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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第七部 第三章 リニア新幹線
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車体傾斜への挑戦

「酔いそうだな」


 カーブの度に車体の傾きと感覚がズレる事を経験する事を想像したオスカーは顔をしかめた。

 空挺部隊のため何度も輸送機に乗っているが機体が傾き横に引っ張られるのは意外と怖い。

 それが何度も起きるのは確かに嫌だし、酔いそうになった事も多い。


「凄く酔う。特に獣人族は敏感で酷い酔いのようだよ」


 テルは肯定した。

 試作された列車の乗り心地を確かめるために列車に乗せたが、以上の欠点のためバランス感覚に優れ三半規管が敏感な獣人族の人たちは確実に酔ってしまった。結果、彼らが乗った試作車両の中は、よって気分の悪くなった彼らの嘔吐物で汚れてしまった。


「それでも速度アップを考えて導入したんだが、やはり酔うお客さんが続出。『ゲロ電』と呼ばれてしまったよ」


 テルは、ため息を吐きながら言う。


「それで、失敗を糧に改良型の制御付自然振り子電車を開発したんだ」

「済まん、俺の語彙力が乏しいのかな。対義語が一緒に置かれているような気がしてならないんだが」

「ああ、『振り遅れ』『揺り戻し』を起こさないよう、カーブに入る前から傾け始め、カーブを出た時戻り、揺れを無くすために制御装置を付けたからね。どうしてもそんな名称になる」

「いっそ強制的に制御したらどうだ」

「失敗してから強制振り子式にしたみたいだ」

「また失敗したのか……?」

「自然振り子を残したのはカーブの微妙な傾斜を自動的に修正するために残したらしい。やっぱり応答性、カーブの傾きと車体の傾きにズレがあって失敗した。で強制制御式に切り替えた」

「今度は大丈夫なのか?」

「予めカーブの傾きを検知して無理矢理車体を傾ける方式なんだが、やっぱり傾きのズレがあって開発が難航しているんだよね」


 車体の傾きも遠心力も機器を使えば計測できるし数値化できる。

 しかし、それらが人々にどんな影響を与えるかというデータが存在しない。手探りで探している状態だ。 


「しかもやっかいな事は分かっていて、やったんだよね」

「失敗すると分かっていて?」

「ああ、元いた世界でも同じ事が起こったらしい」


 自然振り子式は三八一系、制御付自然振り子式はJR四国の二〇〇〇系で採用され、九〇年代以降は制御付自然振り子式が主流になった。


「スピードアップは至上命題だったからね。導入せざるを得なかった。それに」

「それに?」

「導入するとき、詳しいデータなんてない。試行錯誤するしかない」


 前の世界で知識や仕組みを知っている昭弥であっても詳しいデータや数値を知っている訳ではない。

 それに日本とリグニアでは作っている車両の大きさも重さも違う。

 そのままの数値を使っても失敗するのは目に見えていた。


「だから、どんな失敗になるのか、完成させるにはどうすれば良いのか調べるためにあえて作った」

「失敗前提で作ったのかよ」

「ああ、分からないなら分かるためにあえて失敗してやるというのが父さんのやり方だったし」

「とんでもないな」


 失敗することを確認するために、失敗すると分かっていて実験する。

 その精神がオスカーには理解不能だった。


「必要な事なんだよ。理屈の上で失敗するものが本当に失敗するかどうか」

「もし、成功したら?」

「理屈の方がおかしいと言うことだ。成功を見てどうして成功したのか理屈を組み立てる」

「難儀な性格だな」

「仕方ないよ、絶対に失敗の許されない鉄道なんだから。けど新しい技術が無ければ、発展することは出来ない。挑戦し続けるしかないのさ。失敗の残骸を直視して経験をくみ上げながらね」

「それで上手くいったのか?」

「最後には何とか形になったよ」

「結局成功させたのか」

「一応は。けど妹が振り子式より簡単で同等の効果を得られる空気バネ方式による強制傾斜装置を完成させたため不要になった」


 台車に使われているバネが乗り心地向上のため、コスト削減、重量軽減のため空気バネに変更されはじめた。

 その空気バネに充填する空気の量で伸縮にさを付けることで車両を傾斜させる装置を妹が考案し実現させたのだ。

 元々、ブレーキに圧縮空気を各車両が使っていたこともあり、空気バネ用にパイプを分岐させ、台車を取り替える程度の変更で済むのも利点だった。


「結局無意味だったのか」

「急カーブの少ない幹線はともかく、カーブの多い山岳地帯では使用回数が多いので自然振り子式が有利だけど」


 空気バネ方式の弱点として当然ながら空気の使用量が多い。

 カーブの多い山岳路線などでは、使用回数が多くブレーキに必要な空気まで消費してしまう可能性が高かった。

 そのため、山岳地帯やカーブの多い路線では、振り子電車を使うことが多かった。


「……何というか波瀾万丈だな」

「こんなの技術じゃ当たり前さ。アイディアを思いついて長年研究して成果を上げても、すぐに新しい技術が出来て陳腐化して廃れるなんてありすぎる。まあ、そもそも鉄道自体、既存の技術を淘汰する悪魔みたいなモノだからね」


 昭弥がリグニアに来てから鉄道を中心に大きく変わっている。

 技術革新が進み、多くの産業や分野が陳腐化した。

 ただ、進みすぎて鉄道さえも陳腐化が激しい。

 SLが走ったと思ったらガソリンカーが登場し、次いでディーゼルカー、電車が登場して新造したばかりなのに旧式にされる車両が多かった。


「この大混乱状態を解決するのも大臣の仕事さ。一つの成功の後ろには十くらいの失敗がある」


 皮肉げにテルは笑った。

 やはり台車交換方式に失敗したことが悔しいらしい。


「さて、しばらくは大臣として鉄道の発展に力を注ぎますか」


 そう言って、自分の仕事に戻り始めた。


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