アテナイ鉄道
それは帝国のとある地方で起きた事故だった。
そしてテルを大いに揺さぶる事件となった。
「ひゃーっ、お客さんの数が多すぎるな」
駅事務室で発見の補助をしていた信号係長は嬉しい悲鳴を上げていた。
彼の務める地方私鉄アテナイ鉄道終着駅アテナイの駅は酷く混んでいた。
朝のラッシュの十倍ものお客様が来ている。
それも朝だけでなく、全ての時間においてだ。
アテナイは陶芸が盛んで特に壺絵が上手く古代から名が知られ、栄えていた。
しかし産業革命以降、各地で陶器の大量生産が行われたため、手作業で作るアテナイの投棄の需要は低下し、陶芸工房の閉鎖が相次ぎ、町も寂れていた。
そんなとき、起死回生の策として行われたのが陶芸祭りだった。
各工房の他、帝国各地の陶芸品を集め展覧会を開き町を盛り上げようというのだ。
これはRR時代から計画されており、疫病騒ぎで中断していたが、テルの時代に地元支社が復活させ協力していた。
ドル箱路線を持っているRR社はともかく、地方路線ばかりのRRではイベントを行わなければ、集客が見込めない。そのためイベントを沿線私鉄と共に、いくつも行うことで、やってくる観光客の落とす金が収入源となっている。
「いやー新幹線様々だな」
新幹線の相互乗り入れもその一つで、遠隔地の観光客を呼び込むために新幹線が私鉄の終着駅へ入ってくることも多かった。
全て標準軌で敷設されている故の利点である。
おかげで、乗降客がたくさん来ている。祭りも盛況でありイベントは成功と言えた。
新幹線の私鉄への乗り入れは、昭弥の時代から地方活性化、観光業発展のために行われていたことであり、昭弥も力を入れていた。
当時からドル箱でありRRとなってからも各社は積極的に新幹線の私鉄乗り入れ計画を営業運転のみならず臨時列車も設定し、走らせていた。
「しかし、人が多すぎる」
通常は単車のディーゼルでワンマン運転で十分なアテナイ鉄道に最小限の四両編成とはいえ新幹線が走り込んでくる。
イベントに向かおうとディーゼル発電機関車を繋げた四両編成新幹線の旅客定員四〇〇名は満杯。そのの上に立ち席さえ起きるほど人が乗っている。
そのため、乗降客が多く改札は酷く混んでいた。
普通列車も満員で、国鉄や近隣私鉄から車両を借りる依頼をして五両編成にして走らせないといけないほどだった。
日頃の輸送実績が一日二〇〇〇人のところが、大会期間中は平均で一日九〇〇〇人に鳴るだろうとされていた。
ただしそれは平均であり、祝祭日にはさらに混むであろう事が予想された。
しかもそれは予想であって現実ではなかった。
イベントは好評で予想を遙かに上回る人出があった。
結果人が殺到しすぎていて輸送容量が追いつかなかった。
しかも問題が起きていた。
発車時間になっても普通列車が発車しない。
「どうした!」
「信号が赤のまま切り替わりらず発進できません。分岐は開通していますが」
「またか」
信号装置が故障して発進できなかった。
イベントに備えて輸送力を増強するためにそれまで単線だった線路に信号所を開設し列車交換が出来るように整備し信号装置も特殊自動閉塞――信号所に列車が進入すると相互に信号が切り替わるように改修していた。
しかし、イベント開催が急だったのと、疫病騒ぎのために工事の日数が短く信号装置の試験が不十分だった。そのため運用開始以降も故障が相次いでいた。
「一昨日直したばかりだぞ。また故障しやがって」
信号係長は悪態を吐く。
一昨日だけではなく、改修してから三日か四日に一度は何度も信号が切り替わらない不具合を抱えていた。
信号システム会社に修理を依頼しても直らない。どうも変な信号を受けて正常に作動しないという。
仕方ないので信号係長が運行中に信号制御室に入り、リセットして異常信号を消す作業と修理をする日々が続いていた。
「仕方ない見てくるか」
信号係長は信号制御室に入り故障を直そうと電気盤を開けてリレーをいじくった。
怪しいリレーを抜き差ししてみる。
「どうだ」
「ダメです」
信号が赤のまま変わらないことを部下が報告して信号係長は舌打ちした。
「このポンコツが」
何度も同じ故障をするのでいい加減にして欲しいと信号係長は思う。
「仕方ない、また代用閉塞で行うか」
代用閉塞とは通常の閉塞――鉄道の安全方式の一つで、線路をいくつかの区間に区切りそこを通れる列車を一本のみとすることで衝突を阻止する方式である。
しかし、機械の故障などで通常の閉塞が行えない場合、緊急で使用するのが代用閉塞だ。
一昨日の故障では信号所に信号係長が赴き、装置を手動で操作して列車を通した。
「すぐに始める。普通列車を発進させろ」
「信号駅に係員を送らないんですか?」
「時間が無い。駅に大量のお客様が殺到している。人が集まりすぎていて送っている時間がない。普通列車に乗り込み一緒に出発して信号所に降りて指示を出す」
「もうすぐ新幹線がやってくる予定ですが」
「誤出発検出装置が信号所にはある。上りが信号所から進入することはなく、衝突することはない。今は混雑緩和のために一刻を争う。普通列車で信号所に行った方が早い」
「車で行かれては?」
「周辺の道路はイベントで混雑している。とても短時間ではたどり着けない。すぐにでもダイヤを回復させるために普通列車と一緒に行く」
そう言って信号係長は助手に職員一名を任命し普通列車の運転室に乗り込んだ。
「さあ出発だ」
運転士に命じて発進させる。
「しかし、信号が変わっていませんが」
運転士は渋った。
「信号装置が故障して代用閉塞を行う。分岐は開通しているので問題ない。出発せよ」
「ですが」
「出発しろ、定刻から大分遅れているぞ。それに鉄道省の調査官が先日の遅延の調査のために訪れるので専務が迎えに行く必要がある。それに遅れるのは問題だ。早く出発しろ」
「は、はい」
運転士は戸惑いながらも役職で上である信号係長そして専務に逆らうことは出来ず出発の汽笛を噴かせるとマスコンを引いて普通列車を発進させた。
初めこそおっかなびっくりだったが回復運転を行う為にスピードを出し始めた。
それに信号所の前は急坂でスピードを上げないと停車することさえおぼつかないのだ。




