貴族軍の内幕
反乱軍は、北方の貴族達の半数以上一二〇家が参加しそれに連なる私兵軍と賛同した正規軍三個師団、王都から派遣されたアントウニウスの師団と北方軍団の二個師団が加わり、当初十二万の兵力だった。
その後、正規軍から離脱して合流したり、傭兵を雇うなどして総兵力は十七万以上となり、なおも増大中だった。
だが、進軍速度は遅く、ゆっくりとしたものだった。
理由としては、貴族の間での意思統一と誰もが他人の下に付きたくないという考えからだった。
プライドが高いのも理由だが、領地付の貴族というのは、独立した国家のようなもので誰かに従うのは植民地や家臣になると考える者が多い。
「近年の鉄道の発展により王国は混乱の中にいる。これを正すため鉄道建設を推し進めた女王より権限を剥奪し、貴族による共和制を行う。認められないのであれば、軍を起こし王都へ向かい実力を持って正す」
鉄道が出来た事で自分たちの生活が苦しくなったので、鉄道を壊すために決起しただけであり、鉄道さえ無くなれば良かった。
何より自分たちの権限を、領地に土足で入ってくることが許せなかった。
ただ、あわよくば王国の中枢の役職に就任することが密かな野望となっており、周りにいる諸侯は仲間であると共にライバルであるので協調性は低い。そのため個々の部隊が独立して好き勝手に動いているような動きになっている。
一応、反乱前は、王国、女王という上位者がいたが今は反逆して敵対しているので、倒すべき共通目標となってもリーダーにはならなかった。
いるとすれば元宰相で公爵のアントニウスだが、幹事くらいにしか諸侯は考えていなかった。
それでも諸外国の協力を取り付け、王都の女王を動けないようにしたのは誰もが認めるところであり、一応指示には従っていた。
それに本人が明言した訳ではないがセント・ベルナルドを爆破したのもアントニウスではないかと考えていた。それなら帝国の介入を最小限に抑えることが出来る。帝国が出てきて裁定に出る前に、出来るだけ多くの領土を取り、既得権益を主張できることもあり、反発は無かった。出来るだけ王国内の問題として片付けるためにも貴族達は、帝国の介入は最小限に抑えたかった。
明言しないのは帝国の鉄道と街道を爆破したことが分かれば、帝国への反逆行為と捉えられ処罰される恐れがあるからだ。
そうした巧みな謀略戦による優位も貴族達がアントニウスに一目置く理由であった。
だが、同時に手強いライバルであると警戒させることになった。
「王都は我々の要求を拒否した。かくなる上は、ルビコン川を南下し、王都を占領する」
その方針がアントニウスから示されたとき、誰も反対はしなかった。
しかし、何処で出し抜くか、戦功を上げて上位に食い込むかを考えていた。
それでも自分たちの存在意義を示すように鉄道を破壊しながら進んでいった。それが進軍速度を遅くしているのだが、しょうが無かった。
「敵軍はフレデリクスバーグに留まっています。ここで防御するようです」
その報告が下ったとき、アントニウスは無表情だった。
「総兵力は?」
「自警団、義勇軍を含め一個師団以上、一万五〇〇〇以上と推定します」
「入っている正規軍の部隊は分かるか?」
「第十八師団です」
「第八師団は?」
「一部が町に入っているのは確認しましたが、全ては確認できていません」
「臆して逃げたか」
話したのは元王国軍総司令官キクリヌス大将だった。
「日和見主義の師団長の部隊で、脅威ではありません」
元部下に見下したような言葉をかけるが、彼は人事畑の人間で能力より、貴族の力関係などから人事を決めていた。そのため、人事の事情から無能な人物を任命する事が多々あった。
今回の反乱軍参加も王国軍における人事権をほしいままにしたいが為だけだ。
そのため、彼を重視する人間は少なかった。
アントニウスもその一人で、彼の言葉を信用せず、第十八師団に寝返る様子が無かったので、万一王国に付いた場合を考え攻撃した。だが思いのほか速く撤退した。
「お待ち下さい」
異議を唱えたのはアグリッパ元王国軍中将だった。
王都から派遣された第五師団師団長だが、本心は反乱への参加はしたくなかった。だが、領地の周りを反乱参加貴族に囲まれ、領民の安全を脅かされたのでやむを得ず参加した。
キクリヌス大将より階級が低いが多くの戦いに参加しており、彼以上の実戦経験がある人間は少ないと言われている。だが、謹厳実直で直言癖のため、人間関係が悪くとっくの昔に大将に任命されてもおかしく無かったが、中将のままだった。
「確かに師団長に問題があったのは確かです。ですが既に処刑されており新たな人間に変わりました。生まれ変わったと見て良いでしょう」
「ふん、新しい指揮官に変わっても動きが良くなるわけではない」
「逃走の汚名を晴らすため、死にものぐるいで戦ってくるでしょう。また第八師団の動向が分かりません。この師団の本隊が何処にいるか確認しなければ、不意に奇襲を受けて大損害を受ける可能性が大です」
「この二〇万に届こうとする軍に戦闘を仕掛けるなど、正気の沙汰ではない。見つからないのは大方退却中だからであろうよ。逃げる敵を見つけるのは困難だからな」
嘲笑うようにキクリヌス大将が笑うと、他の貴族達も笑った。
ただアグリッパ中将と、アントニウスだけは笑わなかった。
二人は考えた。確かに退却した事も考えられる。しかし、王国軍の場合は攻撃が主だ。
もし、後方で後ろに回ろうと考えているとすれば。
「フレデリクスバーグを包囲し占領する」
アントニウスは、そう宣言し当初の計画通りに行動することにした。
「町に降伏勧告を行い。正規軍が撤退するのであれば町は破壊しないと伝えるんだ」
「拒むに決まっています」
キクリヌス大将が反論したが、アントニウスの決意は固かった。
「だとしても、攻撃準備の時間を稼げる」
降伏すべきか否かと議論している間に、部隊を展開。迅速に占領できるようにする。受け入れれば直ぐに掌握できるし、拒めばそのまま攻撃できる。
「良い手だと思います。部隊の展開にも役に立ちますし、後方からの補給も受けられます。また無傷で町を占領できれば休養に使えます」
アグリッパ中将もアントニウスの意見に賛成した。
「上手い手ですな」
アントニウスの手腕を貴族達は褒め称えた。特にアグリッパの町での休養という言葉に賛同した。軍隊経験があるが、貴族にとって野営は辛い。屋根のある場所で眠りたいと思う貴族が多かった。
結局、フレデリクスバーグへ降伏勧告が行われる事になり使者が送られる。
だが、この策は直ぐに崩れ去ることになった。
「フレデリクスバーグは降伏を拒みました」