北方戦線
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「よし撤退するぞ! 積み残しは無いか!」
「将軍だけです!」
「なら出発しろ!」
命令と共に最後の列車に飛び乗り、将軍と呼ばれた男はひと息吐いた。
直ぐに構内を出て行った直後、駅に砲弾が雨あられのように降り注ぐ。
「何とかなったな」
北方軍団配備の第八師団師団長フッカー少将はその光景を見て心底助かったと思った。
「ご協力ありがとうございます」
「はい」
言葉少なに答えたのは、出発した駅の駅長だった。
鉄道会社本社の命令で撤退のための列車の手配と、入れ替えを指揮し、全てが終わったら駅を護るため立てこもろうと決めていた。だが、フッカーの説得と本社からの指示で、最後の列車に乗り込み、渋々従った。
「あそこにいたら殺されていましたよ」
「はい」
一言返しただけで、駅長は砲撃され壊されて行く駅を見続けた。建設時から駅長として勤務しこれからだと言うとき、破壊されたのだ。
心中察すると痛々しい。
自分の弟も駅長をやっていたので、駅に愛着を持っていたから余計に辛い。
「師団長、これからどうしますか?」
部下の参謀長が尋ねてきた。
「俺が知りたいよ」
反乱が行われた日、北方軍団司令部が反乱軍に寝返り、指揮下にあった四個師団の内、二個師団が追随した。
フッカーの元にも反乱軍に加わるよう命令が下っていたが、王都からの正規の命令に基づくものでは無いと言って拒否した。何より、上級貴族に弟を殺されて、頭にきていた。
ラッセル・フッカーも代々の貴族だが、領地の無い年金暮らしの騎士階級で、喰うために軍務か公務に就く必要があり、三男坊では当主になれないので、軍へ入った。
弟は、新たに出来た鉄道会社に入りそこで駅長を任されて張り切っていた。無能な上官の命令を聞かなくてはならない軍隊より、発展していて人々の役に立つ鉄道に入ったことをラッセルは喜んでいた。
だが数日前、鉄道に反発する領地持ちの大貴族の私兵に襲われ弟は駅を守るべく奮戦し、制圧されむごたらしく殺された。
だから死んでも大貴族の下に行くのはゴメンであり、むしろ倒す側に立ちたかった。
「師団の状況は?」
フッカーは、参謀長から部隊の状況に関する報告書を受け取った。
指揮下の部隊の内、何隊かが離脱しり、拘束して武装解除したが師団総兵力の八割を掌握していた。
あとは、上級司令部の指示を待って反撃する予定だったが、敵の動きが早く戦闘に巻き込まれた。
おまけに正規軍に残った師団の内第十八師団は勝手に撤退し、残った第八師団が反乱軍の猛攻を一手に引き受けることになった。
フッカーは独断で撤退を命令し敵の攻撃を防ぎつつ、住民を避難させる撤退戦を行っていた。
「ああ、それと駅で最後に受信した通信が入っています」
「遅いぞ」
「バタバタしていたんで、どうぞ中将」
「少将だ」
参謀長から通信文をひったくり、読むと顔を引きつらせた。
「司令部は、後方への遅滞戦闘を許可しました。同時に指揮系統を再編するため、新たな北方軍団司令官にフッカー中将が任命されました。軍団規模の指揮が必要なので中将に昇進させるとのことです。おめでとうございます」
それを聞いたフッカーは頭がくらくらした。
敵は正規軍や実戦経験豊富な貴族の私兵軍を中心とする一〇万以上、下手をすれば二〇万にも届く大部隊だ。
そんなのを相手する軍団司令官に任命されても事実上、一個師団一万未満の兵力では勝ち目が無い。
「どうしろというんだ?」
あまりの命令にフッカーはウンザリした。
「指揮下の部隊は? 増援は?」
「現在の所、旧北方軍団の全軍が指揮下に。それと増援はなし。とりあえずイリノイまで時間を稼ぎつつ、撤退しイリノイを死守せよとの事です」
「簡単に言ってくれるね」
「ただ、イリノイには一個師団を配備するそうです。防御に使えと」
