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戦いの前

「断固拒否する」


 降伏勧告を受けたフレデリクスバーグの市長は即座に回答した。


「我が町は、全力で護る」


「町を灰燼にしても良いのか」


「それでも護る。そんなに我が町が欲しいのなら、手痛い反撃を喰らうぞ」


 使者の脅しを受けても強固に拒み追い返した。


「良かったんですか?」


 フッカーは市長に尋ねた。


「貴方方がいますからね。降伏すれば、あっという間にこの町を占領するでしょう」


「いいえ、その前に逃げ出しますよ」


 真面目な顔をしてフッカーは答えた。

 潜在的な敵対勢力がいる市で籠城戦など、とても出来ない。内と外に敵を抱えいつ裏切りに合うか警戒しながら戦うなど神経が参る。

 巫山戯ているように見えるがフッカーは合理的に考えていた。


「だが、我々が反乱軍に与するとは考えていない」


 市長の言葉は当たっていた。

 フレデリクスバーグは最近発展したのは鉄道が開通したからだった。物資の集積拠点として水運の要だったが、鉄道が出来た事で更に発展している。

 だが、反乱軍は鉄道廃止のために決起しており、繁栄の要となっている鉄道が無くなるのは市にとって死活問題だ。

 だからこそ王国側に付くことを決めた。


「どれくらい持つでしょう?」


 市長は尋ねた。

 遊牧民の襲撃や盗賊、反乱の頻発する王国北部である。身分に関わらず戦いに慣れた人間は多い。市長も若い頃から自警団にいたし、正規軍の一員として討伐や遠征に赴いたことがある歴戦の勇士で、市長になってもその勘は鈍っていなかった。

 籠城戦とはいえ、二万に満たない兵力で二〇万の敵を相手に勝てる訳がない


「食料の量によりますが、一月は持つでしょう」


「市民全員を養うには不足ですか」


「ええ、だから老人や子供は市の外に避難させるべきです」


「出来ますかな?」


「鉄道会社に支援を要請しました。食料を運ぶ代わりに帰りの列車に避難民を乗せることを許可させました。王都まで載せていってくれるそうです」


「それは良かった。直ちに避難するように命じましょう」




 フッカーは会談を終えると外に出て見回りに出ていった。

 フレデリクスバーグは臨戦態勢に入っていた。

 町の各所にバリケードが設けられている。

 建物の中では一階部分の床を外してバリケードを築くと共に、土を回収して硝石を採る作業を行っている。

 古い建物では、バクテリアの作用で硝石が生まれやすく、それを回収して水に溶かし出して濾した後、煮詰めれば硝石が採れる。

 品質は悪いが弾薬不足を解消するには良い。

 兵隊人形も回収された。図上演習や教材として使われる小型の人形だが鉛で出来ており、溶かして弾丸にする。

 町は戦時体制一色となっている。

 防衛線となる市の外周部は特に色濃い。

 外側の建物は、低ければ解体して資材に、高い建物は一階部分の入り口や窓を塞いで、簡易的な要塞にしている。

 移動しやすいように、隣接する建物の間に穴を付けたりしている。


「準備はどうだ?」


 近くにいた兵士に尋ねた。


「はい、市民が協力的なため順調に進んでおります」


 兵士が答えた。


「大砲などの重火器も準備できており、かなりの交戦が可能かと」


 障害物のあるなしは、重要な問題だった。

 マスケット銃は連射が出来ず、再装填は立って行わなければならない。だが、遮蔽物さえあれば、その影に隠れて装填できる。

 一方、ない方は敵から撃たれながら装填しなければならず、一方的に撃たれるだけだ。


「そりゃ良かった」


 精々、粘って敵を引きつけるつもりだった。今後の展開を考えると、ここで目的を達成することが是非とも必要だった。




「フレデリクスバーグは徹底抗戦の構えを見せております」


 報告を聞いて、貴族達は色めき立った。


「平民風情が生意気な」


「貴族に歯向かえばどうなるか見せてやる」


「焼き払ってくれる」


「やめたまえ」


 アグリッパは鋭い声を放ち、興奮した貴族達を鎮めた。


「市街地戦は非常に危険だ。城壁が無いとは言え、建物を障害にして応戦することは可能。また道にバリケードを敷けば簡単に通れなくなる。何より、待ちを破壊すると我らの休養できる場所が無くなり、今後の作戦展開が困難になります」


