ムービングゴール
「サイレンチウムコリスが許可は出せないと言ってきました」
「何故だよ」
レイの報告にテルは声を上げた。
「どうしてだよ。新幹線を不安に思っていた人々への説明、それと試乗会は成功しただろう」
テルの案で反対派を新幹線及びリニア新幹線に乗せて半分近くを賛成派に転向させる事に成功した。
試乗会の数をこなしていくごとに説明を理解してくれる人が増えていき賛成派は徐々に増えている。
「水源に近く、地下水に影響を与えるというのがサイレンチウムコリス当局の主張です」
「水源?」
「水源である地下水がトンネルに流れ込み枯渇するというのが主張です」
「凍結させて掘り進めるから大丈夫だと計画に書いているよ」
父である昭弥が転移する前、本で丹那トンネルを採掘した時地下水を抜ききって安全委してから掘るという工法を採用したため、周囲の地下水が枯渇。多数の井戸やわさび田が全滅したという。
その汚点を繰り返すまいと昭弥は技術革新を進め水脈を傷つけないように掘る技術、地下水を凍結させて、その間に掘るという技術を完成させた。
「トンネル内に地下水が入ってくるのは避けたいしね」
場所にもよるがトンネルは一キロ当たり毎秒一トンの水がしみ出してくると言われている。
これを排水できなければトンネルは水没してしまうので排水ポンプの設置は必須だ。
だが、トンネル内への浸水は少ないに越したことはない。
当局に言われるまでもなく、地下水が入ってこないようにするのは鉄道事業者として当然だった。
「それでもトンネルへの地下水の流入があると訴えています」
「そりゃ、少量流入するのはしょうが無いだろう」
「ええ、ですからトンネル内に流入した地下水を川に戻して欲しいと」
「それは当然のこととして計画に入れているけど」
「トンネル内に入った地下水を全て戻せと言ってきていますよ」
「それはおかしいだろう」
トンネルはいくつかの水系を跨がって貫いている。
様々な水域の地下水が入ってくるので、流入箇所と量に応じて各水系に排水するようにしている。
「他の水系の水も入っているかもしれないのに、どうしてトンネル内へ入った全ての水をサイレンチウムコリスへ流さなきゃならないんだよ」
「正確な計測が出来ないため、とのことです」
「サイレンチウムコリスへの贔屓だよ。たの水系から水を奪っていく行為だ」
「その点を指摘したところ、そもそも水脈を破壊しない保証はない。生態系にダメージを与えると言ってきました」
「そんな訳あるか」
テルは棚から資料を取り出した。
そこにはサイレンチウムコリス水域開発と書かれたタイトルが張られていた。
「サイレンチウムコリスが開発を進めるダム開発の数値を元に作った計画だぞ」
山がちのため、ダム開発が盛んだ。さらに台地も多いので水はけが良すぎて水の足りない地域が多く、水路開発による農地開拓も盛んだ。
そのため山のあちこちを掘り抜いている。
「自分たちは良くて、鉄道はダメか。それにはじめの主張とは違う物が出てきているぞ」
勝負に負けたくないからと言ってサッカーのゴールを動かしてごまかそうとした異母兄弟の事をテルは思い出した。
ずるいずるいという他の兄弟をなだめるのに非常に苦労した。
同じ事が、他の自治体からも出てきてしまう。
「確かに不道徳です。ですがサイレンチウムコリスもヨブ・ロビンやRR時代の冷遇が頭にきているようです。鉄道関連の窓口にこのような陳情が」
例が提出した陳情書にはこう書かれていた。
1.サイレンチウムコリス空港へ接続駅建設の請願
2.サイレンチウムコリス内の都市間交通の充実
3.山岳地帯を走る路線の観光事業
「これはまともな考え方だな。だがRRなら拒絶していただろうな」
アルカディア~チェニス間を結ぶ連絡線の途中にサイレンチウムコリスが独自に建設した空港がある。
ただ、かなり離れた箇所にあるため交通の接続が悪い。
そこで空港のすぐ脇、ターミナル駅の真横にある連絡線に接続駅を作って欲しいと嘆願が来ていた。
しかしRRは却下した。
新たな接続駅を作ると停車する必要がある。停車すると所要時間が長くなるので嫌がっていた。
在来線は通していたが、所要時間が長く利便性が悪い。
帝国全土を結び速達性に優れる新幹線の停車をサイレンチウムコリスは望んでいた。
「認めよう」
「良いんですか?」
「リニア新幹線が出来れば新幹線の利用客は減るからね。少しでも財源を増やしたいからサイレンチウムコリスに停車させる。空港利用客を引き込むことが出来れば収入を増やすことが出来る」
父親である昭弥が、元の世界に居た頃、リニア新幹線開通による東海道新幹線の利用客減少を最小限に抑えるための方策として狭軌化と並び、敷地の真下を通る静岡空港への接続駅建設を提言していた。
似たような事例が出来そうなので、半ば趣味からリグニアでも書いていたが、テルはその論文を読んでいた。
「以上の観点から新幹線接続駅は認める。すぐにでも予算化だ。それと二点目についてはサイレンチウムコリスには比較的大きな都市が二つある。移動も多いから、十分に採算がある」
「山岳地帯はどうするのですか? さすがに利用者はいないでしょう」
「最近はキャンプブーム――終末に山林に入って過ごすのを楽しむ人々が増えている。奥地にキャンプ場やスキー場を作って新帝都から呼び寄せれば良い。幸い新帝都に近いから人が見込める。それにダムが多くて巨大な堤に圧倒されたり静かなダム湖の湖畔で落ち着いたり出来る。山岳観光用としては良いよ」
「そうですか。でも何故、RRとかは開発しなかったんでしょう」
「上手くいくかどうか不明だろうからね。せっかく金の卵を産む鶏であるアルカディア~チェニスの連絡線があるんだ。ここで最大の利益を出せるようにした方が確実に儲かる。利益重視の民間企業なら当然の考え方だ。だが、短期的には正解でも長期的には新たな収入源を確保しなかったという不作為がある」
RRの経営判断は間違っていない。
だが地方振興のために良くも悪くもリスクを取るテルは決心して進めていた。
「それならば大丈夫でしょう。しかし」
「なんだい?」
「国鉄やRRに非があったとはいえサイレンチウムコリスの行動は目に余ります。国鉄を敵にして選挙の票を獲得していたとしか言えません」
「ああ、その通りだ。だから首長には報いを受けてもらう」
「報いですか」
「ああ、黙ったままだと他の自治体が五月蠅くなるからね」
ムービングゴールをやった兄弟を見て他の兄弟も自分も自分もと騒ぎだし、大混乱になった。
その収拾にテルはどれだけ苦労したことか。
「少し黙らせる必要がある」