「本当か。こっちに寄越してほしいんだが」
「反撃拠点にするための守備隊だそうです。送り込むわけにはいかないと。南西戦線が解決したら直ぐに増援を送るそうです」
「南西ね」
撤退中に入った情報ではアクスムの別働隊五万が王都を急襲するべく移動中だ。
王都の安全確保を最優先にしているとすれば正しい判断だ。自分にとって受け入れがたいことだが。
王都の兵力は一〇万を超えているから負けることは無いが、勝つまでに一体何日かかるか、が問題だった。
敵を壊滅させなければ王都は襲撃される。
出来なければ、こちらに援軍は出せないだろう。
そして、ここに移動するのに半月はかかるだろうことも。
下手をすれば膠着状態に陥り、永遠に来ないかもしれない。
「まあ、やってやるか」
そう決断したフッカーは一つ思い出した。
「ところで、第十八師団も俺の指揮下なんだよな」
「はい」
「自由にして良い訳だ。それじゃあ、師団長は敵前逃亡の廉で銃殺としよう」
「ああ、それなら。既に王都から憲兵隊が派遣され師団長を拘束、その場で公開銃殺刑にしたそうです。師団長はフッカー少将が新たな指揮官を決めるまで兼任だそうです」
「おいおい、大本営は人の楽しみを盗ったのかよ」
怒った口調で笑いながらフッカーは答えた。
「さて、俺たちの任務は時間稼ぎだ」
フッカーは近くの市フレデリクスバーグまで行き指揮下の部隊長を集めて訓示した。
最近発展して町から市へ昇格し、王国自由都市として、自治権を持つ市となっている。
そんとあめ、王国側に付いてくれて、様々な便宜を図ってくれていると考えており、事実市の食料などを供給してくれた。
逆に言えば、この市を護る義務も発生したと言うことだが。
「反乱軍は、そこのルビコン川を使って南下するはずだ。というより他に方法はない」
敵の数は十五万を超えている。
これだけの人数を養うには、軍需倉庫だけでは不足するから水運を利用して補給するはずだ。
「要は、敵が水運を利用できないようにすれば良い」
「どうやってやるんですか? ルビコン川は川幅が大きいです。堰き止めることは不可能ですよ」
「解っている。敵が俺たちの後ろ側に回らないように岸辺に部隊を薄く配置して、上陸してきたら叩く」
フッカーは地図を指した。
「このフレデリクスバーグに第十八師団を張り付かせ護らせる。で、後方に第八師団を置いておく。各種独立部隊はルビコン川沿いに配置して、上陸を警戒しつつ線路を護る」
「我々に囮になれと」
第十八師団新師団長のマイルズ少将が動揺しつつ抗議するように言った。
「そういうことだ」
「それは、受け入れがたいことです」
「このまま引くのも受け入れがたいぞ。勝手に退却した師団というのは」
フッカーの言葉に第十八師団の将兵は黙り込んだ。
「師団長の独断とはいえ、師団が退却したのは事実だ。このまま、戦争が終わったときそれだけだと、どうなるかな」
更に沈黙が重くなった。
王国は尚武の国であり、命令なしの撤退など許されることでは無い。それだけの理由が無ければならないのだが、第八師団が勇戦していたにもかかわらず、撤退したのはバツが悪い。
損害を受ける前に撤退したといえば世間体は良いが、民を見捨てているので誰も信じないだろう。
「だが、ここで雪辱戦を戦いきればどうかな」
フッカーは静かに話し始めた。
「敵は、十数万。これに対して一歩も引かず攻撃を耐えきり、撃退したとなればどうだろうか。誰も文句を言うことは無いだろう」
第十八師団の将兵に精気が戻ってきた。希望を得てやる気になったのだろう。
「しかし、どうやって」
「そこで作戦なんだが」
フッカーは作戦を説明した。
「確かに上手く行けば敵に損害を与えられますね」
「そうだろう」
フッカーは上手く乗せたと思った。言葉を選び、人をやる気にさせるのが上手いとフッカーは評価されていた。
「では、早速実行しようか」




