きな神殿にして大勢の巡礼者や信徒を送り届けてくれた昭弥の息子、テル君を頼りにしているんだ」
エリッサは頭を下げてテルに頼み込んだが、テルは難しい顔をした。
「その話は何度も聞いていますけど、難しいな」
「何でだよ、すでに大きな神殿も門前町もあるから解決するのは簡単だろう。僕の神殿の時のように一から作るより楽なはずだ」
「逆です。むしろ神殿も門前町もあるから難しいのです」
「何でだい?」
「鉄道を門前町の中に敷くとして、その場所に住んでいる住人はどうなりますか?」
鉄道を敷くには土地が必要だ。
街の中に市区となれば、町の人にはよそへ移って貰う必要がある。
大勢住んでいる門前町だと引っ越しの交渉だけで大変だ。
エリッサ神殿の場合はは、言い方は悪いが、寂れた上に半壊状態となったため、無人の荒野に一から作り出すことが出来た。
そのため、大勢の人々を迎え入れる事の出来る、効率の良い神殿都市、あるいは街と神殿全体が巨大なアトラクション施設になっている。
大量の巡礼者観光客を受け入れる事を念頭に作っているため人の導線をはじめから設定し、混雑しないように流れを決める事が出来た。
だから年間一千万人の人々がやってきても受け入れられる。
大勢の人に来て貰う必要があるが人口密集地帯であるチェニスに近いため、問題は無かった。
しかし、ネブラは昔ながらの門前町ですでに大勢の人が住んでいるし、巡礼者、観光客も多い。
無理に鉄道を中心街に通したら長期化したり、町に混乱をもたらしてしまう。
そもそも鉄道が神殿の反対側、街の端に作られたのは、門前町へ通すことによる混乱を懸念しての事だ。
町の端に駅を留め置いたのは、ある意味正しい判断だった。
ただそれで問題なのは、駅と神殿が遠く離れているために間を結ぶバスや路面電車が非常に混んでしまったことだ。
テルはテーヌに尋ねた。
「人の動きは分かりますか?」
「人の動き?」
「町に泊まっていく人が多いのでしょうか? それとも日帰りで駅と神殿を往復するだけの人が多いのでしょうか?」
「日帰りの人が多いです。神殿に参拝したらそれで帰ってしまう方が多いです。あとネブラの街はお宿が満員だから近くの温泉街へ泊まる人が多いです」
「やっぱり」
旅行ツアーの基本は一日で何カ所も回ることであり、その方がツアー客の満足度が高い。
人は一箇所に長く滞在するより短時間の間に何カ所も回った方が充実いているように感じるからだ。
そのため過密スケジュールを組むことが多い。勿論料金を多く取れるという経営的な理由もある。
「奥の湖や神殿の方はどうでしょうか?」
「やはり日帰りの人が多いです。ですが、景色が良いせいか、泊まりの人も多いです」
「渋滞になっているのは湖に向かう途中ですね」
「はい、傾斜が厳しくて鉄道を通すことが出来ないと聞いています」
「因みにどれくらいですか?」
「かなりキツいと聞いています」
「レイ」
「はい、ネブラ周辺の地図をご用意しました」
テルが言うと手早く執事のレイが地図を持ってきた。
テーヌの姿を見て手早くネブラ周辺の地図を初めとする資料を用意させたのだろう。頼めば地質図や気象記録、ネブラの人口統計、政治状況も全て遅滞なく出すに違いない。
本当に殺したくなるくらい優秀で手放せない人材だ。
時折起こす悪戯を甘受してでも手元に置かなければならないことを、テルは改めて痛感した。
テルは地図の上に定規を当て、麓の神殿と湖の等高線を読み取った。
「麓の神殿から湖まで十キロの間に千メートル上るのか」
「……何か問題でも?」
「傾斜がキツすぎる。鉄道を通せない」
鉄道の最大の敵は傾斜だ。
二〇パーミル――水平距離で一〇〇〇メートル進む間に二〇メートル上昇するのが限界とされる。
だが、神殿と湖の間は十キロの間に千メートル、平均で一〇〇パーミルを越える。
山は最後の区間の勾配がキツいから下手をすれば倍の傾斜になってしまう。
遠回りして傾斜を緩やかにする方法もあるが、建設区間が長くなり、建設費が膨大になってしまう。
利用者が少ないのでは赤字になるか、運賃が高額になってしまう。
「湖まで鉄道を通すのは難しいな」
続きは
https://kakuyomu.jp/works/16816452220020846894/episodes/16816700427214498689
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