リニアのストロー効果
「しかし、新しい宅地開発なんて上手くいくのか?」
オスカーは疑問に思った。
「新帝都周辺には田園都市会社が作った新興住宅街が多いだろう」
テルの父親が国鉄を追放されてから作った田園都市会社は、大都市郊外の農村地帯の広大な土地を安く買い取り、真ん中に鉄道を通して宅地を造成。交通の便が良くなって価格が上がったところで売り飛ばす方法で大きくなった。
「それと同じ方法を新幹線でも行うんだ」
「上手くいくのか? 帝都から離れているだろう」
「徒歩から鉄道に変わっただけで人々は通勤スタイルを変えた。鉄道からリニア新幹線に変わったとしても同じさ」
「しかし、住宅は十分に供給されているだろう。新たに欲しがるかな」
「いや十分に欲しがるよ。狭い住宅より広い住宅へ移り住みたい人は絶対に居るからね」
狭い家より広い家に安く住みたいと思うのが人の人情だ。
賃貸より一軒家の方が良いと思う気質もある。
都市人口が増えて集合住宅が良いという人も増えているが、一軒家を持ちたいという人が大半であるリグニアでは、一戸建て需要が旺盛だ。
一戸建てを持ちたいという人が多く、彼らのために広い敷地を確保できる郊外に向かって私鉄の路線が延伸して住宅地が開拓されていった理由だ。
それをリニア新幹線でテルは行おうというのだ。
「つまりサイレンチウムコリスは新帝都アルカディアの衛星都市、ベッドタウンになるのか」
「最悪そうなるね」
○○帝都民という言葉がある。新帝都周辺の自治体に住んでいるが、勤務地あるいは進学先が新帝都にある住人の事だ。
住民税は入ってくるが、法人税が入ってこない事が不満の種になっている。
そして、何かと新帝都の影響を受けやすかったり、地元が蔑ろにされやすい。
「最悪、地元の経済力吸い取られるぞ」
ストロー効果といって商業が盛んな大都市と交通手段が繋がると、人々は買い物に便利な大都市へ流れて行ってしまう。
そして地元の商店街や店舗、個人商店に人が入らず、次々に閉店。シャッター通り商店街になって仕舞う。
現にいくつかの地方都市では起きており、深刻な問題となっている。
「リニアが広がると更に加速していくだろう。最悪、それまで周辺の市町村から人を集めていた地方都市が、大都市に吸収されていくことになりかねない」
「分かっていてやるのか」
「航空機や自動車に対抗して鉄道が生き残るためにね。勿論、地方都市の支援はやるよ。鉄道は輸送業だ。その土地へ行きたいという人が居ないと移動は起こらないし鉄道どころか交通を利用しようという人も居ないからね」
「けど、その支援が主に文化活動だけど、上手くいくのかよ」
「その土地だけの魅力、独自性がなければ人は集まってこないよ。他でも出来る事は、他に向かってしまうということさ。リニアで更に高速で結ばれるようになるんだ。更に遠隔地も競争相手に躍り出てくることになる」
日本のバブル前くらいは宮崎がハネムーンやバカンスのメッカであった。
海外旅行のハードルが高く、飛行機も高いため、安い鉄道で行ける南のリゾート地が宮崎だったため日本各地から人々が訪れた。
しかし、バブル前後にジャンボジェットが就役し、格安で飛行機に乗れるようになった上に、海外旅行もパック旅行が登場しハードルは一気に低下。
人々は気軽に行ける海外へ向かってしまい宮崎に行く人は減少してしまった。
これ以前にも、関東の房総半島はサーフィンのメッカで波に乗りに行こうとした若者で賑わっていた。
しかし客室を占領してしまうサーフボードを乗せたくない国鉄の排除と自家用車の普及道路の改善で更に遠隔地へ移ってしまい、最盛期より寂れてしまった。
新たな交通手段の誕生は、チャンスの到来であるが、同時にライバルの誕生でもある。
「各地の自治体がお客様に選んでいただけるよう努力して貰わないと人は来ないよ。勿論、国鉄は手助けはする。だが、人が来るかどうかは自治体の努力に掛かっている。いかにお客様に魅力的に映るかどうかが鍵だ」
いくら巨大組織であり国の機関で絶大な権力を握る国鉄でも利用者の意思まで決定することなど出来ないし、やってはならない。
旅行に行こう、仕事に行こうと決めるのは各個人だ。
その環境を少しでもよくすることは出来るし出来るように整えていることをテルは怠っていない。
だが、最終的に目的地を決めるのは、利用者であり、利用者が行きたいと思わせるほど魅力的な目的地だ。
交通手段の開通は利用者に選択肢を提供する事になるが、行楽地にはライバルを増やす事になる。
「鉄道が通れば発展するという幻想は終わった。鉄道から人を引き寄せるという意思がない限り人が吸い出されていく時代だ。誰にでもチャンスは送られるがうかうかしていられない時代だよ」
「嫌な時代だな」
「まあメリットも多いからね。せいぜいメリットを享受できるように環境作りを行うさ。ただ」
「ただ?」
「それも開業すれば、の話だ」
「建設の最大の障害が取り除かれたんじゃないのか?」
「鉄道の最終的な目的は開業して収入を得ることだ。それまでに建設工事、試験と色々山積している。それらを一つ一つ解決していく必要があるんだよ。トラブルも多いしね」
うんざりとしながらテルは語った。
「そういうデメリットもあるだろうから、検証するためにもサイレンチウムにはリニアによる沿線開発の先頭に立って貰おう。むしろ欠点が出やすいように色々と試そう」
「ひでえ」
「物事に長所短所はつきものだ。物事の始めはどれがトラブルの種か分からない。せっかくだからサイレンチウムに見つけて貰おう。通過税を取るとされても運賃に転嫁して通勤客の支持が離れていくようにしておいてやる」
「本当に恐ろしいな」
壮大な社会実験の被検体になった上に、支持基盤まで侵食されていこうとするサイレンチウムにオスカーは心の中で合掌した。
こうして事件を一つ解決したが、別の重大な事故が起きてしまった。