 淡々と急速な攻撃の欠点を述べた。特に最後の休養できる地点が無くなる事が貴族達にとっては重大だった。


「ではどうすると」


 若い貴族が尋ねた。


「包囲し攻略する以外無いでしょう。攻城砲を展開し、防御拠点を破壊。その後突入口を確保して町内部に突入します」


「当たり前すぎて、つまりませんね」


「他の手段だと効果が無く、損害ばかりです」


「いや、もっと良い案がある」


 発言したのはキクリヌス大将だった。


「フレデリクスバーグを攻略せず包囲のみに抑えるのです」


「反対です」


 アグリッパは慌てて反対に回った。ライバルだからではない。キクリヌスが提案する作戦案が不味いからだ。純軍事的に正しく、実行しようと考えたが政治的に欠点があり実行が躊躇われるものだからだ。


「包囲のみでは補給路を分断される形になり、進撃に支障を来します。水運を利用しますから川船を出して我々の補給船団を攻撃する可能性が」


「攻城砲を展開して川船の港を破壊すれば良い。あとは滞りなく南下して王都を突けば良い」


「おお、素晴らしい」


 若い貴族が感嘆した。


「それで町の包囲を行うのは誰なのですか?」


 そこで沈黙が走った。もし町を包囲に残ったら王都を攻略した後、戦後処理で分け前にあずかれない。町の包囲という重要な任務だが、自分の権利が認められるのは氏族の話し合いだ。その話し合いの場に行けないのは、非常に大きな損失だ。

 そのため、彼らは誰一人立候補する人間はいなかった。


「アグリッパの案で行こう」


 アントニウスが決断し伝えると全員が不承不承ながらも従った。ここで何か言って貧乏くじを引くよりましと考えたからだ。


「作戦指揮はアグリッパ中将にお任せする。キクリヌス大将は私の元で助言を」


「はっ」


「はっ」




「おじいさま」


 アグリッパが自分の陣地に帰る途中、呼び止める声がした。


「おお、メッサリナ」


 自分の孫娘であるメッサリナだ。士官候補生として部隊に配属されていたが、現在は任官させ自分の副官にしている。

 まだ少し小柄な少女であるが、育ちが良いせいか、成長が大変宜しい。メッサリナは、笑顔を自分の祖父に向けた。


「おめでとうございます。大軍の指揮を取り、町の攻略を行うなど名誉なことです」


 祝福の言葉をかけるが、アグリッパは悲しそうな顔をして答えた。


「そうだなメッサリナ。通常ならな、だが今回は違う」


「どうしてですか」


「まだ社交界に出たことは無かったね」


「はい、士官学校に入り部隊での実習配属中でした」


「貴族の世界と軍人の世界は違うのだよ。貴族は独立不羈の志が強く、プライドが高い。指示され命令されることに慣れている人間は少ない」


「まさか」


「事実だ。今は静かでも、私の命令を聞くかどうか」


「しかし、アントニウス様が」


「アントニウスか」


 元宰相であり女王の信頼厚い人間だった。だが、反乱を首謀し、三カ国をまとめ上げて王国に攻め込ませた。

 これだけでも十分怪しいが、まだ何か隠しているようで怖い。用心しなければならないだろう


「済まないが、領地に行ってくれないか」


「お断りします」


「なに」


「おじいさまは、私を遠ざけようとしているのでしょう。戦場から」


「領地が心配なのだよ。これだけの大きな戦だと野盗が出てくる」


「家令が居りますから大丈夫。彼なら守れるでしょう」


 確かに家令は、実戦経験豊富な元軍人であり、領地の私兵達を率いて撃退するくらい簡単だろう。


「だがな」


「ご心配なく。訓練は受けております。十分戦場で働けます」


 アグリッパの心配はそこではなかった。贔屓目に見ても孫娘は十分に軍務を果たせるだろう。だが、貴族の間の見えない確執や暗闘を知っている訳ではない。

 だからこそここから離れて欲しいのだが、無理そうだ。


「わかった。傍らで私の補佐を頼む」


「はい、喜んで」


 メッサリナは年相応の笑顔をしていた。軍人以外の道を進めば、どれほど良かったかと思いアグリッパは、心の中で嘆いた。

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